第20話 人族の訓練

「ロゼットっ!」

「きゃっ!」

 

 気が付くと、僕はベッドでロゼットを抱きしめていた。

 

「ロゼット……何してるの?」

「はい⁉ えっと、あの、朝食の準備ができたので起こしにきたら、いきなりモアイさんが私を……」

 

 彼女は困惑した様子で返した。

 

「あ、そう……だったんだ。ごめん」

 

 数日ぶりに、酷い夢をみた。

 ココアが、姫様が、タルトが、ムースさんが、ロゼットが……次々と大切な人が、敵に殺されていく夢。

 僕は彼女たちを救おうと、必死に手を伸ばしたが、助けられなかった。

 やっとロゼットに手が届いたと思った瞬間、目が覚めたのである。

 

「モアイさん、大丈夫ですか? うなされてましたし、顔色が優れないですけど」

「あ、うん。大丈夫」

 

 スマホで自分の顔を映してみると、確かに顔色が悪く、目の下のクマが酷い。

 夕べもあまり眠れなかったせいか、少し眩暈がする。

 だけどウェーブが到達するまで、今日を含めて後9日。

 体調が悪いなんて言ってられないのだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 今日から人族の男性6人には、弓矢の訓練をしてもらう。

 タルトに発注した弓矢と的は半分しか揃わなかったので、暫くは交替で練習してもらうことになる。

 彼らの指導は弓名人の兄弟に任せ、僕はエルフと面談をすることにした。

 まずはエルフの王女ジャスミンを食堂に呼んで、1対1で聞き取りをするはずが……。

 

「えっと……君の順番は最後なんだけど」

 

 テーブルを挟んで僕の正面の席に陣取るペンタス。

 彼は腕を組み、僕を睨み付けながら、

 

「シャルロット姫から聞いたぞ。お前は、女たらしなんだってな。そんな奴とジャスミン王女を、二人きりにするわけにはいかない」

 

 うん。

 これは後で姫様に、個別指導する必要がありそうだな。

 

「ペンタス、下がりなさい。わたくしは覚悟ができています。皆を救えるのなら、どのようなことをされても耐えるつもりです」

 

 おいおい。

 マジな表情で言わないでほしいんだけど。

 

「ねぇ君たち。僕を女たらし前提で、話すのは止めてくれないか。何を言われたか知らないけど、誤解だからね」

「昨夜、寝る前にシャルちゃんから言われたのです。百合さんは、夜な夜なフラムさんやエクレアさんの部屋に入り浸っていると。だから寝る前に必ず鍵をして、百合さんが来ても決して扉をあけるなと、忠告されました」

 

 さっき姫様に指導すると言ったけど、説教に訂正。

 

「だから誤解なんだって。二人の部屋に行ったのは確かだけど、それは相談のためだから。っていうか、ペンタスキミには、人族に弓矢を教えるように指示したよね」

「ふん。オレは兄貴とは違って、お前のような色魔に従うつもりはない!」

 

 銀髪の少年は、僕に向かってビシッと指を突きつけて言い放った。

 寝不足のせいか、だんだん腹が立ってきたんだけど。

 

「ペンタス、口を慎みなさい。いくら本当のことでも、失礼ですよ。曲がりなりにも百合さんは、シャルちゃんの懐刀なのですから、我慢して従いなさい。これはわたくしの命令です」

「でも……わかりました。ジャスミン王女」

 

 ジャスミンも姫様と一緒に、説教部屋送り決定だな。

 不承不承といった様子で、部屋を出て行くペンタス。

 彼は出口のところで振り向いて、弓を射る仕草をすると、

 

「ちょっとでもジャスミン王女に触れたら、お前の心臓を射貫くからな」

 

 と、捨て台詞を吐いて去った。

 あれは、本気の目だな。

 マジでジャスミンに、惚れている男の目だ。

 僕の前の席に、座り直すエルフの少女。

 魔族の姫様とは違い、ジャスミンは王女たる気品と神聖さがある。

 清楚で可憐、そしてどこか儚げな女の子。

 ペンタスがご執心なのもわかる気がする。

 

 彼女には、”聖なる加護”という能力があるという。

 それは加護を与えられた者は、邪悪な存在にしかダメージを、与えられなくなるというもの。

 つまり、誤って味方を攻撃しても、大丈夫ってことらしい。

 なんて素晴らしい能力なのだろう。

 ちなみにエルフは全員、この加護を与えられているという。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 続いて侍女のカトレアさんと面談。

 部屋に入ってきた彼女は、席に着くなり、

 

「念のため確認しますが、ジャスミン様に何もしませんでしたよね」

「はい? 何のことですか」

「シャルロット様から、百合様は女性に手が早いと、伺っておりますので」

 

 どうやら姫様は、エルフのみんなに吹聴してくれたらしい。

 勘弁してくれ。

 

「何もしてません。姫様の誤解なので、鵜呑みにしないでください」

 

 僕はうんざりした口調で返した。

 

「それならばいいのですが、ジャスミン様は多くのエルフ仲間を殺されたことに加え、御家族の安否が不明なので、深く心を痛めておられるのです。健気に王女たらんとして気丈に振る舞っていますが、幼い心は限界に達しているはず」

 

 だからジャスミンは、とても儚げに見えたのか。

 昨日、姫様に縋って泣きじゃくったのが、本当の姿なのだろう。

 カトレアさんが心からジャスミンを思いやり、心配しているのが伝わってきた。

 エルフの王女も、素晴らしい臣下に恵まれているようだ。

 

「なので百合様、これ以上ジャスミン様に負担をかけぬよう、もう邪な目で見るのは止めて下さい」

 

 見てねーし!!

 だから誤解だってーの!!

 褒めて損した。

 

 肝心の能力については、風魔法が扱えるという。

 自身の周囲に風をおこして、範囲内にいる敵の移動速度と攻撃力を下げる、デバフ効果があるらしい。

 活用次第では、かなりの活躍が期待できる。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 次は、護衛隊長のルドベキアさん。

 

「ルドベキアさん、先に断っておきますが、僕はジャスミン王女に何もしてませんから。姫様の戯言を真に受けないでください。僕は女たらしではないです」

「えっと……言ってる意味が分からないんだけど、何かあったのかい?」

「あれ? 姫様に言われませんでしたか? 僕が女たらしだとか」

「いや、何も聞いてないけど」

 

 しまった。

 とんだ早とちりをしたようだ。

 

「百合殿は、シャルロット姫様に、そう思われているの? だから、あのエクレア氏でさえ君に服従しているのか。よほど百合殿はモテるようだね。羨ましいな」

 

 こんな美形に言われると、究極の嫌味にしか聞こえんのだが。

 ここは話題を変えて誤魔化そう。

 

「すみません。今言ったことは忘れてください。ところで弓矢の訓練は、どうですか?」

人族みんなは、懸命に取り組んでいるよ。まだ中心に当てるのは無理だけど、5本に1本は、的に当てられるようになった。問題があるとすれば、道具が足りてないことかな」

「それは出来次第、お届けします」

 

 彼の能力は、3本の矢を同時に射ることができるというもの。

 人族より攻撃力があるし、的の中心を百発百中で射貫けるという。

 多くの敵に対して、有用な能力だ。

 的の中心を射貫く方が、より大きなダメージを与えられるのだが、人族は的中率が低い。

 これに関しては、鍛錬により確率を上げていくしかないそうだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 最後は、ルドベキアさんの弟・ペンタス。

 

「君の能力を教えて欲しいんだけど」

「単体の敵に3連射で攻撃できる。的中率は100%だ。色魔を仕留めるには、1発で十分だけどな」

 

 彼は僕の心臓を射る仕草をする。

 はい、はい。

 一度で3匹に攻撃する兄とは違い、こちらは一匹に3本の矢で攻撃。

 強敵向きだが、多くの敵に対応するのは苦手。

 兄弟を上手く使い分ける必要があるな。

 

「ありがとう。もう戻っていいよ」

 

 ちょっと小生意気な弟が、ずっと僕を睨んでいるので、さっさと面談を終わらせて、タルトのところに向かった。

 

「道具の製作は、どう?」

「あ、百合様。済みません。もう少しかかります」

「いや、急がなくていいんだけど、出来たものからルドベキアさんに届けようかと……タルト!? タルト!? 大丈夫? タルト!!」

 

 いきなりタルトがフラつき倒れ掛かってきた。

 慌てて彼女を抱き留めて、呼びかけるも反応がない。

 僕は頭が真っ白になり、嫌な汗が噴き出してくる。

 ぐったりとしたメイド服の少女を抱きかかえ、僕はみんなの元へ急いだ。

 

「姫様、タルトが!!」

 

 そう叫びながら、僕はリビングに飛び込んだ。

 

「どうしたのじゃ!?」

「いきなり意識を失って、どうしよう!」

 

 僕は息を切らせながら説明した。

 

「魔力を使い果たしたようね。わたくしに任せてちょうだい」

 

 そう言って両手を差し出すムースさんに、僕はタルトを預けた。

 

「タルトは大丈夫なんですか?」

「ええ。ちょっと頑張り過ぎたようね。心配はいらないわ。この娘はわたくしに遠慮して、いつもヒーリングを拒んでたの。これまでは自然回復で、何とかなってたようだけど」

 

 そっか。

 よかった。

 大丈夫なんだ……あれ!?

 なんか視界が暗くなって、フラついてきたんだけど……。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 気が付くと、僕は自室のベッドで寝ていた。

 あれは夢だったのか?

 スマホで時間を確認すると、午後3時を過ぎていた。

 ということは夢じゃなかったのか。

 エルフの面談が終わったのは、午前10時くらいだったかったから……あれから5時間も経ったことになる?

 とりあえず起きて、リビングに向かった。

 室内に入ると姫様が僕に気付き、

 

「目覚めたか。気分はどうじゃ?」

「大丈夫です。だけどなんで僕は、寝ていたんですか?」

「お主は意識を失ったタルトを抱きかかえて、此処に飛び込んできたのじゃ。タルトが大丈夫だと分かったとたん、安心したのか今度はお主が倒れてしまったのじゃよ」

「そうだったんですか」

「それにしても、あの時のお主は笑えるくらい狼狽えておったの。お主の方がタルトよりも、ずっと顔が青ざめておったぞ」

 

 姫様は意地悪げに、ニヤリとした。

 

「笑いごとじゃないです。本当に気が気でなかったんですからね」

「そんなにタルトが心配じゃったのか?」

「もちろんですよ」

「妾よりもか?」

 

 当然です!

 タルトの能力がなかったら、人族やビスコッティ、ムースさんなどの戦力は、得られなかったのですから。

 誰よりも戦力アップに貢献してるのは彼女で、これからも必要不可欠な存在です。

 何の役にも立たない姫様とは違うんです。

 と、声を大にして言いたいところだけど──

 

「だそうじゃ。タルト、指揮官が笑えるほど心配するから、二度と無理せぬようにの」

「は、はい。済みませんでした」

 

 声がした方に振り向くと、食堂側の扉付近で、タルトが頭を下げていた。

 彼女の存在に、全く気付かなかった。

 

「タルト。もう大丈夫なの?」

「はい。ご心配おかけしました。では夕食の支度があるので失礼します」

 

 チャイナ風メイド服の少女は、そそくさと厨房へ向かった。

 本当に大丈夫かな?

 顔が真っ赤だったけど、まだ熱があるのでは?

 

「それにしても、ぐっすり寝たせいか、かなり調子がいいです」

 

 う~んと、両手を挙げて背伸びする僕。

 このところ睡眠不足で、体調がイマイチだったからな。

 

「ムースがお主の治癒をしたからの」

 

 姫様が教えてくれた。

 

「えっ!? そう……なんですか?」

 

 僕がムースさんの方に向き直り尋ねると、

 

「大して能力は使っていないから、気にしなくていいのよ」

 

 優しさに満ちた微笑みで、綺麗なお姉さんは言った。

 気にしますよ!

 だって僕のこと、抱きしめてくれたんですよね。

 それなのに全く覚えないなんて、勿体なさすぎでしょ。

 落胆してその場に頽れる僕。

 だけど、また彼女の寿命を奪ってしまったんだよな。

 もう同じ過ちは、二度と繰り返してはならない。

 

「ご迷惑をおかけして、済みませんでした」

 

 僕は立ち上がって、深々と腰を折った。

 

「仕方のないことだ。指揮官は、かなり心労が溜まるからな。ちょっとした采配ミスで、大切な仲間を死なせてしまうかもしれないのだ。未だに某も、なかなか寝付けなくて困っている」

 

 エクレアさんが庇ってくれたけど、貴方が寝付けないのは、心労じゃなくて魔王の抱き枕が原因ですから。

 

「謝らねばならぬのは、妾の方じゃ。お主やタルトの苦労も知らずに、我がままを言って困らせたの。妾が戦闘服を所望したばかりに──」

 

 姫様が心から後悔しているのが伝わってきた。

 

「止めてください。僕の苦労なんて、姫様に比べたら大した事ないですから」

 

 ジャスミンとタイプは違うけど、それでも魔王の娘。

 臣下想いの姫様が、心を痛めないわけがない。

 僕は俯く姫様の頭を優しくなでた。

 誰よりも大切なココアを失った時、僕は死ぬほど辛かった。

 姫様は多くの臣下を失い、僕と同じような苦しみを、これまで幾度となく味わってきたはず。

 あまつさえ次のウェーブで、大切な臣下を全て失うかもしれないのだ。

 そんな恐怖心を押し殺して、ずっと耐えてきたんだよね。

 君は魔王の娘として──

 僕の心を読んだのか、ポロポロと大粒の涙を零す姫様。

 そのあどけない顔をくしゃくしゃにして、堰を切ったように泣き出し、僕に縋りついてきた。

 僕は、金髪の女の子を、そっと抱き締める。

 デジャブ?

 何故だろう。

 以前にも同じようなことが、あったような気がするのだが──

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