第21話 ドワーフ
姫様を抱きしめたのは初めてだし、他に金髪の女の子は知らない。
きっとココアを抱きしめた時の記憶が、デジャブを感じさせたのだろう。
そんなことを考えていたら──
「侵入者あり! ドワーフが敵に追われてる」
キャンディの警告と同時に、スクリーンにエリアが映し出された。
「ドワーフじゃと!? あれはバジルではないか。エクレア、救出じゃ!」
僕に縋り付いて泣きじゃくっていた姫様が、振り返って叫んだ。
姫様の命に従い、すぐさまエクレアさんは、フラムとビスコッティを出撃させた。
1人の女の子を先頭に、それを囲むように3名の男性、少しはなれて
彼らは多くのゴブリンに追われていた。
殿の大男は、敵襲に大きな斧で応戦するも、かなりダメージを受けている模様。
全ての追っ手を仕留めることができず、すり抜けた敵が前を行くドワーフたちに迫る。
敵が女の子に襲い掛かった瞬間、フラムとビスコッティが加勢して、それらを討ち取った。
つづいて大男に群がる敵を一掃すると二人は撤退、キャンディがドワーフたちを連れてきた。
「シャルル……無事だったか」
大男はドタドタと姫様に駆け寄ると、彼女を抱きあげて頬ずりした。
「よ、よせ! ヒゲが痛いし、汗臭いのじゃ」
「おお、済まん。何せ、ドワーフ国から逃れて5日。風呂どころじゃなかったからな。それにしても随分と変わった身なりをしてるな。すぐにはシャルルとは気づかなかったぞ」
「これは戦闘服といって防具になる優れモノじゃ。お主たちにも誂えさせよう」
大男は注意されたにも拘わらず、今度は姫様のモチモチとした頬に、ぶちゅーっと吸い付いた。
「やめろと言っとるじゃろ」
姫様は迷惑そうに、大男の顔を突き放そうとする。
「いい加減にしてください。父上。綺麗好きなシャルロット様が、嫌がってるじゃないですか。唯でさえ父上は加齢臭がするのに」
ドワーフの女の子は、大男に槍を突きつけて言った。
「そ、そうか……。シャルルが無事で、つい嬉しくてな。済まなかった」
そう言って姫様を降ろすと、少し悲しげな表情で、自身の臭いを嗅ぐ大男。
見てくれは豪傑でも、娘にそんなこと言われると、やはり気になるらしい。
「妾も嬉しいぞ。お主たちが無事での」
姫様は、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
そんな彼らの不思議な関係が気になった僕は、
「ずいぶんと親しげですけど」
姫様の耳元でそっと尋ねた。
「なんじゃ。焼き餅か?」
「ち、違いますよ。ただ、本当の親子みたいに仲がいいから」
「はぁ? どこがじゃ? こんな厳つい男から、妾のような超絶可愛い娘が、生まれるわけないじゃろ」
「でも、あの可愛い子は、大男の娘なんですよね」
僕はドワーフの女の子を指し示す。
「うむ。そう言われてみれば、そうじゃの。バジルよ、フリージアは本当にお主の子か?」
「は!? どこからどう見ても、ワシの子でしょうが」
くんくんと自身の脇を嗅いでいたバジルは、いきなり突拍子もないことを聞かれて、困惑ぎみに返した。
「どこから見ても、そう見えぬわ。お主とは似ても似つかない、可愛い顔をしておる。月とスッポンとは、このことじゃ」
「そんな身も蓋もないこと言って、ワシを揶揄わないでくれ。シャルルよ」
「ふっ。冗談じゃ。紛うことなきフリージアは、バジルの子じゃ。豪気な性格が、そっくりじゃからの」
姫様の言葉にフリージアと呼ばれた少女は頬を膨らませ、
「シャルロット様。父上と性格が似てるなんて、あまりにも酷過ぎます」
娘に性格を全否定された大男は、涙目になっている。
年ごろの娘を持つ父親に、僕はちょっぴり同情した。
「だけど何でそんなことを聞いたのだ? シャルル」
「妾と
「焼いてません!」
僕は間髪を容れず否定した。
するとバジルという男は、僕を品定めするような目で見た後ニヤリとして、
「紹介が遅れたが、ワシはドワーフの王・バジルだ。シャルルはワシの許嫁だから、手を出したらタダでは済まさぬぞ」
ドワーフの王は厳つい顔を突き出し、僕を睨みつけて凄んでみせた。
許嫁だって!?
姫様が焼き餅なんて言うから、僕を揶揄ってきたようだ。
「はい、はい。間違っても手は出しませんから、どうぞご安心を」
僕が呆れたように返事すると、姫様は不満げに、
「何じゃ、その言い方は!? もしや信じてないのか。本当じゃぞ。妾とバジルは許嫁じゃからな」
二人して僕を揶揄ってきたのかと思ったけど、姫様が嘘をついてるようには見えない。
「もしかして政略結婚ってやつ⁉ 魔王の命令で姫様は、無理やり許嫁にさせられたの?」
大方ドワーフの王が、魔族と協力関係になる見返りに、姫様を寄越せと要求したのだろう。
姫様と同じくらいの娘がいるのに、何てエロ親父だ。
「それは違うぞ。バジルがどうしても妾と一緒になりたいと、泣きながら駄々をこねたのじゃ。じゃから仕方なく受け入れたのじゃよ」
へ!?
いい親父が、泣きながら駄々をこねた?
っていうか問題はそこよりも、あっさりと承諾する姫様の方だろ。
「そうは言っても、妾とバジルが
姫様は少し寂しげに、そう付け加えた。
「それは、どうしてですか?」
「魔人はドワーフよりも10倍長生きする。バジルと一緒になるのは、妾が大人になってからという約束じゃからの」
つまり、その頃にはドワーフ王の寿命が尽きている?
「妾はバジルが産まれてからずっと面倒を見てきた。幼い頃は玉のように可愛くての。弟が欲しかった妾は、キャンディの転移魔法で、毎日バジルに会いに行ったものじゃ。本当の姉弟のように、遊ぶのも、風呂に入るのも、昼寝もいつも一緒じゃったの」
姫様は昔を懐かしむように語った。
「ある時バジルが、大きくなったら妾を娶ると言い出しての。弟のように思っておったから断ったのじゃが、そしたら激しく泣き叫んで収拾がつかなくなったのじゃ。それで求婚を受け入れたのじゃが、まさかこんな厳つい親父になるとは思いもしなかったわい。あのまま年を取らず可愛いままでおれば、妾と一緒になれたものを」
「そんな無茶言われても。これでもドワーフの中じゃ、ワシは一番のイケメンなのだが」
「レベルが低すぎじゃ! 特にエルフを見た後じゃから、尚更じゃわい」
しょんぼりとする、厳つい大男。
実の娘と許嫁、10歳くらいの少女二人から、散々な言われようのドワーフ王が、哀れになってきた。
「それでも妾にとってバジルは、今でも実の弟のようなものじゃからの。どんなに厳つくなっても、どんなに年老いても、掛け替えのない弟じゃ。それだけは永遠に変わらぬ」
なんだかんだ言っても姫様は、ドワーフ王のことを大切に思っていて、婚約も決してやぶさかでなかったようだ。
なんか二人の関係を知ったら、切なくなってきた。
でも──
「そんな話を、フリージアちゃんのいる前で、していいんですか?」
自分と同い年の幼い女の子が、父親の許嫁だなんて聞かされたらショックなはず。
シュッ!
「ひっ!?」
いきなりドワーフ王の娘が、僕の喉元に槍を突きつけた。
「ドワーフ王女であるワタシが、一介の人族風情に、”ちゃん”呼ばわりされる筋合いはない。ぶをわきまえろ!」
「す、すみません。決して見下したわけじゃなくて、ちっこくて可愛らしいので、つい……」
小さくても王女、もっと恭しく接するべきだったのか?
「それが見下しているというのだ。アタシは生を享けて19年、貴様よりずっと長く生きている。小さいからって年下扱いするな」
「え!? マジで?」
「フリージアよ。
「シャルロット様の懐刀……そうとは知らず失礼しました。こちらこそお許しください」
ドワーフの王女は槍を引っ込め、頭を垂れて謝罪した。
姫様の話では、ドワーフは人族よりも小柄なのが普通で、バジル王は特別なのだそうだ。
フリージア姫は姫様より少し高くて135cmくらい。
何故か彼女に違和感を覚えていたのだが、19歳と聞いて得心した。
姫様の幼児体形とは違い、出るところは出て適度に筋肉がついた体をしている。
その身長に見合わない大人の体型が、しっくりこなかったのだ。
ドワーフは皆兜を被り、男性は太い眉で立派な髭を生やしている。
バジル王の身の丈は180cmほどあり、筋骨隆々な体をしているが、他の男3人はフリージア姫より10cmほど高くて、ずんぐりむっくりとしている。
ドワーフたちがムースさんの治癒を受けている間、バジル王がこれまでの経緯について話してくれた。
敵の大群が襲来し、抗えないと判断したバジル王は、妻子と臣下を引き連れて、魔王城を目指したのだという。
だけど姫様が御殿にいるという情報を得ていたので、途中で妻子と別れ単独で
その時一人娘のフリージア姫が、どうしても同行するというので、3名の護衛と共にやってきたのだそうだ。
最愛の妻を魔王城に向かわせて、御殿にやって来たのだ。
それだけバジル王にとって姫様が、大切な存在なのだろう。
彼らが身に纏っているのは、アーマージロという動物の硬い皮を加工した防具だという。
それなりに強度があってダメージを防げるらしいが、重くて硬いので動きにくそうだし、あまり洗わないのでかなり臭うのだ。
少なくともこの5日間は、ずっと身に付けていたのだろうから尚更である。
ドワーフたちが風呂に入ってる間、タルトに彼らの戦闘服を誂えてもらった。
元の服を模したものだが、それを持って僕は脱衣所に向かった。
戦闘服に袖を通したドワーフたちは、体を動かして着ぐあいを確かめている。
「着心地はどうですか? 何か問題があれば改善しますけど」
「軽くて何も身に付けていないみたいだ。とても動きやすいけど、こんな薄っぺらいので戦っても、大丈夫なのか?」
バジル王は怪訝そうな表情で尋ねた。
「はい。魔法耐性もありますし、元の防具より性能は数倍アップしていますよ」
「それは真か?」
信じられんといった表情で、バジル王は呟いた。
ドワーフは武具を製作する技能に長けている。
彼らが纏っていた防具は、長年培ってきた技術を注ぎ込み、時間をかけて作り上げた自慢の逸品。
その性能をはるかに凌駕する防具を、彼らが入浴してる間に、全員分作り上げてしまったのだ。
ドワーフたちが複雑な表情をするのも無理はない。
彼らを連れてリビングに戻ると、姫様はバジル王を見て、
「うむ。大分さっぱりしたの」
「そうだろ。ますます男前になったワシに、惚れ直したのではないか」
「はぁ? どこに男前がおると言うのじゃ? そもそも惚れておらんしの」
姫様は、わざとらしく探すようにあちこちを見回す。
「シャルルの目は節穴のようだな。目の前にいるではないか。こんないい男が──」
コンコン。
「失礼します」
扉をノックして、エルフの一行が入ってきた。
「おお、真じゃ。いい男がおったぞ!」
いきなり大声で姫様に指をさされたルドベキアさんは、ビクリとして固まった。
「バジルよ、ああいうのを男前というのじゃ。今は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしておるが、それでもお主とは月とスッポンじゃ」
「そんな露骨に言わなくても。ワシだって好きでこの顔に、生まれてきたわけじゃないのだ」
バジル王は床に、のの字を書きながら呟いた。
「なにイジケておるのじゃ。お主の顔が嫌いだと言っておるのではない。好みは人それぞれじゃからの」
そう言ってバジル王の肩に手を置いた姫様は、巨体を登ってまたがった。
「そ、そうだよな。男前でなくても、シャルルの好きな顔の方がいいからな」
「別に好きとは言っておらぬぞ」
バジル王は嬉しそうに、姫様を肩車したまま立ち上がった。
「やはり此処からの眺めはいいの」
「シャルロット様は、本当に父上の肩車がお好きですね」
「うむ。此処は妾の特等席じゃからの。フリージアが産まれてから10年間は、お主のものじゃったけどな。もう肩車はしてもらわぬのか?」
「ワタシは19になるんですよ。もう、そんな歳ではありません」
「じゃが、身の丈は妾とさほど変わらぬではないか。むさ苦しいところじゃが、遠慮せずにやってもらえばいいのじゃ」
「むさ苦しいは余計だぞ。シャルル」
すかさずツッコむバジル王。
「別に遠慮なんて、してませんから」
「そうか。じゃが、出来るうちに親孝行はしておいた方が、いいと思うのじゃがな」
「えっ⁉ ……そ、そうですね。シャルロット様がそこまで言うのであれば、仕方ないですね。でも恥ずかしいので、誰もいない時にしてもらいます」
いつ死ぬか分からない状況だからこそ、今のうちに甘えておけと、姫様は言いたかったのだろう。
その意味を汲み取ったように、優しい表情でフリージア姫は言った。
「あの……シャルロット姫、よろしいでしょうか?」
ルドベキアさんが、頃合いを見ていたかのように尋ねた。
エルフたちはずっと扉のところで待っていたらしい。
「おお、そうじゃった。何か用でもあったのか?」
「ドワーフ王がいらっしゃったと聞きましたので、ご挨拶に伺ったのです」
「それは済まなかった。また、お前たちに逢えて嬉しいぞ。ジャスミンは、益々可愛くなったな」
バジル王は姫様を肩車したまま言った。
「ありがとうございます、バジル王。わたくしもお逢いできて嬉しく存じます」
もともとエルフとドワーフは、仲が悪かったらしい。
それを魔王が取り持って、今ではとても仲が良いのだと、姫様が自慢げに教えてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それは入浴を終え、僕が寝室に戻った後のことだった。
「止めてください。父上。恥ずかしいです」
「いいではないか」
ドワーフ親子の声が聞こえてきた。
廊下に出てみると、フリージア姫を肩車したバジル王が、嬉しそうに闊歩していた。
みんな何事かと寝室から顔を出している。
「皆さん、見ないで下さい。部屋に戻って下さい」
真っ赤にした顔を両手で覆いながら、フリージア姫は叫んだ。
──ウェーブの到達まで、残り8日。
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