第23話 ブラックムース
翌日の午前中は、エクレアさんに指揮を任せて、僕は食堂で憧れのムースさんと二人きりの面談。
テーブルを挟んで正面に座るムースさんは……笑顔が最高だなぁ。
僕は両肘をつきながら、うっとりと見惚れた。
このまま時間が止まればいいのに。
彼女になら生命力を吸われても、いいような気がしてきた。
むしろ吸い尽くして欲しい。
「百合さん」
「はい。何でしょうか?」
「あの、ご用件は?」
「ご用件? ご用件、ご用件……ああ、面談でしたね」
つい何もかも忘れて、彼女に見入ってしまった。
敵ですら彼女に見惚れて、戦うのを忘れてしまうのではないか?
それくらい破壊力のある微笑みである。
気持ちを切り替えて、僕は事情を説明した。
ブラックムースの能力を僕はアンチヒールと命名。
さすがにブラックムースと本人には言えないので。
当初、アンチヒールの封印解除に難色を示したムースさんだけど、みんなを救うためならと承諾してくれた。
以前に能力を暴走させた件は、彼女にとってもトラウマのようだ。
ヒールとアンチヒールは両方同時には使えず、切り替えには一定の間隔を要する。
また、接触型に比べ、非接触型は範囲内の全員が対象になる反面、効果は1/10にとどまるという。
「もしかしてアンチヒールで、ムースさんの寿命は──」
「ええ、延びますわ」
早く言ってよ~~~~。
アンチヒールでどんどん寿命を延ばせば、ヒーリングは使い放題じゃないか。
これまでの苦労は何だったの?
どっと疲れが出てきたけど、ムースさんが微笑みかけてくれたので即復活!
ほんと男って単純だ。
ジャスミンの”聖なる加護”を与えてもらったムースさんを、午後から出撃させて検証することにした。
で、アンチヒールの犠牲者──もとい被験者を誰にするか迷って見回すと、みんな顔を引き攣らせて視線を逸らす。
よほどのトラウマになっているようだ。
「ここはひとつ最年長のエクレアさんにお願いします」
「ひっ。こ、こういうのは某より防御力の高いフラムの方が適しているかと。その方が生存率が高く──」
「なっ。エクレアが指名されたんだろ。アタシだってまだ死にたくはない──」
二人の醜い押し付け合いが始まった。
っていうか双方とも、生命力を奪われることが前提になっているし。
「”聖なる加護”の力は、邪悪なものにしかダメージを与えないようにするもの。心の清らかなエクレアさんが適任だと思って、僕は依頼したんだけど」
「某が清らかな心!? そ、それはそうなのだが……」
よし。
エクレアさんの気持ちが傾いてきたぞ。
もう一押しすれば──
「はぁ? まるでアタシの心が、邪悪みたいに聞こえるが」
フラムが横槍を入れてきた。
あえて否定はしないけど、そこはスルーしてよ。
目くばせして伝えようとするも、フラムは訝しげな表情をするばかり。
そこで僕は重大な過ちに気づいた。
空気が読めるような相手ではなかったのだ。
フラムは姫様の首根っこを掴んで、僕に押し当ててきた。
「な、何をするのじゃ。フラム。痛いではないか」
「コイツの心を読め。アタシのことを邪悪だと思っているかどうかだ」
「こんな幼気な美少女に手荒な真似する奴は、邪悪な存在に決まっとる、とモアイは思っておるぞ」
僕は、『清らかな心の持ち主は、姫様の頭を小突いたりはしない』と、内心で突っ込みを入れただけで、決して幼気な美少女云々と、思った覚えはない。
「ならばアタシが出撃して、純粋であることを証明してやろうじゃないか」
その前にフラムが単純だと証明された。
この際、協力してもらえるなら、どっちでも構わない。
「本当に心が清らかなら、ダメージは受けないんだよな」
出撃直前になって、フラムが情けない顔で不安げに尋ねてきた。
「うん」
但し、ムースさんに加護の効果があればの話なんだけどね。
「危険だと判断したら、即撤退させるから、心配はいらないよ」
「だからアタシを邪悪な存在みたいに──」
最後まで言えずに、転移させられたフラム。
続けて、彼女の近くにムースさんを転送した。
映像を通して、二人の緊張が伝わってくる。
「ではムースさん。アンチヒールをお願いします」
覚悟を決めたように、目を見開いたムースさん。
すると彼女の透き通るような白い肌が紫がかり、垂れぎみの目が吊り上がっていく。
口には小さな牙が生えてきた。
見た目が怖くなったけど、それ以外に特段変化は見られない。
範囲内の草木は枯れていないし、フラムのステータスも異常なし。
第一段階は成功したようだ。
続いて敵に試してみると、どんどん生命力が削られていくのが確認できた。
1回で与えるダメージは少ないけど、トータルで相当な生命力を奪うことが可能。
加えて範囲内全ての敵を同時に攻撃できるので、かなり強力な戦力となるのは間違いない。
安全性が確認できたので、フラムに代えてビスコッティを出撃させ、トークンの岩壁で足止めした敵を、アンチヒールで次々と倒していく。
残りの時間を、ムースさんの寿命を延ばすことに費やした。
これで僕の所為により、ムースさんの寿命を縮めたという負い目を解消できる。
更に、これからは気兼ねなくムースさんに抱いて──ではなくヒーリングしてもらえるのだ。
他にも思わぬ収穫があった。
魔人に”聖なる加護”を与えると、トークンにも効果があることが分かったのである。
これまで味方がダメージを受けないように、トークンの威力を抑えてきたけど、その制限がなくなったのだ。
さまざまな威力のトークンを作って、状況に合わせて使い分けることが可能になったので、魔素の節約にもなる。
戦いが終わると、七色珠を回収するのがキャンディの日課になった。
──ウェーブの到達まで、残り6日。
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