第29話 宴

 戦場から戻ったムースさんとアマリリスさんは、すぐに魔王の治癒をしようとするも、

 

「我は最後で構わぬ。他の者たちを先に治癒してやれ」

 

 魔王は威風堂々と二人に命じた。

 まさに王様の鑑である。

 僕だったら、真っ先に抱き締めて──もとい、治癒してもらうのに。

 ムースさんたちが重傷者から治癒していくのを見て、魔王は満足げに頷くと、覚束ない足取りで玉座に向かった。

 だが途中でよろめいた魔王は、近くにいたフラムにすがりつく。

 

「す、すまぬ。力を使い果たしてしまったようだ。動けぬから、暫くこのままで──」

 

 魔王はフラムの豊満な胸に顔を埋めながら、息も絶え絶えに……鼻息を荒くして言った。

 フラムはわなわなと身を震わせて、

 

「このエロジジイ、ワザとだろ。一回死にやがれ!」

 

 炎の拳でアッパーカットを放つと、魔王は炎に包まれて火球のように飛んでいき、玉座にすぽっと収まった。

 煙を上げた黒焦げの物体が、玉座に鎮座している。

 

「あわわわっ! ま、魔王が!!」

 

 僕が泡を食って叫ぶと、姫様はため息まじりに、

 

「心配はいらぬ。いつものことじゃ。パパはフラムに御執心じゃからの。じゃがフラム、お主は以前より攻撃力が、大幅にアップしておるのじゃぞ。パパは、ただでさえ弱っておるのじゃから、手加減しないと本当に死んでしまうではないか」

「仕方ないだろ。もう条件反射になっちまったんだから。それにエロジジイが悪いんだからな」

 

 悪びれた様子もなく反論するフラム。

 魔人たちは誰も驚いている様子はない。

 どうやら本当に、いつものことのようだ。

 

「百合殿。我々が生き残れたのは、貴殿のおかげだ。心から感謝する」

 

 セダムさんが、僕に声を掛けてきた。

 

「いいえ。僕だけでは、どうにもなりませんでしたから」

「それでも貴殿の見事な采配が、勝利をもたらしたのは間違いない。人族の貴殿が、一体どうやってそのようなスキルを、身に付けたのですか? 是非とも我輩に伝授して頂きたいのですが」

 

 引きこもってた時に、ゲーム三昧の生活をしていて、自然と身に付いた──なんて言えるわけがない。

 僕が返答に窮していると、

 

「父上、それは身に付けたものではなく、百合殿のユニークスキルだと思います。だから誰にも真似はできませんよ」

 

 エクレアさんが助け船を出してくれた。

 でもユニークスキルじゃなくて、毎日ゲームをやっていれば誰でも身に付くはず。

 それにしてもエクレアさんは、セダムさんの娘だったのか。

 

「うむ。それは困ったぞ。魔族の安泰には、貴殿の能力が必要不可欠。だけど人族は寿命が短いから、いつまでも頼るわけにはいかないし……」

 

 セダムさんは頭を抱えて悩んでいたが、ポンと手を叩き、

 

「ならば、その能力を分けてもらえばいいのだ。一人娘のエクレアに、貴殿の子どもを産ませれば、孫は能力を受け継ぐことになる。これで魔族は安泰だ」

「は、はい!?」

 

 思わず僕は、素っ頓狂な声で聞き返す。

 

「エクレアは伴侶を得てもいい歳なのに、何故か全く異性に関心を示さない。器量のよい娘だから、幾度となく男に言い寄られてはいるのだが、全て断ってしまうのだよ。きっと彼女の御眼鏡に適う相手ではなかったのだろう。だけど貴殿なら娘も納得がいくはず。いやぁ、いい婿が見つかって良かった」

「ちょっ、父上! そんなこと勝手に決められては困ります」

 

 慌てて抗議するエクレアさん。

 

「何が不満だと言うのだ。彼は魔族を滅亡から救った英雄だぞ。こんな光栄なことは無かろう」

「別に不満とかではなくて──」

 

 彼女は困ったような視線を、僕に向けて助けを求めてきた?

 

「セダムさん。娘さんの幸せを、勝手に決めつけるのは良くないですよ。もっと彼女の意思を、尊重してあげてください。エクレアさんには、心に決めた人がアアアァ!」

 

 いきなり体中に激痛が走り、痺れて膝から崩れ落ちそうになる。

 咄嗟にエクレアさんが僕とセダムさんの間に入り、正面から支えてくれた。

 

「どうなされました!? 百合殿」

 

 と心配するセダムさんに、エクレアさんは振り向いて、

 

「ん? なに、なに。ちょっと眩暈がしただけなので大丈夫、だそうです。父上」

 

 僕は何も言ってないのに、勝手に代弁しないで欲しい。

 

「大丈夫じゃないですよ。っていうか僕に電撃をくらわしたでしょ」

 

 彼女が怖い顔で睨んでいるので、小声で尋ねると、

 

「貴殿が誤解を招くようなことを言うからだ」

「だってエクレアさんは、魔王のことが好きなんですよね」

「あ、当たり前だ。魔王様は誰からも尊敬され、好かれるお方なのだ。某も皆と同じように敬愛している」

「僕が言ってるのは、異性として魔王に好意を抱いてるってことですよ」

「ば、バカなことを、か、勘違いも甚だしい。わ、わ、私が魔王様に、れ、れ、れ、恋愛感情なんて、あ、あるわけないだろ」

 

 あからさまに動揺して、声が上擦るエクレアさん。

 嘘をついているのが、バレバレなんですけど。

 

「大丈夫ですか? 必要なら治癒しますけど」

 

 エクレアさんに支えられた僕を心配して、アマリリスさんが声を掛けてきた。

 雰囲気がムースさんと似ていて、癒される笑顔と声の持ち主である。

 見た目は30歳前後だけど、彼女なら年齢差なんて気にならないくらい素敵な女性だ。

 そこにムースさんがやってきたので、二人に抱きしめられる自分を想像して、ついニヤけてしまう。

 

「是非お願いしま──」

「どうしかしました? お母様」

「お、お、お、お母さん!? 嘘でしょ」

 

 思わずアマリリスさんを二度見する僕。

 

「本当ですけど、そんなにわたくしたち、似てないかしら?」

「いえ、あまりにも若く見えるので、こんな大きな娘さんがいるようには……お姉さんの間違いでは?」

「まぁ、なんて素直でいい子なのかしら。ムースのお婿さんにほしいくらいだわ」

「えっ!? いいんですか?」

 

 満面の笑みで聞き返すと、

 

「ちょっと、ウチの激レア君に、ちょっかい出さないで欲しいんだけど。ウチら付き合っているんだから」

 

 キャンディが不愉快そうに割り込んできた。

 ややこしくなるから止めてくれ!

 

「な、なにっ!? それは本当か?」

 

 寝耳に水といった面持ちで、彼女の父ガウラさんが問うた。

 

「そうだよ、父ちゃん。ウチらは今晩から一緒に寝る間柄なんだ」

 

 まるで自分のものだと主張するかのごとく、彼女は僕の腕を抱きしめるように組んできた。

 かなり面食らった様子のガウラさんは、

 

「ふ、二人きりで寝るなんて許さんぞ!!」

「二人じゃなくて三人だよ。父ちゃん」

「三人? そ、そっか。ワシが真ん中に寝れば──」

「父ちゃんも一緒に寝るつもり?」

「だって三人なんだろ?」

「激レア君は、ウチとお姉ちゃんに挟まれて寝るんだよ。父ちゃんの寝る場所なんてないからね」

「おおおぉ前えぇ、ふっ、二股をかけているのか!! 娘を食い物にしやがって、唯では済まさぬぞっ!」

 

 双子の父親は、僕の胸ぐらを掴み上げ、怒りを露わにした。

 く、苦しい。

 助けて……。

 

「ちょっと、父ちゃん止めて。違うんだってば」

「そうじゃぞ。キャンディの言う通り、二股ではないのじゃ。モアイは御殿中の女子おなごに、ちょっかいを出しておったからの」

 

 姫様まで、余計なことを言ってきた。

 勘弁してくれ!

 

「貴様あぁ、まさか我が愛娘シャルロットに、手を出してはおらぬだろうな」

 

 凄みのある地鳴りのような声と、射抜くような眼光で、玉座に鎮座する黒い物体が僕を威圧する。

 物凄い殺気で拳にエネルギーを集中させているけど、それってハイデーモンを倒すのに使った必殺技だよね。

 5秒後の末路が脳裏をよぎり、あまりの恐ろしさに少しだけちびってしまった。

 皆さん、何か大事なこと忘れてませんか!

 ついさっき、あなた方を救った英雄、命の恩人なんですけど!!

 おののきながら僕は心の中で叫んだ。

 

「モアイは妾のオモチャじゃ。篭絡されるわけがない。いくらパパでも、妾のモアイオモチャを傷つけたり壊したりしたら、二度と口を利いてあげないからの」

 

 あんな必殺技くらったら、壊れるどころか、跡形もなく消滅しちゃうよ!

 擁護してくれるのは嬉しいけど、そんな可愛い抗議じゃ魔王の殺意は……あれ?

 どこへ行った?

 殺気も拳に集中させたエネルギーも萎んで消え失せ、無理矢理つくった笑顔で頬を引き攣らせる魔王。

 

「こ、壊したりなんてしない、しない。パパがシャルロットの気に障ること、今までしたことないだろ」

 

 ふぅ。

 どうやら命拾いしたようだな。

 魔王は愛娘にすっかりデレデレな、親バカらしい。

 睨まれただけで寿命が10年縮むくらい恐ろしい魔王も、愛娘は目に入れても痛くないようだ。

 

 その晩、御殿にいる全員を呼び寄せ、みんなで祝宴が行われた。

 ウェーブというピンチを乗り切って、生き残れたことを祝う宴会である。

 タルトたちが腕によりをかけて作った御馳走が振る舞われた。

 僕は英雄として称えられ、種族問わず女性にチヤホヤされたので、無縁だと思っていたモテ期がキターッ!! って感じだ。

 隙を見てはセダムさんが、エクレアさんに僕の子を産ませて欲しいと迫り、アマリリスさんがムースさんの婿にしたいと言い寄って来る。

 それを快く思わない双子に、僕は両側から腕を組まれて拘束されてしまった。

 もっともジェラートは、キャンディに無理矢理付き合わされているのだろうが。

 両手に花は嬉しいんだけど、面はゆいというか、どうも居心地が悪い。

 

「これじゃ、せっかくの美味しい料理が食べられないよ。悪いけど手を放してくれないかな」

 

 だけど姉妹は、僕を解放してくれそうにない。

 それを見兼ねたのか、タルトが料理を小皿に取り分けて、持ってきてくれた。

 

「ど、どうぞ。私のつくった料理なので、お口にあうか分かりませんけど」

 

 恥ずかしげにタルトが、僕の口に食べ物を運んでくれた。

 拘束から解放されたくて言ったのだが、タルトの好意を無にするわけにはいかない。

 あ~んして食べさせてもらった。

 

「うん。とても美味しい。ありがとう」

 

 すると双子が争うように、僕の口に料理を詰め込んできた。

 ち、窒息する……。

 お酒が振る舞われて、かなり泥酔している者もいる。

 たった半日前に絶滅しかけたのが、まるで嘘のようだ。

 でも──

 

「姫様、みんな浮かれているけど、いいんですか? 明日の戦いに、支障をきたすのでは?」

「それなら心配はいらぬ。通常、ウェーブの後は数か月間、敵の侵攻は途絶えるからの。今回はかなり大きなウェーブじゃったので、半年は大丈夫じゃろう。頃合いを見て、戦の準備をするように指示を出すから、それまでは自由に過ごすがよい。人族にも英気を養わせるのじゃぞ」

「はい」

 

 宴が終わると、人族は御殿に戻った。

 それ以外は魔王城に残り、エルフとドワーフは明日にでも、生き残った仲間がいないか探しに行くという。

 本当は僕も残る予定だったのだが、双子と一緒に寝かせたくないガウラさんの意向もあり、姫様に魔王城から締め出されたのだ。

 僕はみんなを救った英雄なんだから、それくらいの御褒美を与えてくれても、罰は当たらないと思うのだけど。

 人族みんながそれぞれの家に帰ると、御殿はロゼットと二人きりになってしまった。

 つい先ほどまで、大勢の仲間と騒いでいたから、静まり返った御殿がやたら寂しく感じられる。

 

「それじゃ、モアイさん。お休みなさい」

「ロゼット」

 

 自室に入ろうとしたメイド服の少女を呼び止め、

 

「あの……お気に入りの動画があるんだけど、僕の部屋で一緒に観ない? きっとロゼットも、好きになると思うよ」

 

 彼女は振り向いて、嬉しそうに「はい」と返事した。

 これくらいの御褒美は、いいよね。

 

 二人でベッドに入ると、ロゼットにアニメ『魔法少女アリス』の動画を見せた。

 その中でも僕のイチオシで、アイリが大活躍する話である。

 当初ロゼットは、自分とそっくりなアイリに驚いていたが、その活躍ぶりにすっかりハマってしまったようだ。

 そしてアイリが僕の一番好きなキャラだと知り、ロゼットは嬉しそうに顔を赤らめた。

 ふふふっ。

 ついにアイリ教の信者を獲得したぞ。

 信者ロゼットがアイリと激似なので、妙な感じはするけど。

 待てよ。

 彼女をアイリに仕立て上げ、崇拝するのもありだな。

 明日から積極的に布教して、信者を囲い込むとしよう。

 でないとエクレアさんの魔王教が勢力を拡大して、信者を奪われてしまう。

 僕は妄想……野望が膨れ上がり、興奮してなかなか寝付けなかった。

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