第19話 エルフ
翌朝、僕はメイド服の美少女に起こされた。
「おはようございます。モアイさん」
「おはよう。ロゼット」
こんな事態でなければ、夢のようなシチュエーションなのに。
夕べはムースさんの動画を見ながら、幸せな気分で眠りについたのだが、ウェーブが気になって夜中に何度も目を覚ました。
今日も指揮をエクレアさんに任せて、僕は人族の戦闘員化に着手した。
その後タルトに作らせた人族用の戦闘服を着てもらい、防御力の変化を調べた。
全員防御力は上昇したけど、やはり魔族に比べると低い。
検査を終えた人族には、魔石の採取に行ってもらった。
彼らのステータスだと、近接攻撃は難しい。
遠距離攻撃でフラムたちの援護射撃をするのが無難だろう。
そうなると武器は弓矢が妥当か。
海外でネットに繋がるか心配だったので、スマホには色々なアプリを入れておいた。
オフラインの百科事典なども入っているので、ある程度なら弓矢についても調べられる。
それらの情報をタルトに伝えて、試作品の製作を依頼すると、いい感じに仕上げてくれた。
弓道で使うような丸い的も作ってもらい、それらを持って御殿の外に出る。
そして10mほどの距離から的に向けて試射するも、全く届かなかった。
まぁ、弓矢なんて初めてだし。
その後、練習を重ねて、どうにか午後には的に当たるようになった。
とはいえ的中率は2割程度だし、的の端っこばかりなので、まぐれで当たったようなものだ。
実戦では敵が動き回るし、時間をかけて狙うわけにもいかない。
最低でも的の中央に、9割以上の的中率が必要だ。
明日から
だけどもう腕と指が痛くて、的まで矢が届かなくなってきた。
これ以上続けて体を壊しては、元も子もないので、やむを得ず練習を断念。
リビングに戻ると、みんなの様子が変だった。
「姫様、どうかしたのですか?」
「敵に追われてエルフが数名、領地に逃げ込んできたのじゃ。これから救出に向かわせる」
映像には4名のエルフの姿が映しだされていた。
女性が女の子の手を引いて必死に逃げ、それに追従する男性2人。
彼らに襲い掛かるゴブリンたちに、矢がないのか弓で応戦する男たち。
このままではエルフたちが、力尽きるのは時間の問題だ。
エクレアさんの指揮でフラムとビスコッティが出撃、トークンでゴブリンたちを次々と葬っていく。
敵が一掃されると、フラムとビスコッティを撤退させたキャンディは、エルフの元に転移して彼らを連れて戻ってきた。
「ジャスミン」
「シャルちゃん……うわぁーん!」
エルフの少女は、号泣しながら姫様に抱きついた。
「何があったのじゃ?」
姫様の問いかけに、女の子は泣きじゃくるばかり。
すると銀髪の男性エルフが、姫様の前で片膝をついて、
「シャルロット姫様、お助けいただき心より感謝いたします」
「ルドベキア、事情を説明をするのじゃ」
その男によると、敵が大挙して襲来し、エルフの国は滅ぼされてしまったという。
それで彼らは魔人を頼って、逃れてきたのだそうだ。
「敵の規模はどれくらいですか?」
僕が問うと、ルドベキアと呼ばれた男は訝しげに、
「人族が、どうして此処に?」
「此奴は、妾の懐刀で指揮官をしておる、モアイという者じゃ」
敵に兵士として利用される人族は、魔族に仇する存在だった。
事実、御殿でも数日前までは、人族を敵視する魔人がいた。
それはエルフにとっても、同じだったのかもしれない。
だから姫様が僕を懐刀と言うことで、エルフが人族に対して敵意を抱かぬように、配慮したのだろう。
「姫様の懐刀……ですか。わかりました。敵の総数は、2万を下らないでしょう」
それを聞いて
ついにウェーブがやって来る。
それも想定していた3千の敵を、遥かに超えるビッグウェーブが。
「その大軍は、いつ頃此処に到達しますか?」
「敵の進軍は緩やかなので、10日程だと思われる」
絶望的な状況に、そこにいる誰もが言葉を失った。
「とりあえずエルフの皆さんを治癒しましょう」
しばし続いた沈黙を破ったのは、ムースさんだった。
「よろしく頼むのじゃ」
そう言うと姫様は、泣きじゃくるジャスミンという女の子を、ムースさんに預けた。
癒しの女神に抱かれた女の子は、表情が苦悶から安堵へと変わり、やがて心地良さげに眠りについた。
「可哀そうに。よほど辛い思いをしたのじゃろう。エクレア、済まぬがジャスミンを、妾のベッドで寝かせてやってくれ」
「畏まりました。姫様」
エクレアさんはジャスミンを抱きかかえ、姫様の部屋に向かった。
ムースさんは、他のエルフを治癒している。
「
「
僕が問うと、姫様はエルフについて語ってくれた。
ジャスミンはエルフの王女で、姫様と歳が近いこともあり、親友なのだそうだ。
見た目は10歳くらいで、宝石のような瞳に鮮やかなブロンドの髪をしている。
そして魔人よりも尖った耳で、透き通るような白い肌をしているのだが、これはエルフに共通の特徴らしい。
もう一人の女性は、侍女のカトレアという。
20歳くらいで、栗毛の髪を後ろで束ねている。
ルドベキアさんは、王女の護衛隊長で、25歳くらいの美丈夫。
オールバックの銀髪なのだが、髪型によっては女性に見紛うほど、整った顔立ちをしている。
弓矢の名手で、彼の右に出るものはいないらしい。
最後は、ペンタスという16歳くらいの男の子。
ルドベキアさんの弟で、どことなく似ている。
兄譲りで、弓の腕前はなかなかだそうだ。
護衛隊長によると、エルフの王様たちは、敵の足止めをするため国に残ったという。
王様は王女に50名の護衛を付けて、親交のある魔族の国へ向かわせたそうだ。
命からがら御殿に辿り着いたルドベキアは、何とか王女を送り届けたことで安堵したのも束の間、魔族の窮状を知り頭を抱えた。
無理もない。
救いを求めて遥々やってきたのに、御殿の魔人は総勢8名のみ。
彼にしてみれば、寿命が10日間延びたに過ぎないのだ。
「ルドベキアさん。ウェーブに備えてエルフの皆さんに、協力をお願いしたいのですが」
「たった10数名で、2万の敵に立ち向かうつもりか?」
銀髪の青年はおもむろに顔を上げると、こいつは何を言ってんだみたいな目で、僕を睨み付けた。
「はい」
彼は呆れたように肩を竦ませると、
「お断りする。いくらシャルロット姫様の懐刀でも、貴様のような何も分かってない奴に、従うつもりはない」
僕だって無謀なのは、重々承知している。
それでも諦めるわけにはいかないのだ。
ルドベキアさんは、姫様の方に向き直ると、
「何故、魔族随一の指揮官であるエクレア氏ではなく、人族なんかに任せているのですか。理解に苦しみます」
「うむ。話せば長くなるのじゃが──」
「端的に言えば某が、百人束になっても、百合殿には敵わないからですよ」
いつの間にか戻ってきたエクレアさんが、姫様の言葉に続けて言った。
銀髪の美丈夫は、真剣な眼差しで彼女をじっと見つめる。
大抵の女性ならイチコロになりそうだが、全く動じないエクレアさんは流石だ。
僕が女だったら、完全に落ちていただろう。
「ふっ。どうやら嘘はついてないようですね。貴女にそこまで言わせる彼は、よほどの実力者で信頼もある人物のようだ。ならば我らも、百合殿に命を預けましょう。何なりと仰せつけください」
彼は先ほどの非礼を詫びるとばかりに、僕の前で片膝をつき頭を垂れた。
どうやらエクレアさんって、エルフの護衛隊長からも一目置かれる存在らしい。
そうとは知らず、僕は彼女に暴言を吐いて、虚仮にしたことがある。
ただの魔王教の変態教祖ではなかったようだ。
「では、早速で申し訳ないのですが──」
弓矢の名手という彼に、技術指導を依頼。
エルフは弓矢を自作するというので、製作から携わってもらった。
彼らの長年培われた技を注ぎ込み、タルトの能力で作られた弓矢は、素晴らしい得物に仕上がった。
早速、御殿の外に出て、ルドベキアさんの指導のもと試射する。
ヒュン!
矢は的に向かって一直線に飛んだ。
その音が、軌道が、威力が、何もかもが、さっきまでとは別次元。
まるでエアアーチェリーのごとく、弓の重さも矢を射る負担も殆ど感じられない。
これが上級者の扱う競技用の弓矢だとしたら、僕が作らせた物は吸盤で的にくっつくオモチャだ。
腕と指を痛めた半日の努力が徒労に終わり、タルトにはオモチャを作らせ無駄に魔力を費やせてしまった。
そして弓矢を知り尽くした達人は、指導力も素晴らしかった。
この分なら人族が弓矢を習得するのに、そんなに時間は掛からないだろう。
一刻も早く人族に弓矢を教えてほしいところだが、道具も足りないし、エルフの疲れも考慮して、明日から指導してもらうことにした。
──ウェーブの到達まで、残り9日。
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