第24話 姫様とバフ効果
翌日、僕は朝から焦燥感に駆られていた。
エルフやドワーフ、ムースさんなどの新戦力を次々と得ながらも、レベルアップがなかなか進まないからだ。
ウェーブ前なので、敵の数が少ないのに加え、ザコばかりで七色珠が集まらないのである。
ゲームみたいに課金や、キャンペーンで入手できると助かるのだが……。
そんなことを考えていたら、待ち焦がれていた本日最初の敵が現れた。
エリアがスクリーンに映し出されると、
「ハイオーガじゃねえか!」
フラムが険しい表情で叫び、場の空気が一変した。
「ハイオーガ?」
「ステータスが高くて魔法攻撃をしてくる、進化したオーガです。火球による遠距離攻撃をするので、とても厄介な相手です。以前も奴を倒すのに、何人もの仲間が犠牲になりました」
僕の疑問に、エクレアさんが答えてくれた。
オーガよりも一回り大きくて、身の丈は3mほど、筋骨隆々で赤茶色の肌をしている。
七色珠でレベルアップしているフラムを、優に上回るステータス値だ。
ハイオーガは現れた場所から微動だにしないが、その間に
ハイオーガの射程外にドワーフを投入して、ザコを処理しながら様子見をする。
だけど膠着状態が続き、僕は焦りが出てきた。
さらなる強敵が現れるかもしれないからだ。
一体でも倒すのが困難なのに、複数の強敵を相手にするのはマズイ。
やむを得ず、ハイオーガがギリギリ射程内になる場所に、エクレアさんを出撃させた。
ハイオーガの火球がエクレアさんを襲い、彼女の
急いでムースさんを出撃させて回復させるも追いつかない。
続いてビスコッティとフラムを出撃させた。
最前面のフラムに盾役として火球を受けさせたのだが、幸いにも彼女が火属性のおかげでダメージは少なかった。
よし。
このまま遠距離攻撃で、ハイオーガの
そう思ったのも束の間、ハイオーガがフラムに向かって動き出した。
トークンで足止めを試みるも、すぐに突破されてしまう。
クソッ!
何でもっと早くエクレアさんたちを、出撃させなかったんだ。
動き出す前にハイオーガの生命力を削らなかった、僕の采配ミスである。
フラムとハイオーガが直接交戦すると、更に状況は悪化した。
火球の攻撃対象が、フラムからビスコッティに移ったのだ。
生命力を大きく削られていくビスコッティを、ギリギリのところで撤退。
すると次はエクレアさんを、火球が襲い始めた。
このままでは総崩れになってしまう。
全員を撤退させるしかないのか!?
だが、このエリアを突破されるようでは、とてもウェーブには対抗できない。
なんとしても此処を死守しなければ。
「カトレアさん、急いでルドベキアさんとペンタスを呼んできて下さい。出撃してもらいます」
「はい」
御殿の外で人族に弓矢の指導をしている二人を呼びに、カトレアさんは部屋を飛び出した。
盾役としてドワーフを再配置して火球を受けさせる。
ドワーフとエクレアさんも限界まで耐えてもらってから撤退させると、火球はムースさんを襲い始めた。
いつも微笑んでいる女神の様なムースさんが、攻撃を受けるたびに表情を歪める。
またしても僕の采配ミス!
ハイオーガを確認した時点でエルフの二人を呼んでいれば、対処できたかもしれないのだ。
もうこのエリアを放棄するしか──
「妾も、妾も何か役に立てることはないのか!?」
撤退した味方は、生命力が残り僅かなのに、治癒も受けられず満身創痍の状態。
そんな彼らを前にして、今にも泣きそうな表情で魔王の娘は訴えた。
「お気持ちは分かりますけど、姫様にはどうすることも──」
ふらつきながら立ち上がったエクレアさんが進言した。
「分かっておる。妾が役立たずなのは。それでも何か力になりたいのじゃ。大切な臣下が苦しんでおるのに、ただ見てるだけなんて──」
悔し涙を目に浮かべる金髪少女に僕は、
「では、この窮地を乗り越えるのに、姫様の力を貸してもらえますか。ただし相当な苦痛を伴いますけど」
「どんな苦痛でも耐えて見せる。何をすればいいのじゃ?」
「出撃して
「うむ。これで妾の戦闘服も、無駄にはならずに済んだの。早速出撃じゃ」
「お待ちください。危険すぎます」
魔法陣に向かう姫様を、エクレアさんが引き止めた。
「この決定に一切反論は許さぬ。妾にもしものことがあっても、モアイを責めてはならぬぞ。これは至上命令じゃ」
姫様は強い口調で臣下たちに命じた。
ムースさんが限界に達していたので、僕はすぐに姫様を出撃させた。
どうにか間に合ったものの、火球の攻撃を受けた姫様が悲鳴をあげる。
「チビ姫、どうして此処に!? キャンディ、早くチビ姫を撤退させろ!」
フラムは目をひん剥いて怒鳴りつけた。
「撤退は許さぬ。あと2発火球を撃たせて、エルフたちが到着するまでの時間稼ぎをするのじゃ」
「無茶だ! あと2発だなんて」
「
「思いきり泣きべそかきながら言うな!」
そこに2発目の火球が姫様に着弾。
悲鳴と共に頽れる満身創痍の金髪少女。
「チビ姫! この野郎、絶対に許さん!!」
フラムは渾身の力で、ハイオーガに攻撃を繰り出す。
その時の僕は、心臓が早鐘を打ち、重圧で押しつぶされそうになっていた。
次の火球で、撤退が遅れたら姫様が、早ければムースさんが被弾する。
タイミングを誤れば、どちらかを死なせてしまうのだ。
もう二度と大切な人を失いたくない。
既に犯した2度のミスが尾を引き、また失敗するのではと不安が過る。
余計なことは考えるな。
敵の動きに集中しろ!
そしてハイオーガが火球の攻撃モーションに入り、姫様の撤退を指示しようとした時、想定外の出来事が起こった。
「グオオオオオオォ」
断末魔の叫びをあげ、ハイオーガが霧散したのだ。
僕は敵の動きに集中していて、何が起こったのか分からなかった。
フラムの攻撃力では、敵を倒すのに、もっと時間がかかるはず。
だからエルフが間に合わなければ、みんなを撤退させるつもりだったのだ。
新たな助っ人か!?
エリアを見回しても、フラムとムースさん、そして姫様の3人しか見当たらない。
その時、エルフたちが部屋に駆け込んできた。
「待たせた。いつでも出撃でき……る……」
戦いが終わったことを理解したのか、ルドベキアさんは言い淀んだ。
エルフたちの仕業でもないらしい。
もしやと思いフラムのステータスを確認すると、攻撃力がアップしていた。
これが計算より早くハイオーガを倒せた理由のようだ。
どうしてか解らないが、今はみんなを撤退させて、回復させることが最優先である。
まず姫様を撤退させると、フラムの攻撃力が元の値に戻った。
これは偶然か?
それとも……。
フラムは帰還するなり、憤怒の形相で僕のところに歩み寄ると、胸ぐらを掴み上げた。
「貴様、何故チビ姫を出撃させた!」
僕の体が宙に浮く。
く、苦しい……。
「止めんか。妾が望んだことじゃ。モアイは命令に従っただけのこと。妾は少しでも皆の役に立ちたかったのじゃ」
僕が意識を失う寸前、姫様がフラムの腕にしがみ付き阻止してくれたので、どうにか助かった。
「ふざけんな! 命懸けの戦いなんだぞ! 足手まといなだけだ!」
フラムは怒りを露わに、姫様を激しく怒鳴りつけた。
その激怒ぶりに、姫様は怯えて言い返すこともできず、ポロポロと涙を零す。
幼い女の子は、みんなの力になりたくて、死の恐怖と苦痛に耐えたのだ。
それを一方的に否定され、僕は黙っていられなかった。
「そんなことはない。姫様がいなかったら、ハイオーガを倒せなかったのだから」
「はぁ? ふざけたことを抜かすな。戦闘能力も何もないチビ姫に、何ができるって──」
再び胸ぐらを掴み上げられ、落ちる寸前の僕。
「百合さんの言ったことは本当。姫様を投入後、フラムの攻撃力が大幅に上昇した。それがなかったら倒せなかった」
フラムの言葉を遮るようにジェラートが言ってくれたので、僕は助かった。
「それは本当なのか!? でも、どうして?」
ジェラートの言葉に全く疑念を抱かないフラムは、彼女に全幅の信頼を寄せているようだ。
「わからない。でも姫様を撤退させたら、フラムの攻防が元の値に戻ったったのは事実」
「姫様にはバフと言って、出撃するだけで味方のステータスを上昇させる能力が、あるのかもしれない」
ジェラートの説明に僕が補足すると、フラムは不可解な面持ちで、姫様を見やった。
「ど、どうじゃ。妾のパフパフは。そのおかげで勝てたのじゃぞ。
さっきまで泣かされてた姫様は、仕返しとばかりに言い返して、フラムのお尻をペシペシと叩いた。
フンと、腕組みしながらそっぽを向くフラム。
「皆の者、もう心配は要らぬ。妾がおれば百人力じゃ。この勝利の女神がついておるのじゃから、大船に乗ったつもりでおるがいい」
益々調子に乗った姫様は、腰に手を当て仁王立ちしながら言い放った。
「もうチビ姫の出番はない。アタシがもっと強くなって、チビ姫は出させないからな。キャンディ、ハイオーガの七色珠を回収してくれ。それを摂取すれば、大幅にステータスが上昇するはずだ」
「
これまで姫様に七色珠を与えるのは、お宝をドブに捨てるようなものだと思っていたけど、もしバフの効果が上がるのであれば、レベルアップの最優先候補になる。
とにかく詳しく調べる必要があるな。
全員の回復が終わると、再び姫様を出撃させて検証した。
すると姫様のバフ効果では説明がつかない、腑に落ちない点が出てきた。
フラムとビスコッティの二人だけが出撃した場合、それぞれの攻防が5%上昇したのである。
この結果についてジェラートに尋ねると、姫様にバフの能力はないことを、こっそり教えてくれた。
姫様を守ろうとする思いが、フラムのステータスを上昇させたのではないかとのこと。
あまりに姫様が有頂天になっていたので、ジェラートは言い出せなかったらしい。
それを知ったら姫様の落胆ぶりが目に浮かぶので、姉妹には口外しないように指示した。
魔人の強い絆が、仲間を守ろうとする思いが、ステータスに影響を与えているらしい。
なんだかんだ言っても、フラムは姫様を危険な目にあわせたくなかったのだろう。
さて、回収したハイオーガの七色珠だが、さすがにザコとは魔素量が違っていた。
かなりのステータス上昇が期待できるが、どう配分するかが悩み所である。
姫様にバフの能力がなくても、ステータスは上げなくてはならない。
強敵を相手にするハードな戦いほど、姫様が必要となるからだ。
ある程度は敵の攻撃に耐えられなくては、とても出撃させられないからな。
──ウェーブの到達まで、残り5日。
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