02/11話 ターゲット撃破

 天井に取りつけられている照明の放つ光は弱々しく、辺りは薄暗かった。普段は、マシンが発する光も加わるため、もっと明るい。さいわいにも、床に敷かれている絨毯が、派手な色であるおかげで、進むのには苦労しなかった。

 ゲームセンターエリアは、二階に分かれている。一階の東半分は、メダルゲームエリアだ。その名のとおり、メダルゲーム機ばかりが設置されている空間で、店からメダルを購入し、プレイする。

 クエル・マリラでは、メダルは、現金と交換することができた。一枚十円の価値を持つメダルがあれば、一枚千円の価値を持つメダルもある。この店には、どこぞの大富豪たちも、よく遊びに来る、とかで、中には、一枚百万円の価値を持つメダルもあった。

 設置されているマシンは、どれも、一般的なゲームセンターで見かけるような物だ。しかし、一般的なゲームセンターでは決して経験できないような楽しさを味わえるようになっていた。

 クエル・マリラの店長を務める皇二は、高い機械工作スキルを有している。それを用いて、マシンを違法にカスタマイズしているのだ。例えば、スロットメダルゲーム機を改造して、派手な演出を行うようにしたり、ロボット戦闘ゲーム機を改造して、プレイヤーの乗るコックピットが、大きく動くようにしたりしていた。

 雀雄は、二階を目指していた。二階と、一階の西半分は、アーケードゲームエリアとなっている。メダルゲーム機以外のマシンは、すべて、そこに設置されていた。インテグレーターは、二階にあった。

 一階は、倉庫内部の空間、全体を利用している。いっぽう、二階は、倉庫内部の空間のうち、西半分だけを利用していた。

 一階の天井の高さは、西半分においては、二階があるため、四メートルほどしかない。しかし、東半分においては、二階がないため、九メートルほどもあった。

 また、二階フロアの東辺には、壁がなかった。簡素な鉄柵が設けられているだけだ。そこから、一階を見下ろすことができた。

 しばらくして、雀雄は、二階に通じる階段に到着した。それの入り口は、一階全体における南壁の真ん中あたりにあった。

 彼は、それを上がると、二階に出た。そこは、フロアの南東だった。すぐ右横が、フロアの東辺となっている。インテグレーターは、それの中央あたり、東辺から三メートルほど離れた所に設置されていた。

 インテグレーターは、宇宙戦闘機でのシューティングをテーマとしたゲーム機だ。プレイヤーは、コックピットに乗り込み、操縦桿を使って、自分の機体を操作する。

 コックピットは、底面の直径が四メートルほど、高さが一メートルほどの、円柱の形をしていた。それの真下、五十センチほど離れた所には、角錐台の形をした、台座が設けられていた。コックピットと台座とは、見ているだけで眩暈を覚えそうになるほど複雑な機械類で繋がれていた。

 その台座のそばに、皇二がいた。彼は、電話で話していたとおり、ゲーム機のメンテナンスを行っているようだった。

 目を凝らして、よく観察する。皇二は、マシンの南側に、雀雄のいるほうに背を向けて、立っていた。橙色をしたツナギを着て、黄色いスニーカーを履いている。

 体の前には、折り畳んで持ち運ぶことのできるタイプの、小さなテーブルが、組み立てられた状態で置かれていた。その上には、ノートパソコンが載っていた。また、それの左横には、A4用紙の束をステープラーで綴じたような冊子が置かれていた。表紙には、「ゲーム機メンテナンスマニュアル 簡易版」と印字されている。

 彼は、キーボードを、かたかたかた、と忙しなく叩いていた。ノートパソコンからは、ケーブルが伸びていて、それは、台座へと繋がっていた。

 皇二の左足の横には、プラスチック製の、透明な箱が置かれていた。そこには、インテグレーターの部品であろう物が、乱雑に入れられていた。野球ボール大のボルトや、テニスボール大のナット、ソフトボール大のベアリングなどだ。

「白戸ー」

 雀雄は、インテグレーターに近づきながら、そう呼びかけた。彼は、くる、と振り向くと、「黒部さん」と言って、にこ、と笑った。「落とし物、見つかりました?」

「いいや、まだだ。捜す前に、いちおう、顔を見せておこうと思ってな」

「そんなの、気にされなくてかまいませんのに」

「親しき仲にも礼儀あり、ってやつだよ」

 皇二は、ふっ、と何かを諦めたような顔をして、微笑した。「兄貴にも聴かせてやりたいですね、それ」

 彼には、白戸禽一(きんいち)という兄がいる。現在、ベールイ・レーベチのトップを務めていた。二人とも、児童養護施設の出身で、血の繋がった肉親は、お互いしかいない。

「先週もね、いきなり、連絡を寄越してきたかと思えば、『クエル・マリラに設置しているゲーム機のうち、おれが指示するやつを、再来週までの間に、おれの指示するとおりに改造しろ』って言うんですよ。おかげで、ここ最近は、毎日、営業が終わった後も、店に残って、マシンをメンテナンスする羽目になっています」

「なるほど……だから、いくつかのゲーム機が、シャットダウンされずに、電源が入ったままになっているんだな」

「ええ。まあ、兄貴は、機械工作に関して、おれよりも高いスキルを持っていますし、組織のトップには必要、とかで、そこら辺の一般人よりも多くの教養を身に着けています。現在まで、ゲーム機を、兄貴の言うとおりにカスタマイズして、失敗したり、売り上げが落ちたりしたことなんて、ありませんから、もちろん、今回も、従いますけど……」皇二は、はあ、と溜め息を吐いた。「無茶振りするのが、悪い癖ですね。もっと、長い期間を設定してくれないと」

「まったくだな」雀雄は本心から苦笑した。「じゃあ、さっそくだけど、行ってくるよ。まあ、トイレに寄ってからだけど……」

「行ってらっしゃい。……あ、そうそう。今、ルグブリスを動かしているんで、ぶつからないよう、気をつけてくださいね」

 ルグブリスとは、業務用掃除ロボットの名前だ。この店では、営業終了後に、これを使って、床を清掃している。事前に登録しておいた音楽を、BGMとして流しながら作業をする、という機能も付いていた。

 このマシンも、皇二の手により、違法に改造されていた。通常の製品では出ないような、高いスピードで動くようになっているのだ。

「怪我するかもしれないのは、もちろんなんですが……内部の機構が複雑で、あまり上手くカスタマイズできなかったんですよ。特に、耐衝撃性が低くて……強いショックを加えたら、何らかの、予期せぬ動作を行ってしまうかもしれなくて」

「わかった、気をつけるよ。じゃあな」

 雀雄は、そう言うと、くるり、と西方を向いて、すたすた、と、そちらへ歩き始めた。皇二は、再び、ノートパソコンのキーボードを、かたかたかた、と叩きだした。

 トイレに向かって進んでいると、道の横に、ガラス製の像が置かれているのを発見した。それは、とあるアニメに登場する美少女キャラクターを、とても精巧に模していた。等身大で、一メートル半強の高さがある。可愛さ、高級さ、もっと言えば、ある種の神聖さまで、漂わせていた。

 雀雄が今いる通路は、西に向かって伸びている。ただし、一本道というわけではない。途中で、北に向かって伸びる通路との交差点がある。それの突き当たりの壁に、便所の出入り口があった。彼は、交差点を右折し、北に向かって伸びる通路に入ろうとしていた。

 像は、交差点の四つ角のうち、北西に置かれていた。通常、通路の左右には、アーケードゲーム機だのエレメカだのが置かれているが、そこだけ、それらの代わりに、像が据えられているのだ。

 今日の夕方、この店に来た時は、なかった物だ。そのため、思わず、どきり、とした。その二秒後、いやいや、こんなことにいちいち動揺していてどうする、計画に支障が出るわけでもあるまいし、と心の中で呟くと、自嘲気味に、ふっ、と笑った。

 その後、すぐさま、トイレに向かうのを再開した。しばらくして、雀雄は、目的地に到着した。

 男性用のほうに入る。それから、最奥に位置している個室の前へ行って、扉を開けた。

 個室の中央には、和式便器が設置されていた。彼は、それを跨ぐと、正面の壁の前でしゃがみ込んだ。

 壁には、さまざまな図形を組み合わせた、複雑な模様が描かれていた。その中でも、床から十センチほど離れた所には、横に長い、帯のようなパターンがあった。帯の中には、円や菱、星など、いろいろなマークが配されていた。

 雀雄は、それのうち、正方形に手を伸ばした。右上の頂点を、かりかり、と人差し指で引っ掻いた。

 ぺろん、と図形が捲れた。それは、シールになっていたのだ。そのまま、どんどん捲っていき、ついには、完全に、壁から引っ剥がした。

 シールの下からは、それよりも一回り小さい正方形が現れた。ただし、中心部分に、四角い穴が開けられている。

 そこには、大量のメダルが置かれていた。縦に積み重ねられた状態で、ビニールに包まれており、高さ十五センチほどの、細長い円柱状になっている。それが、四本、壁に開けられた空間に、ぴっちりと収まるようにして、入っていた。

 言わずもがな、一階で使われているメダルだ。これらは、その中でも、「ミリオンメダル」と呼ばれている物で、一枚、百万円の価値がある。これこそが、皇二を殺害するのに用いる凶器の正体だ。

 雀雄は、ズボンのポケットから、布袋を取り出した。メダルの塊を、穴から取り出すと、ビニールを破って、中身を、収めていく。

 できるだけ騒がしくしないよう、注意した。皇二は、トイレから離れた所にいるから、多少、音を立てたところで、気づかれないだろう。聞こえたとしても、大した不審感は抱かないはずだ。そう、己に言い聞かせていても、どうしても、慎重になってしまった。

 数分後、すべてのメダルを、布袋に入れ終わった。メダルは、「スファレライト銅」と呼ばれる合金で出来ており、一枚につき、五グラムほどの重さがある。それを、四百枚、用意していた。

 ミリオンメダルを四百枚も手に入れるのは、大変だった。クエル・マリラの従業員の中には、雀雄と通じている人間がいる。その者と協力して、調達したのだが、それでも、時間にして半年、金額にして一千万円はかかった。

 いわば、この布袋の中には、重さ二キログラムの金属塊が入っている、というわけだ。これを、勢いをつけて、人間の──皇二の後頭部に振り下ろし、ぶつければ、じゅうぶん、殺害することができるはずだ。

 本当は、刃物だの金槌だのといった、もっと凶器らしい凶器を用意したかった。しかし、このゲームセンターは、暴れる者が出ないよう、もし出たとしても最小限の被害で済むよう、武器として使えるような物は、いっさい置かないように徹底されていた。

 バックヤードには、さすがに、カッターナイフだの鋏だの、凶器として使える物が、いくらか、ある。だいいち、工具がないと、皇二が、マシンを改造できない。

 しかし、彼を殺害し、カードキーを手に入れるまでは、雀雄は、そのエリアには入れない。よって、けっきょく、店内にて凶器を調達する必要があった。

「よし……」

 雀雄は、腰を上げた。布袋の口を、細く捩じる。

 それから、その部分を、右手で、ぎゅっ、と握り締めた。布袋が揺れ、中に入っているメダルが擦れ合うことで、音が鳴らないよう、左手で、底を支えた。

 そのポーズを維持したまま、雀雄は、トイレから出た。皇二の所へ、向かう。

 しばらくして、インテグレーターの南側に到着した。彼は、相変わらず、テーブルの上に置いてあるノートパソコンを弄っていた。雀雄には、背を向けている。

 雀雄は、音を立てないよう、気をつけながら、皇二の背後に近づき始めた。彼は、パソコンの操作に集中しているらしく、雀雄の存在を察知しそうな気配は、いっさいなかった。

 数秒後、雀雄は、皇二の背後に立った。布袋の、捩じっている部分を、両手で握り締める。それを、頭の右横、右肩の上に、移動させた。

 一瞬後、ブラックジャックを、皇二の後頭部めがけて、勢いよく、振り下ろした。

 そして、冒頭に至るというわけだ。

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