第27話 ウェーブ

 ウェーブが到達する日の朝、僕はロゼットより先に目を覚ました。

 戦いに敗れ大切な人たちが、皆殺しにされる夢を見たからだ。

 心臓が早鐘を打ち、何度も覚醒したので、寝不足ぎみである。

 涙の跡がついた美少女の寝顔を、恍惚と眺めていたら、その柔らかそうな唇に触れたくなった。

 そっと顔を近づけると、おもむろにロゼットの瞼が開いて目が合う。

 僕は固まり、激しかった心臓の鼓動が、今度は止まりそうになった。

 

「おはよう、モアイさん。いつから起きていたの?」

「えっと……僕も今目覚めたところ……」

 

 見え透いた嘘にもかかわらず、彼女の瞳に疑いの色は無い。

 僕を信頼しきっているのか、それとも純粋なだけなのか、いずれにせよ嘘をついてしまい、少し心が痛む。

 決して心臓を酷使したせいではない。

 

 運命の時が刻一刻と迫るにつれ、僕はプレッシャーが増して、押し潰されそうになる。

 そのせいで朝食があまり喉を通らなかった。

 食事が終わると、みんながリビングに向かったので、僕も行こうとしたら、目の前に二人の少女が立ち塞がった。

 

「激レア君、ウチに何か言うことない?」

 

 キャンディに何か迷惑でもかけたっけ?

 それともタルトみたいに、感謝を述べろってことかな?

 するとオレンジ髪の少女は僕を見つめながら、いろんな表情をして顔を近づけてきた。

 あっ、そういうことか。

 仕方ないな。

 

「いつ見てもキャンディは可愛い! 笑顔も素敵だ! 可憐に咲く花のようだ!」

「え~? ほんと~?」

「うん、うん。こんな美少女と一つ屋根の下で暮らせて、僕はなんて幸せなんだろう」

 

 これが最後になるかもしれないので、大盤振る舞いとばかりに、褒めちぎった。

 

「そっか~。そんなに言うのなら仕方ないな~。激レア君の彼女になってあげるよ~」

 

 キャンディは嬉しそうに言って、僕と腕を組んできた。

 はい……?

 ええい、乗りかかった舟だ。

 

「マジっすか!? やった~。僕は世界一の幸せ者だ~」

 

 空いてる方の手でガッツポーズして、大仰に喜んで見せた。

 

「そうでしょ、そうでしょ。こんな美人姉妹を独り占めできるんだから。今夜からウチら姉妹に挟まれて寝れるんだよ」

 

 姉妹と???

 それまでこの茶番劇を冷めた目で見ていたジェラートが、目を剥いて妹を睨んだ。

 姉妹はテレパシーのように、お互いの心が通じる。

 声にせず妹に何かを言われたのか、ジェラートは顔を赤く染めていく。

 そして僕の隣に来ると、腕を組んできて、

 

「今夜、待っているから」

 

 俯きながら蚊の鳴くような声で呟いた。

 とんだとばっちりを受けたジェラートは、三文芝居に付き合わされたあげく、恥ずかしいセリフを吐かされたようだ。

 どうやら彼女たちに、気を遣わせてしまったらしい。

 微かにだけど、ずっと僕の手が震えていたのに、双子は気付いていたのだろう。

 

「そんなご褒美があるなら、なおさら戦いに勝たないとな。よっしゃ! 俄然やる気が出てきたぞ」

 

 二人とも、ありがとうな。

 随分と気が楽になったよ。

 両手に花でリビングに向かうと、既に人族も集まっていた。

 男の戦士たちは家族と抱擁したり、我が子をあやしたりしている。

 

「全員集まったようじゃの。これから過酷な戦いが始まる。じゃが案ずることはないぞ。妾という勝利の女神がついておるから、勝利は確実じゃ!」

「「「おーっ!」」」

 

 姫様が勝利宣言をすると、みんなは鬨の声をあげ、それぞれ配置についた。

 人族の男性は、弓矢の特訓と実践訓練に耐えて、立派な戦士になった。

 敵から逃げることしかできなかった彼らが、今はとても勇ましく感じられる。

 女性たちは毎日懸命に、魔石を集めてくれた。

 おかげでトークンを大量にストックできたし、種類も増えた。

 特に味方の生命力を回復するトークンは、大きな収穫である。

 エルフは全ての技術を注ぎ込み、人族を短期間で立派なアーチャーに育て上げてくれた。

 ドワーフは実戦で盾となり、人族を守ってくれた。

 みんなやれることは、精一杯やってきた。

 正直、どれだけ強くなったかわからないけど、大幅に戦力がアップしたのは間違いない。

 だけど敵の数は、およそ2万。

 それに対して、こちらの出撃メンバーは、魔人が5名、エルフが3名、ドワーフが5名、人族が6名の計19名。

 単純計算で一人当たり千匹以上を倒さなければならないのだ。

 

 ──そしてついに敵の侵攻が始まった。

 今回はエリアの映像に、倒した敵の累計数を表示してもらった。

 トークンの使用でペース配分が必要なためだ。

 こちらも逐次戦士を出撃させて応戦する。

 ハイミノタウロス(ランクC)は、魔力による高速移動&強化された角での攻撃が特徴。

 その素早さでこちらの攻撃を掻い潜り、初見では激突されたドワーフが死にかけた厄介な敵だ。

 だが既に攻略法は見いだしている。

 カトレアさんの風魔法でハイミノタウロスのスピードを抑え、アーチャーが一気に仕留めた。

 ここ数日の戦いで、多種多様な敵と一線を交えて、それぞれの攻略法を身に付けることができた。

 そのおかげで好調な滑り出しだったのだが──

 

 人間の集中力持続の限界は90分だと言われるが、既に戦闘開始から2時間弱が経っている。

 これまでの戦いのように、敵の侵攻が途切れることがなくて、気が抜けない。

 味方を撤退させて、休ませることもできないのだ。

 さすがに集中力が続かず、寝不足もあって、意識が朦朧としてきた。

 

「モアイさん、ブラウニーが!」

 

 ロゼットの叫び声に、慌ててブラウニーを見やると、彼の生命力HPが風前の灯火だった。

 急いで回復トークンを投入すると、寸前でブラウニーは持ち直す。

 僕の不注意で、危うく仲間を死なせそうになり、血の気が引いていくのを感じた。

 

「ありがとう、ロゼット。助かったよ」

 

 これから益々敵の侵攻が激化し、味方全員を監視するのは更に厳しくなる。

 僕はロゼットに補佐を依頼した。

 ブラウニーを監視して、危機が迫ったら教えて欲しいとお願いしたら、他の女性たちも協力したいと申し出てくれた。

 そこで彼女たちに、旦那の監視を頼んだ。

 これだけでもかなり僕の負担が軽減され、時々席を立ってストレッチしながら指揮する余裕もできた。

 

 

 既に開始から4時間近くが経過し、討ち取った敵の数は1万匹に迫ろうとしている。

 どうにか半分までこぎつけたけど、正直、ここまで戦えるとは思ってもみなかった。

 みんな限界を超えて、気力で戦っている状態だ。

 出撃している味方はもちろん、ジェラートやキャンディも疲労の色が濃い。

 

 追い打ちをかけるように、見るからにヤバそうな敵が現れた。

 全体的に青紫がかった色をしていて、頭に角が2本生え、手足には鋭い爪がある。

 羽根はあるが、2足歩行をする恐竜のような姿。

 その周囲を、ブリザードのような渦巻きができている。

 

「ジェラート、あの怪物は!?」

「ハイデーモン。ランクはS]

 

 敵のステータスを見て、僕は衝撃を受けた。

 生命力、攻撃力、防御力、どれもがずば抜けている。

 これで中ボスかよ……。

 

「他に何か情報はある?」

「氷属性なので、火の攻撃に弱い」

 

 つまり、フラムの攻撃が効果的だということか。

 

「けど、その逆もまた然り。火属性のフラムも氷属性の攻撃には弱い。敵の一撃で致命傷になり兼ねないほど、ステータスに差がある」

 

 そう付け加え、ジェラートは注意を促した。

 このままでは陣頭で盾役を担ってきたフラムが、最初に攻撃を受けてしまう。

 兎に角ハイデーモンを、フラムに近づけさせないことだ。

 ゴーレムをぶつけてみたが、一瞬で凍結して動けなくなり、ハイデーモンに破壊されてしまった。

 どうやらブリザード内に入ったのが原因のようだ。

 あの中は液体窒素のように、極低温なのかもしれない。

 ブリザード外に岩壁を配置すると、ハイデーモンから氷柱のような攻撃を受けて、崩されてしまった。

 フラムの火球、エクレアさんの落雷、ビスコッティの尖り岩攻撃は、ブリザードに阻まれ敵本体にダメージを与えることができない。

 手立てが見いだせないまま、ハイデーモンが動き出す。

 出来ればラスボスまで温存しておきたかったのだが、やむを得ない。

 カトレアさんの塵旋風トークン・ダストデビルを、ハイデーモンに使用。

 するとハイデーモンは弾き飛ばされて少し後退、ブリザードが消滅した。

 さすが風属性のカトレアさん、ブリザードよりも威力が上回ったようだ。

 暫くするとブリザードは復活したが、その間に味方が与えたダメージは僅かだった。

 中ボスのくせに、硬過ぎだろ!

 ハイデーモンが氷柱攻撃をすると、ブリザートが一時的に消えた。

 その間にも攻撃を加えたが、敵の生命力HPの減少は微々たるもの。

 ダストデビルで少しずつ生命力を削っていくしかなさそうだが、トークンの数には限りがある。

 とは言え、そうも言ってられない。

 繰り返しダストデビルを使用して後退させるも、徐々にフラムとの距離を詰めるハイデーモン。

 ついにフラムの前に壁トークンが置けなくなり、やむを得ず敵の攻撃に合わせて彼女を撤退させ無駄撃ちさせた。

 その後もトークンの配置を繰り返しながら、攻撃を加えて敵の生命力を削っていく。

 エクレアさんとビスコッティを、限界まで耐えさせてから撤退。

 最後は姫様とムースさんのアンチヒールで、どうにか中ボスを仕留めることができた。

 他の敵はエルフたちが処理してくれた。

 何故かハイデーモンを倒した後は敵の侵攻が途絶え、先ほどまでの熾烈な戦いが嘘のように静まり返っている。

 それがかえって不気味に感じられるほどに。

 キャンディにエリア外を偵察させると、敵の姿は見当たらなかったとのこと。

 とりあえず助かったようだ。

 主力を欠いた状態で戦い続けるのは不可能。

 全員撤退させて、治癒と休養をとらせることにした。

 

「ロゼット。悪いけど自室に戻って少し寝るので、敵が来たら起こしてくれる?」

「うん。でも敵が来なかったら?」

「その時は、30分後に起こして欲しい」

「わかったわ」

 

 僕も限界に達して思考が低下しているので、一度リフレッシュする必要がある。

 ムースさんもかなり疲れているはずなのに、嫌な顔一つせず微笑んだまま、みんなを治癒してくれている。

 彼女に抱擁された幸せそうな男たちを羨望の目で見ながら、僕はリビングを後にした。

 かなり疲れていたのもあり、僕はベッドに潜り込むと、すぐに深い眠りについた。

 

 ──30分後、僕はロゼットに起こされて、リビングに戻った。

 短時間とは言え、ぐっすり眠れたので、リフレッシュできた気がする。

 僕は主要なメンバーを集めて、今後について検討することにした。

 エクレアさん、ジェラート、エルフのルドベキアさん、ドワーフのバジル王、おまけで姫様の5人。

 まずは敵の数について、2万というのは誤りで実際はその半分ではないかと、僕の考えを示した。

 するとエルフとドワーフが、国を滅ぼした奴らは、今回の倍はいたと確信を持って証言。

 では残りの敵はどうなったのか?

 話し合いの結果、二つのパターンが考えられた。

 一つ目は、今後第二のウェーブが来るというもの。

 二つ目は、何らかの理由で、半数しかやってこなかったというものだ。

 以前であれば、御殿を攻略するのに、敵は数千もいれば充分だった。

 なので敵は半分を撤退させたという意見だ。

 出来れば後者であってほしいのだが、どちらかといえば前者だろうというのが、みんなの一致した考えだ。

 早ければ明日にでも、第二のウェーブが押し寄せてくる。

 トークンをかなり減らしたので、ハイデーモンですら、もう倒すのは不可能だろう。

 それなのに、これからもっと強敵が、数多く現れることが予想される。

 少しでもトークンを増やすため、人族の女性に魔石の収集を依頼した方が良さそうだな。

 

「この戦いを早く終わらせて、妻に逢いたいものだ」

 

 人族の仲睦まじい夫婦の姿を眺めながら、バジル王が羨ましげに呟いた。

 

「奥さんは、途中で別れて魔王城に行かれたんですよね。だとしたら、残り1万の敵も魔王城に向かったのでは?」

「それはないだろう。魔王城へ向かう道は狭い脇道だからな。2万もの大群なら、御殿ここを経由して魔王城へ向かう道を通るはずだ」

 

 僕の問いに、バジル王が返すと、

 

「モアイ! 今すぐ魔王城に向かうぞ!!」

 

 姫様は立ち上がり、青ざめた顔で叫んだ。

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