第18話 戦闘服

 翌日、人族には引き続き魔石の採集をしてもらい、タルトにはビスコッティの防具である戦闘服の試作品を、製作してもらった。

 アニメ『魔法少女アリス』の登場キャラクターから、ビスコッティに似合いそうなものを、僕の独断と偏見で選んだ。

 全体的にハロウィンの仮装っぽい感じで、大き目の魔女帽子を被り、かぼちゃパンツを履いたもの。

 上着は、所々フリルが施されて、アメのようなリボンが飾られている。

 袖がかぼちゃのように膨らんだ可愛らしい服装だ。

 それを食堂で試着したビスコッティが、リビングに現れると、

 

「おお。タルトのメイド服とやらもいいが、これも素晴らしいの。早速、妾の戦闘服とやらも作るのじゃ」

 

 いつもの様に姫様が食い付いた。

 

「姫様の戦闘服を作るつもりはないです。少なくとも人族のぶんが終わるまではね」

「なっ、妾は人族の後じゃと!?」

 

 あからさまに不満げな表情をする姫様。

 

「戦闘服は戦士用の防具です。出撃しない姫様には必要ないでしょ」

「ならば妾も出撃するから、直ぐに仕立てるのじゃ」

「我がまま言わないでください。みんなの命を守る為なんですから」

「むむっ。そのように言えば、妾が引き下がると思って──」

 

 ──いますよ。

 だって姫様は、臣下の命を何よりも大切にしているのを、僕は知っていますからね。

 悔し涙を目に浮かべながら、姫様は席に戻った。

 

「ビスコッティ、着心地はどう?」

「なんか変な感じがするけど、そのうち慣れると思う」

 

 今までパレオみたいな布を纏ってただけだから、違和感があるのは仕方がない。

 防御力がアップしたので、これなら出撃しても大丈夫そうだ。

 タルトには、他の魔族(エクレアさん・ムースさん・フラム)の戦闘服の製作に、取り掛かってもらった。

 ウェーブが来る前に、ビスコッティの能力をテストして、慣れておかなければならない。

 彼女を出撃させた後、侵入した敵との間に岩壁のトークンを配置。

 岩壁は敵を何匹でも足止めできたが、攻撃を受けて耐久力が0になると、壊れてしまう。

 そうなる前に、尖り岩で攻撃して敵を葬った。

 トークンは数に限りがあるので、無駄遣いは避けなければならない。

 ゴーレムのトークンは、ゴブリンより数倍強いオークで試すことにした。

 小指ほどの結晶を転送すると、5mほどの巨大なゴーレムとなって出現したのだが──

 

「嘘……だろ……」

 

 その見覚えのある姿に、僕は愕然とした。

 イースター島のモアイ像に、そっくりなのだ。

 此処は異世界で、元の世界とは関係ないはず。

 なのに、どうして?

 もしかしてイースター島の、パラレルワールドなのか?

 

「モアイ! モアイ!」

 

 姫様の怒声で、僕は我に返った。

 

「何を惚けておるのじゃ。ビスコは妾の大切な幼馴染じゃぞ。その命が掛かっておるのじゃ、しっかりしろ!」

「す、すみません」

 

 全くもって姫様の言う通りだ。

 今は余計なことを考えず、指揮に集中しなければ。

 ゴーレムは長いリーチでオークを殴り、数発で倒してしまった。

 めっちゃ強いじゃん!

 ビスコッティは、フラムに比べて防御面では心もとないが、攻撃力は引けを取らない。

 まだまだウェーブに対抗するには不十分だけど、かなり強力な戦力になるのは確かだ。

 

 午後になると、エクレアさん、ムースさん、フラムの戦闘服が仕上がった。

 食堂で着替えた3人がリビングに戻ると、その姿を姫様は指をくわえ、羨ましそうに眺めた。

 ムースさんは、白と桜色を基調とした、清らかな聖女のような格好で、とても似合っている。

 エクレアさんは、緑を基調とした、軍服のような格好だ。

 フラムは近接攻撃なので、動きやすさを重視して、露出の多い格好となった。

 どれもアニメ『魔法少女アリス』の登場キャラクターから、それぞれに似合いそうなものを、僕の独断と偏見で選んだものである。

 3人を出撃させてムースさんのヒーリングを検証すると、充分な効果が認められた。

 

 それにしてもあのゴーレム、モアイ像に瓜二つだったな。

 偶然なのか、それとも……。

 ビスコッティに話を聞けば、何か分かるかもしれない。

 彼女の元へ向かおうとした時、

 

「あの、百合様。ちょっと相談があるので、食堂まで来てもらえますか?」

 

 食堂側の扉が開いて、タルトに呼び止められた。

 僕が隣室に入ると、チャイナ風メイド服の少女は扉を閉めて、僕の方に向き直り真剣な眼差しで、

 

「姫様に戦闘服をお作りするのは、どうしても駄目でしょうか? もし明日にでもウェーブが来れば、私たちは滅びるかもしれません。そうなれば姫様にとって最後の願いは、戦闘服を身に纏うことになります。どうかその願いを、叶えて上げてください」

 

 タルトは深く腰を曲げて懇願した。

 彼女の言う通りかもしれない。

 僕はウェーブ対策で頭がいっぱいになり、そこまで考えていなかったのだ。

 でも──

 

「君は大丈夫なの? 魔力がかなり減っているけど、無理してない?」

 

 彼女には、防具以外にも武器なども、造ってもらわなければならない。

 だから出来るだけ余計な負担は、掛けたくないのだ。

 

「えっ!? 私ですか? ご心配いただき、ありがとうございます」

 

 タルトは頬を赤く染めて、軽く頭を下げた。

 

「私なら大丈夫です。それに今まで直接、戦いのお役に立てなかったから、とても嬉しいんです。皆さんをお守りする、防具を作れることが」

 

 満面の笑みで彼女は、そう答えた。

 

「それじゃ、頼むよ。でも、決して無理をしないように」

「はい。ありがとうございます」

 

 タルトは嬉しそうに声を弾ませた。

 僕はアニメの中から姫様に似合いそうな服を選び、それをタルトに見せた。

 リビングに戻ると、ふくれっ面の姫様がチラリと横目で僕を睨み、

 

「ふん。逢い引きは済んだのか?」

 

 ずっと金髪の少女は、臍を曲げたままである。

 

 夕方になるとタルトがやってきて、僕の耳元で囁いた。

 

「百合様、準備が整いましたので、姫様を食堂にお連れ頂けますか?」

「了解」

 

 タルトが食堂に戻ったのを確認して、僕が立ち上がると姫様は厭味ったらしく、

 

「また逢い引きか?」

「そうですよ。でも、お相手は僕じゃなくて、姫様ですけどね。タルトがどうしても渡したいものがあるので、食堂に来て欲しいとのことです」

「なんじゃ。食べ物で妾を買収するつもりか? それで逢い引きを看過しろと?」

「もっといい物ですよ。行けばわかりますから」

 

 僕は、訝しむ姫様をエスコートして、食堂に連れて行く。

 室内ではタルトが、姫様に見せるように、仕上がった服の両肩を持って立っていた。

 白とピンクを基調とした、フリルが無駄に多い貴族のような服。

 どうせ出撃しないのだから、動きやすさは二の次で、見た目重視で選んだ。

 

「そ、それは……妾の……なのか?」

「そうですよ。どうしてもタルトが姫様に、お作りしたいと言うのでね」

 

 姫様は目に涙を浮かべながら、ゆっくり歩み寄ると、その服ごとタルトを抱きしめた。

 

「ひ、姫様!?」

「命令じゃ。暫くこのままで──」

 

 魔王の娘は、言葉を詰まらせた。

 姫様なりに感謝の気持ちを示したのだろう。

 

「それじゃタルト、着替えの手伝いよろしくね」

 

 そう言って僕は、そっと扉を閉めた。

 暫くすると、食堂側の扉が勢いよく開いて、戦闘服を纏い頭にはティアラをつけた姫様が登場。

 

「どうじゃ、妾の格好は」

 

 姫様は自慢しながら、これ見よがしにみんなの前を歩き回る。

 

「まぁ、素敵。とても似合っているわよ。シャルちゃん」

 

 ムースさんが嬉しそうに褒めると、

 

「馬子にも衣裳ってやつだな」

 

 フラムが余計なひと言を付け加えた。

 

「マゴとは、なんじゃ?」

「平たく言うとだな、とても似合っているってことだよ」

 

 フラムに騙されたとも知らず、ご満悦な様子の姫様。

 その無邪気な笑顔を、タルトの指摘が無ければ、僕は奪っていたかもしれない。

 魔王の娘は、良い臣下に恵まれた。

 だけどタルトの懸念が現実になれば、僕たちに助かるすべはない。

 この微笑ましい光景が、明日は地獄になるかもしれないのだ。

 

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