第28話 魔王城

 メンバーは姫様、エクレアさん、ムースさん、フラム、ビスコッティ、キャンディ、ドワーフのバジル王とフリージア姫、そして僕。

 みんなでキャンディに掴まり、魔王城へ転移した。

 

 着いた場所は魔王城の大広間で、此処が軍事拠点になっているという。

 一角に数段高くなっている部分があり、一番高い所に大きくて豪奢な椅子が鎮座している。

 たぶん玉座だろう。

 御殿と同じように、壁の大型スクリーンに戦場が映し出されている。

 それを見守るように取り囲む多くの魔人たち、老若男女の姿が見受けられる。

 

「セダム、戦況はどうなっておる!」

 

 叫びながら彼らの元に駆け寄る姫様に、僕たちは追従した。

 姫様の声に、驚いた様子で振り返る魔人たち。

 40代半ばくらいの男が一歩前に出て、

 

「まさかシャルロット様に、生きて逢えるとは……」

 

 と、感極まったように涙を零した。

 どうやらこの魔人がセダムらしい。

 映像を見るなり姫様は、

 

「なぜパパしかおらぬのじゃ! 他の戦士ものたちは、どうしたのじゃ!?」

 

 戦場ではボロボロになった魔王が、一人で戦っている。

 いや、一方的にやられていると言った方が正しい。

 

戦士みなは、ギリギリまで戦って撤退し、治癒と再出撃を繰り返しました。しかし回復が追いつかず徐々に数を減らし、ついに魔王様お一人になってしまったのです。そして魔王様はおっしゃられました。

 『皆の者、大儀であった。もう戦う必要はない。僅かな時間ではあるが、残されたひと時を大切な家族や仲間と過ごしてくれ。我は少しでも長く敵を食い止める。決して我を撤退させてはならぬぞ。良いな。そして最後に心から詫びねばならない。皆を守ることが出来なかった不甲斐ない魔王で、すまなかった』

 と」

 

 魔王の生命力HPは尽きる寸前で、どうにか気力で立っている状態。

 

「即刻パパを撤退させるのじゃ!」 

 

 姫様が声を張り上げ命じるも、セダムは首を横に振り、

 

「それは出来ません。戦場で最後を迎えるのが、魔王様の御意志です」

「そんなことは妾が許さぬ! 今すぐ撤退じゃ!」

「姫様、もう諦めてください。我々は敗れたのです。2万もの大軍が攻め寄せてきているのに、討ち取った数は5千にも満たない。みんな覚悟は出来ています。せめて最後は魔王様の望み通りに──」

 

 どうやらドワーフの王妃たちから、ウェーブについて聞いたらしい。

 

「諦めるでない! 敵の残りは、あと5千じゃ。妾たちは御殿で、1万の敵を討ち取ってきておる。ガウラ、これからはモアイこの者の指示に従え。さすれば皆助かるぞ」

 

 姫様はセダムの言葉を遮るように叫んだ。

 魔人たちがざわめき、視線が僕に集まる。

 

「信じられん……魔王様はもとより、手練れの男戦士15名が迎え撃っても、太刀打ちできなかったというのに、それは本当なのですか?」

 

 ガウラと呼ばれた男は、姫様に聞き返した。

 

「父ちゃん、姫様の言ったことは本当。だから早く魔王様を!」

 

 キャンディに急き立てられ、ガウラさんは即座に魔王を撤退させた。

 どうやらガウラさんは、キャンディの父親らしく、彼女と同じ転移魔法の使い手のようだ。

 映像から魔王が消えて、大広間ここの片隅にある魔法陣に、2mを超える大男が姿を現した。

 彼は息も絶え絶えに、意識を失ったまま後ろへ倒れ掛かる。

 

「キャンディ、パパを玉座に!」

 

 姫様が叫ぶと同時に、キャンディは魔王の隣りに現れ、次の瞬間二人は玉座の前に転移していた。

 そのまま玉座に腰を下ろすように倒れた魔王は、ぐったりと椅子にもたれかかった。

 

「モアイ、後は任せたぞ。ムース、アマリリス、治癒じゃ!」

 

 そう指示した姫様は、泣きそうになりながら魔王の元に駆け寄って、彼にしがみついた。

 ムースさんと、30代くらいの魔人の女性が後に続き、二人で魔王を抱きしめる。

 彼女がアマリリスさんで、ムースさんと同じヒーラーらしい。

 エクレアさんは、悲しみと怒りが入り混じったような形相で打ち震えながら、

 

「よくも魔王様を……皆殺しにしてやる」

 

 と唸り声を上げた。

 即座に僕は、エクレアさん、フラム、ビスコッティを出撃させ応戦。

 攻撃の威力が増したのが一目でわかるほど、強烈な電撃で次々と敵を抹殺していくエクレアさん。

 ドワーフの王妃たちと感動の再会を果たした、バジル王とフリージア姫にも参戦してもらった。

 狭い道のおかげで、一度に攻め込んでくる敵の数は少ない。

 時々高ランクの強敵が現れたけど、交戦済みの相手なので対処できた。

 加えて随時キャンディに偵察させて、事前に敵の情報を得ていたので、御殿の時ほど苦戦はしなかった。

 それでも味方の戦力は充分とは言えないので、キャンディにエルフたちを御殿から連れてきてもらう。

 敵が戦闘エリアに侵入と同時に、攻撃をしかけて倒すので、味方が受けるダメージは少なくすんだ。

 味方の生命力HPが少なくなっても、一旦撤退させてムースさんたちに回復してもらい、再び出撃させるのを繰り返す。


「ただいま~。やっと終わりが見えてきたよ。敵はあと50匹くらいかな」

 

 偵察から戻ってきたキャンディが告げると、

 

「やったぞ! もう勝ったも同然だ」「信じられない。私たち生き延びることができたのね」

 

 口々に歓喜の声をあげ、涙を流して喜びあう魔人たち。

 僕たちの戦いぶりを目の当たりにして、魔人たちが勝利を確信したのは無理もない。

 魔王たちが、5千の敵を倒せず全滅しかけたのに、僕たちは同数の敵を討ち取ってもなお、誰一人リタイアしてないのだ。

 だけど──

 

「それと悪い報告なんだけど、最後にハイデーモンがいたよ」

 

 キャンディがそう付け足すと空気が一変、魔人たちは押し黙り、彼らの顔から血の気が引いていくのがわかった。

 ラスボスは想定してたけど、攻略済みの相手だったのは、不幸中の幸いだと言えよう。

 だけどトークンが足りないので、同じ戦い方では勝てない。

 御殿の戦いでムースさんのアンチヒールは、ブリザードに阻まれることなくハイデーモンにダメージを与えられた。

 あの時は様子見をしたけど、今回はしょっぱなからアンチヒールで攻撃を仕掛ける。

 

「姫様、ムースさん、アマリリスさん、出撃をお願いします」

 

 幼子のように魔王にしがみついていた姫様は、

 

「パパ。敵を倒してくるから、ちょっと待っててなのじゃ」

 

 涙を拭い勇ましい表情で、魔法陣に向かった。

 三人を転移させ、ラスボスが戦闘エリア内に出現と同時に、アンチヒールで生命力を削る。

 塵旋風トークン・ダストデビルで接近するハイデーモンを後退させ、ブリザードが消滅した隙に一斉攻撃。

 ハイデーモンが氷柱攻撃をしてきたら、岩壁トークンでブロックして反撃、敵の生命力を削っていく。

 初見よりもハイペースで、敵にダメージを与えられた。

 だけどトークンは残り僅かで、このままではラスボスを倒せない。

 どうする?

 敵が氷柱攻撃してブリザードが消える僅かな隙に、一斉攻撃を加えて生命力を少しずつ削っていく。

 持久戦になるが、討ち取るには、これを繰り返すしかないだろう。

 氷柱攻撃のターゲットになった味方は、無駄撃ちさせてから撤退する。

 なので、あと2つエリアがあれば、何とかなりそうだ。

 

「ガウラさん、残りのエリアはいくつありますか?」

「此処が最後のエリアで、突破されたら魔王城への侵入を、許すことになる」

 

 そんな……。

 一転、窮地に追い込まれてしまった僕は、策の転換をせざるを得なくなった。

 

「残念ですが、ハイデーモンを倒す手立てが、尽きてしまいました。このままでは犠牲者が出てしまいます。魔王城を放棄して、みんなで御殿に避難しましょう」

 

 御殿でトークンを補給して体勢を整えてから、再び戦いを挑めばハイデーモンを倒せる。

 

「それは無理だ。全員を避難させるには魔力が足りない。キャンディと二人あわせても、転移できるのは30名にも満たないだろう。此処で奴を倒さなければ、残された80名以上が犠牲になってしまう」

 

 此処でハイデーモンを討ち取れば、犠牲者を圧倒的に少なくできる。

 戦場にいる味方全員の命と引き換えにすれば、それは可能かもしれない。

 指揮官としては、そうすべきなのかもしれないが──姫様やムースさんたちを人柱にするなんて、出来るわけないだろ!

 僕が考えあぐねていると、

 

「戦うのなら、俺も出撃させてくれ」

 

 戦士の一人と思しき魔人が訴えた。

 生命力は残り僅かで、見るからに満身創痍の中年男性。

 妻らしき女性に支えられて、どうにか立っている。

 

「そんな体で戦うなんて無理です」

「百も承知だ。それでもフラムを見殺しにはできない。大切な一人娘なのだ」

 

 フラムのお父さん!?

 

「私も出撃するわ」「オレも戦うぞ」「私たちも」

 

 他の魔人たちも次々と名乗りを上げた。

 

「犠牲者を減らすための戦いなのに、これでは本末転倒です」

「目の前で我が子が殺されるのを、黙って見てろと言うのか!」

 

 フラムの父親が声を荒らげ、他の魔人たちも続いた。

 彼らの気持ちは、痛いほどよく分かる。

 ココアが同じ状況だったら、僕も名乗りを上げていたから。

 

「うるさいぞ、お前たち。おちおち寝てもおられぬわ」

「「「魔王様!!」」」

 

 魔人たちは一斉に振り向いて、嬉しそうに叫んだ。

 魔王はスクリーンを一瞥すると、

 

「我一人で充分、お前たちが出撃しても、足手まといになるだけだ」

「もう大丈夫なのですか? 魔王様」

 

 セダムが心配げに尋ねた。

 

「これくらい屁でもないわ」

 

 さすがに魔王、他の戦士と比べてステータスが、特に攻撃力が突出して高い。

 だけど回復は不十分だし、万全でないのは明らか。

 

「あのブリザードは、通常攻撃を無効化します。どうやって倒すつもりですか?」

 

 魔王の威圧感に、僕はおずおずと尋ねた。

 すると彼は僕を見据えて、意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「ハイデーモンを倒すには条件がある。我は出撃して5秒経たねば、渾身の一撃を放てぬ。そのタイミングで、ブリザードを解除した状態の奴が、我から2m以内にいること。奥義なのでチャンスは一度きりだ。どうだ。出来るか?」

 

 塵旋風トークン・ダストデビルが1つ残っているので不可能ではないけど、魔王の攻撃力では一撃をくらわしても、ハイデーモンを倒せないはず。

 奥義らしいが……。

 懸念はあるけど、もう彼を信じるしかない。

 

「はい」

「ならばすぐさま出撃するぞ。もはや一刻の猶予も許されぬ」

 

 魔王が魔法陣へ移動すると、間を置かずハイデーモンの背後に転送した。

 

 5秒前──

 魔王を出撃させると、魔人たちのステータスが上昇した。

 これは姫様の時と同じ効果のようだが、魔王自信のステータスも大幅に上昇している。

 それだけ娘や臣下たちを守ろうとする思いが、強いということなのかもしれない。

 

 4秒前──

 魔王が攻撃モーションをとり、エネルギーを拳に集中させる。

 さらに攻撃力が上がっていく。

 

 3秒前──

 フラムがブリザードの範囲内になり、生命力が急速に削られていく。アマリリスさんのヒールでは回復が追いつかない。

 

 2秒前──

 塵旋風トークンダストデビルを使用し、ハイデーモンを弾き飛ばしてブリザードを解除。

 

 1秒前──

 魔王の手前まで後退したハイデーモンは、振り向いて氷柱攻撃のモーションをとった。

 

 0秒前──

 魔王はニヤリとして「上出来だ」と呟き、渾身の一撃をハイデーモンにくらわした。

 

 魔王の拳が敵にヒットした瞬間、大爆発が起こり激しい爆炎に包まれたハイデーモン。

 

「やったぞ!」「倒したのね」「さすが魔王様だ!」

 

 映像を見守っていた魔人たちが、一斉に歓呼の声をあげた。

 僕も無事に職責を果たせて、ほっと安堵のため息をついたのだが……。

 炎と共に消え去るはずのハイデーモンが姿を現して、大広間の空気が一変した。

 僕の懸念が的中、敵の生命力HPを削り切れてなかったのだ。

 ハイデーモンが氷柱攻撃のモーションだったので、慌てて魔王を撤退させようとした時、フラムたちの一斉攻撃が奴にとどめを刺した。

 断末魔の叫びをあげ、霧散するハイデーモン。

 どうやら魔王は、フラムたちが仕留めることも計算に入れてたらしく、悠然と不敵な笑みを浮かべている。

 それならそうと言ってよ~っ!

 再び大広間に大歓声が響いた。

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