第26話 ウェーブ前夜
それからの3日間は、上位ランクの敵が多く出現するようになり、ハードな戦いが続いた。
姫様に頼って、何とか勝てた場面も、幾度となくあった。
お陰で強力な七色珠を幾つも得られ、味方のレベルを大きく上げることができた。
フラムは、ハイオーガのステータスを凌駕して、火球を扱えるようになったのである。
ハイオーガと互角に渡り合うどころか、確実に倒せるようになったのだ。
僕も経験を積んで、敵ごとの攻略法を身に付けいった。
みんな懸命に戦っていたら、あっという間に時は過ぎていき──
キャンディの偵察で、当初の予想通りに、
ウェーブ経験者であるエクレアさんの見立てでは、現時点の戦力ならば、3~5千の敵に対抗できるらしい。
数に大きな誤差があるのは、敵のレベルなどにより、大きく左右されるからだという。
いずれにせよ2万には遠く及ばないのだが。
「いよいよ明日は決戦の日じゃ。じゃが何も心配はいらぬぞ。妾が出撃した戦いは、全て勝利をおさめておるからの。この勝利の女神がついておる限り、負けることはないのじゃ。大船に乗ったつもりでいるがよいぞ」
仁王立ちの姫様が、自慢げに宣った。
姫様がいなくても、負けた戦いはないんだけどね。
「そこでじゃ。これまでよく戦ってくれた皆に、感謝と労いの気持ちを込めて、御馳走を用意した。今宵は無礼講じゃ、遠慮なく食するがよいぞ。タルトとロゼット、それに人族の女性たちが、腕によりをかけて作った料理じゃからの。明日のことは忘れて、大いに盛り上がるのじゃ」
「「「「「おーっ!」」」」」
今夜の晩餐は人族も招かれ、全員が食堂に集まっている。
これまで僕とロゼットは、魔人やエルフ、ドワーフたちと一緒に食事を摂ってきたけど、他の人族は初めての同席である。
それでも人族に、以前のような畏怖した様子は見られない。
無礼講というのもあるけど、男性たちはムースさんの治癒で、すっかり魔人に気を許すようになったようだ。
女性たちもタルトと一緒に食事の支度をして、打ち解けたのだろう。
食事が終わると──
「この後は風呂なのじゃが、人族も入っていくが良い。妾自慢の風呂じゃ。裸の付き合いで親睦を深めようぞ」
「うぉーっ!」「姫様、最高!」「生きてて良かった~」
人族の男たちは感極まり口々に叫んだ。
涙を流して拝むものまでいる。
小躍りして喜ぶ男性陣を、姫様はジト目で見やり、
「何か勘違いしてるようじゃが、混浴ではないぞ。男どもが入るのは、妾たちが出てからじゃ」
「あ、あんまりだ……」「男のロマンが……」「俺の涙を返してくれ……」
男どもはその場に頽れて訴えた。
めちゃくちゃ凹んでいた人族の男たちも、初めて入る豪華な大浴場に、すっかり気を取り直したようだ。
みんなで背中を流し合ったり、歌を歌ったりして、大いに盛り上がった。
誰もが上機嫌で風呂から出ると、人族はそれぞれの家に、僕とエルフ、ドワーフは各々の部屋に戻った。
僕は布団に入ろうとして、異変に気付く。
いつもはタルトが、綺麗に整えてくれている布団が、膨らんでいたのだ。
今日は忙しかったから、手が回らなかったのだろうか?
でも何かが入ってるような感じがする。
ドキドキしながら、そっと掛け布団をめくると、そこにいたのは──上目遣いでこちらを見つめる美少女──ロゼット!?
「ご、ごめん。部屋を間違えた」
浮かれすぎて、隣の部屋に入ってしまったようだ。
内装もそっくりだから、気が付かなかったよ。
踵を返し出て行こうとすると、
「待って。此処はモアイさんの部屋よ」
へっ!?
僕はゆっくりと振り返り、
「本当?」
「うん」
アニメ『魔法少女アリス』の登場キャラクターであるアイリは、僕の理想の女の子だ。
そんな彼女にそっくりなロゼットが、恥ずかしげに頷く。
こ、これって、期待していいのか?
僕は胸の高鳴りを悟られないよう平静を装い、
「えっと……どうして僕のベッドに?」
「明日のこと考えると怖くて……駄目?」
僕はブラウニーに嫉妬してから、ロゼットを意識するようになり、つい虚しい期待をしてしまった。
彼女はただ恐ろしくて、誰でもいいから傍にいてほしかっただけなのに。
それでも嬉しかった。
僕も不安や恐怖に呑み込まれそうで、独りになるのが怖かったから。
「ううん。駄目じゃないよ」
僕は布団に入り、二人で仰向けに寝た。
「今朝ね、タルトさんに手を握られて言われたの──」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ロゼットさん、これまで手伝ってくれて本当にありがとう。とても助かりました」
「いいえ。こちらこそ、いろいろと面倒見て頂き、ありとうございます」
「決して諦めたわけじゃないの。でも、明日はとても厳しい戦いになるから、どうなるか分からないでしょ。だから今日は仕事せずに、好きなことをしてください。私も好きなことやりますので」
「でも今夜は、人族を招いて晩餐会を開くのですよね。準備はしなくていいのですか?」
「それなら大丈夫です。私がやりますので。御馳走を振る舞って、皆さんに英気を養ってもらうことが、私のやりたいことですから」
「……分かりました。ではお言葉に甘えて、私も好きなことやらせて頂きますね」
私は人族の女性たちのところへ行き、事情を話した。
彼女たちは私の意見に賛同してくれたので、みんなを連れて厨房に戻ると、
「ロゼットさん、それに皆さん、どうなされたのですか?」
タルトさんは少し驚いたように尋ねた。
「家族を守るため身命をなげうって戦う旦那に、あたしらも料理を作ってあげたいんです」
「それが私たちのやりたいことなんです。タルトさん、どうか手伝わせてください。お願いします」
最年長のアンゼリカさんが代表して言い、それに私が付け加えて言った。
「みなさん、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
目に涙を浮かべ嬉しそうにタルトさんは言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「タルトは僕のところにも、お礼を言いに来たよ。きっと彼女は、みんなに感謝を述べてまわったんじゃないかな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「百合様には、とても感謝しています。私のことを認めて頂き、ありがとうございました。それに戦闘服や武器などを作らせて頂き、皆さんの力になれて嬉しかったです。百合様に出会えていなかったら、きっと私は卑下したまま一生を終えていたでしょう」
「感謝するのは僕の方だよ。姫様も言ってたけど、タルトがいなければ、とうに僕たちは全滅していたのだからね。今でもタルトの能力が一番で、誰よりも君が活躍してると思うよ。僕の方こそ、タルトに出会えて良かったと、心から思っているんだ」
「あ、ありがとうございます……私、百合様のこと……とても……とても、尊敬しています」
彼女は涙で何度も声を詰まらせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「本当にタルトさんって、いい娘だと思うわ」
「うん。そうだね」
優しいタルトは、きっと味方が殺されるたびに、悲しみの涙を流すだろう。
出来れば彼女に、そんな辛い思いはさせたくない。
「あのね。モアイさんにお願いがあるんだけど」
「なに?」
「ココアの動画や写真が観たいんだ」
僕は返事を躊躇った。
ロゼットが
観たら悲嘆に暮れてしまいそうで怖かったのだ。
でも明日はどうなるか分からない。
「うん、いいよ。一緒に観よう」
ロゼットは愛おしげにココアの動画を眺め、涙で頬を濡らした。
幸せそうな愛娘の姿に、僕も目頭が熱くなる。
いくらムースさんの治癒で悲しみが和らいだとはいえ、大切なものを失った僕たちの傷は深すぎたのだ。
他人から忌み嫌われて独りぼっちだった僕を、必要としてくれた幼い女の子。
彼女は僕の生きがいで、全てだった。
だけどようやく掴んだ幸せを失った時、僕は死ぬほど辛かった。
もう二度と、あんな思いをしたくない。
だから、ロゼットやタルト、ムースさんたちを守るために、指揮官になって戦ってきたのである。
それなのに明日、また大切な人たちを失ってしまうかもしれないのだ。
その恐怖心で打ち震え、僕は縋るように布団のなかでロゼットの手を握り締めた。
──ウェーブの到達まで、残り1日。
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