第22話 レベルアップ

 翌日の午前中、僕はドワーフと面談して、彼らの能力について聞き取りをした。

 指揮官にとって大事なのことの一つは、味方について充分に理解すること。

 彼を知り己を知れば云々と、孫子様も仰っているからな。

 そのあたりは、タワーディフェンスゲームで、嫌というほど思い知らされた。

 味方の能力を把握せずに出撃させて、どんだけ無駄死にさせたことか。

 残念ながら、ドワーフは魔法を使えないという。

 男性は斧で、フリージア姫は槍での接近戦になる。

 幸いなことに、彼らは防御力が高めなので、人族の盾役にもなれそうだ。

 

 午後になると、エルフとドワーフの戦士を全員リビングに集めた。

 

「これから皆さんに出撃してもらいます。皆さんの実力を確かめるのと、僕自身が皆さんを指揮するのに慣れるためです。ドワーフの皆さんは、昨日の今日で申し訳ないのですが、よろしくお願いします」

「なに、かまわんよ。ムース殿に治癒してもらったおかげで体調は万全だし、何より新しい武器と戦闘服とやらを確かめたくて、ウズウズしていたところだからな」

 

 バジル王は少年のように目を輝かせて言った。

 彼らの武器はボロボロだったので、タルトに新しく造ってもらったのだ。

 ドワーフのアドバイスのもと造られた得物は、軽いのに丈夫で攻撃力もアップしている。

 敵が侵入すると、僕は戦士を出撃させて実力を確かめた。

 さすが弓矢の名手と呼ばれるだけあって、エルフは次から次へと敵を射貫いていく。

 敵の強さにもよるが、ザコならば一撃で仕留められる。

 ドワーフは新しい武器を使いこなし、豪快に敵を薙ぎ倒していく。

 防具も問題なさそうだ。

 エルフとドワーフが加わったことで、大幅な戦力アップになったのは確かだが、それでもウェーブに対抗するには至らない。

 

 敵の侵攻が一段落したので、キャンディに使用済みの矢を回収してもらった。

 タルトの負担軽減のため、矢のリサイクルが可能か確かめるのが目的である。

 早速タルトとルドベキアさんにチェックしてもらうと、再利用は可能だとわかった。

 

「あ、そうそう。姫様にお土産があったんだっけ」

 

 キャンディは胸元から、七色に輝く真珠みたいなものを取り出して、姫様に手渡した。

 

「おお、何じゃ、コレは? とても綺麗じゃの」

 

 好奇心旺盛な姫様は、それを指でつまみ、珍しそうに眺める。

 

「わかんないけど、矢の近くに落ちていたんです。まだ幾つもありましたよ」

 

 その物体を見て、僕はピンときた。

 

「タルト、あれはもしかして」

「はい。魔素の塊です。初めて見る魔素なので、詳細は不明ですけど……」

「どうかしたの? タルト」

「通常、魔素は魔石に含まれるものですし、あのような場所に落ちているはずはないのです」

 

 それなのに何個もあるという。

 僕は指揮をエクレアさんに任せて、戦いを観察することにした。

 すると、幾つか分かってきたことがある。

 敵は死ぬと霧散して消えるのだが、その後にたまが落ちていることがあるのだ。

 また敵のステータスが高いほど、珠は出現しやすい。

 

「確か敵は魔素を摂取して、進化してる可能性があるんだよね。だとしたらこの珠は、その魔素の塊じゃないか? これを魔人も摂取すれば、レベルアップができるかもしれない。タルトはどう思う?」

 

 僕は七色に輝く珠を、右手の指でつまんで観察しながら尋ねた。

 

「すみません。私には分からないですが、摂取しても害はないのでしょうか?」

 

 確かに彼女の言う通りだ。

 人間だって異なる血液型を輸血したら、死ぬ場合があるもんな。

 既に魔素のある魔人が、異なる魔素を取り込めば、拒絶反応が起きてもおかしくはない。

 不用意に飲ませるのは危険すぎる。

 もしかしたら大きな戦力アップに繋がるかもしれないのに……諦めるしかないのか?

 

「あの、私で良ければ摂取しますけど」

 

 あまりにも僕が未練がましく珠を見つめていたので、タルトが察したようだ。

 

「これを魔人が摂取すれば、下手すると死ぬかもしれないんだよ。もっと自分を大切にしてくれ。君を失うわけにはいかないんだから」

 

 タルトがまた無茶しそうだったので、僕は彼女の肩を掴んで言い聞かせた。

 

「は、はい。すみません」

 

 何故か頬を赤く染め嬉しそうに謝る、チャイナ風メイド服の少女。

 かと言って、エクレアさん、フラム、ビスコッティは、貴重な戦力だから戦線を離脱させるわけにはいかない。

 ムースさんがいなければ、回復ができなくなってしまう。

 何より個人的に、憧れのお姉様を危険な目に合わせたくないのだ。

 ジェラートとキャンディの姉妹は、どちらかが欠けても出撃ができなくなる。

 くそっ!

 誰一人失うわけにはいかない……あっ!

 そういえば戦力外の魔人が一名いたな。

 

「モアイ。何故、妾を凝視しておる? まさか妾に、その毒を飲めというのではなかろうな。妾は魔王の娘、魔族の姫じゃぞ。一国の姫に毒見をさせるつもりか!?」

「い、いえ、まさか、そんな……」

 

 さすがに10歳くらいの女の子に、毒見をさせるのは気が引ける。

 

「まずは僕が摂取してみます。人族でもステータスに変化が現れるかもしれないので」

「駄目です。百合様こそ、自分を大切にして下さい。人族だからって安全という保障はないのですから」

 

 珠を持っている僕の右手を、タルトは両手で掴んで引き留めた。

 

「でも誰かが試さないとならないんだ。ウェーブに対抗するには、このままでは戦力が圧倒的に足りないからね」

「だからって、何も百合様がやらなくても」

「誰一人、魔人を戦線から離脱させるわけには、いかないんだよ。だから僕が──」

「でしたら私が」

「いや、僕が」

「いえ、私が」

「僕が」「私が」

「わかった、わかった。妾が飲めばいいのじゃろ」

 

 姫様が手を上げて言った。

 反射的に、”どうぞどうぞ”と口を衝いて出そうになったのを堪える僕。

 

「それはいけません。姫様にもしものことがあったら──」

 

 そう訴えるタルトの手に、そっと姫様は手を添えると、

 

「それでウェーブに対抗できるのなら、妾がやるべきじゃ。なにせ妾は戦力外じゃからの。そうじゃろ、モアイ」

 

 げっ!?

 僕の心を読まれた?

 さりげなく姫様は、僕の腕にも触れている。

 慌てて彼女の手を払おうとしたら、勢い余って珠が手から零れた。

 放物線を描いて落下した珠は……ホールインワン。

 んぐっ。

 げほっ、げほっ。

 

「な、何をするのじゃ。飲み込んでしまったではないか!!」

「姫様がアホみたいに、口を開けてるからでしょ」

「あ、アホとは何じゃ! 妾は魔王の娘、一国の姫じゃぞ!!」

 

 バン、バン、バン。

 

「姫様、早く吐き出してください」

 

 タルトは姫様の背中を何度も力強く叩いた。

 

「や、止めい。痛いではないか。一度飲み込んだもの吐き出すなんて、できるわけなかろ」

「できますよ。家畜の牛は、反芻といって一度飲み込んだ食べ物を口の中に戻すんです。それに人間ポンプといって、飲み込んだ金魚を口から戻す芸だって、あるのですから」

 

 僕が教えてあげると、姫様は泣きそうな顔で、

 

「妾は家畜でもないし、そんな芸など持ち合わせておらぬわ」

 

 するとムースさんは、不安を払拭するような女神の微笑みで、

 

「大丈夫よ、シャルちゃん。もしもの時は治癒してあげるから」

「そ、そうじゃった。ムースは死にかけたモアイを、蘇らせたのじゃからな」

「死んだ人を蘇らせるのは無理ですけどね。それに怪我と違って、毒の場合は自信ないけど、きっと何とかなるわ」

「自信……ないのか?」

 

 姫様は悲しげに呟いた。

 

「そうだぞ、チビ姫。どうせウェーブが来れば、みんな死ぬのだから、少し早まっただけじゃないか。みんな直ぐに行くから、先に行って待ってろ」

 

 クックと笑いながらフラムは言った。

 

「慰めになっとらんわ! それに、もしみんなが生き残ったら、妾だけ無駄死にではないか」

「その時は名誉の戦死ってことにしといてやるよ。アホ面で毒を誤飲したことは、黙っててやるから安心しろ」

「そういう問題ではない!!」

「そんだけ元気なら、大丈夫だって」

 

 フラムはあまり深刻に考えていないようで、せいぜい腹を壊す程度にしか、とらえてないような口ぶりである。

 

「むむむっ。すごく腹が──」

 

 姫様は俯き体を震わせながら呟いた。

 

「大丈夫ですか、姫様。生命力は……」

 

 僕は彼女のステータスを確認したのだが、

 

「なんか上がってますけど。ステータスも全体的に増えてますし。えっと……腹の調子が悪いのでは?」

「違う。フラムの態度がムカついて、すごく腹が立つと言いたかったのじゃ!!」

 

 どうやら問題なさそうである。

 心配して損した。

 っていうかレベルアップしてるじゃん!

 その後、人族に協力してもらい、エリア中の七色珠を回収してもらった。

 それを魔族、人族、エルフ、ドワーフの戦闘員に摂取してもらうと、姫様と同じ結果になった。

 無害でステータスをアップさせるスペシャルな魔素。

 但し、上昇量は少なくて、数にも限りがあるので、無闇やたらに摂取させるわけにはいかない。

 誰をどれだけレベルアップさせるかのバランス調整が、戦いを大きく左右することになるから。

 配分は慎重に行わなければならないのだ。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「エクレアさん。明日は僕が指揮官を務めますね。ムースさんを出撃させたいので」

 

 夕食を済ませ風呂場に向かう彼女を呼び止めて言った。

 ムースさんを出撃させれば、彼女の寿命が削られてしまう。

 出来れば避けたいのだが、そんなこと言ってられる状況ではない。

 僕の経験値も上げて、味方の能力を使いこなせるようになる必要がある。

 どんなに強力な味方が揃っていても、結局は指揮官の采配次第なのだ。

 

「ムースを攻撃参加させるのですか?」

「いえ、ヒーリングです。だってムースさんに攻撃能力は、ないですよね?」

「ムースから何も聞いていないのですか?」

「え!? 何かあるのですか?」

 

 エクレアさんは複雑な表情で暫く考えたあと、

 

「此処ではマズイので、風呂の後に某の部屋へ来てください」

 

 僕の耳元で囁くと、彼女は食堂から出て行った。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 魔人たちが風呂から出て、みんなが自室に入るのを確認してから、僕はエクレアさんの部屋を訪れた。

 室内に通された僕は、テーブルを挟んで彼女と向き合って座った。

 風呂上りのいい匂いを漂わせた年上の女性を前にして、緊張ぎみの僕。

 

「ムースには裏の顔があって、某たちは陰でブラックムースと呼んでいます」

「ブラックムース?」

「百合殿もご存じのとおり、彼女は一定範囲内にいる味方の生命力を、回復する能力があります。それとは逆にブラックムースは、範囲内のあらゆる生き物から、生命力を奪うのです」

 

 スリップダメージを与えるってことか?

 

「凄いじゃないですか。何でムースさんは黙っていたんだろう?」

「あらゆる生き物が対象だからです。過去に一度、フラムがムースを怒らせて能力を暴走させたことがあり、某たちは死に掛けました。あの恐ろしい出来事は、魔族最強の魔王様でさえトラウマになっています。それ以来ムースは、禁断の能力として封印したのです。百合殿も決してムースを怒らせないように、気を付けてください」

 

 いつも微笑んでいる女神のようなムースさんからは、想像もつかない話だ。

 どんな酷いことをしても、笑って許してくれそうな彼女に対して、フラムは一体何をしたのだろう。

 とても気になるんだけど。

 そういえば以前、ヒーリングを拒んだフラムに、ムースさんが怒りそうになったことがあったな。

 あの時みんなの挙動がおかしかったのは、そのせいだったのか。

 使い方を誤れば味方の命を奪いかねない、もろ刃の剣。

 特に防御力と生命力の低い人族は、あっという間に骸となってしまうので、くれぐれも注意してくださいと、エクレアさんは忠告してくれた。

 もしムースさんが出撃中に、何かのきかっかけでブラックムースになってしまったら最悪だ。

 彼女の周囲にいる人族の命が奪われてしまうし、ムースさんを撤退させれば、僕が最初に命果てることになる。

 人族は戦闘服とジャスミンの”聖なる加護”で出撃可能になった貴重な戦力。

 失うわけには……あれ?

 これってムースさんにも加護を与えることができたら、問題解決じゃね?

 試してみる価値は充分にあるな。

 

「エクレアさん、アドバイス有難うございます。とても役立ちました。これからもよろしくお願いします」

 

 僕は両手で彼女の手を握り締め、頭を垂れて謝意を表した。

 

「い、いや。これくらいのこと……」

「それじゃ失礼しますね」

 

 僕は扉を少し開けて、隙間から外の様子を窺った。

 よし。姫様はいないようだな。

 

「何をしてるのですか? 百合殿」

「いえ、何でもないです。それじゃ」

 

 僕は部屋を出ると、風呂場に向かった。

 直ぐにでもムースさんのところへ行って話したいけど、姫様に誤解されると面倒なので、明日面談することにした。

 

 ──ウェーブの到達まで、残り7日。

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