第16話 エクレア攻略

 食事を終えると、入浴済みの戦士二人は自室に戻り、他の魔人は風呂場へと向かった。

 僕はリビングに移動して椅子に深く腰掛けると、トークンの実験について振り返った。

 初めはともかく、結果は十分に満足のいくものである。

 フラムの被ダメージが激減したので、ムースさんの寿命が削られるのも軽減されたし。

 これでフラムの気掛かりも、かなり解消されたと思う。

 魔素は、今回使用したもの以外にも、幾つかあるとのこと。

 探せばエクレアさんの扱えるトークンが、見つかるかもしれない。

 だけど、それには彼女の能力について、詳しく聞く必要がある。

 困ったぞ。

 先日──敵が人族の子供を人質にして、攻め込んできた時──人族みんなを救いたい一心で、エクレアさんに暴言を吐いてしまったのだ。

 それ以降、常にエクレアさんの厳しい視線に、晒されているような?

 その件についてタルトに相談すると、

 

 『エクレア様は、厳格で姫様のお目付け役を任されるほど、魔王様の信頼があるお方です。賢明で良識のあるお方なので、心配は無用かと』

 

 とのことだった。

 でもなぁ。

 その言葉を疑う訳じゃないけど、タルトはいい子だから、他人の悪口は言わないだろう。

 いずれにせよ、気まずい状態が続くのは良くない。

 爆破で迷惑をかけた件も含めて、ちゃんと謝っておくべきだろう。

 僕は意を決して、エクレアさんの部屋を訪ねた。

 

 扉の前で深く呼吸し覚悟を決めてノックする。

 

「エクレアさん、百合もあいです。お話があるんですけど、いいですか?」

「ちょっと待て」

 

 もう寝ていたのか、しばらく待たされてから扉が開いた。

 何故か上気して、少し様子のおかしいエクレアさんが顔を出し、

 

「入りたまえ」

 

 と、僕を部屋に招き入れてくれた。

 

「もしかして寝てました?」

「うむ。いつも生まれたままの姿で寝るので、身支度に時間がかかったのだ。出るのが遅れて済まない」

「いえ、こちらこそ就寝中とは知らず、済みませんでした」

「まだ眠り付いてなかったから構わぬ。寝付きが悪いので、早めに床に就いたのだが、いつも全身が火照ってきて、なかなか寝れないのだ」

 

 室内の壁には、大きな肖像画が飾られている。

 描かれているのは、人間なら45歳くらいの金髪男性で、一際大きな角が目を引く。

 魔人の女性は羊の様な巻き角だが、彼は水牛のような角をしている。

 なかなかの色男だけど、エクレアさんの恋人だろうか……。

 ひっ!?

 彼女のベッドに視線を移して、思わず僕は息を呑んだ。

 他に誰もいないと思っていたのに、その男性が横たわっていたのだ。

 まさか彼氏? を部屋に、連れ込んでいたとは、思いも寄らなかった。

 確かエクレアさんは、素っ裸で寝ていたと言ってたよな。

 もしかして最悪のタイミングで、お邪魔しちゃったのでは⁉

 

「ん? これか。これは魔王様の等身大抱き枕だ。タルトに作らせた」

 

 その物体を愛しげに抱きしめるエクレアさん。

 抱き……枕?

 あまりにリアルなので、枕だとは思わなかった。

 それにしても、これが実物大の魔王……優に2mを超えるデカさだ。

 どうやらエクレアさんは、魔王にご執心らしい。

 これはご機嫌を取るチャンス。

 

「魔王様って、とても逞しくてハンサムですね」

「うむ。よく分かっているではないか。魔王様は、この世で最も尊い存在で、身も心も捧げるのに値する唯一のお方だ。ゆえに某は毎夜裸で、この抱き枕に身を捧げているのだ。直接捧げられないのは残念なのだが──」

 

 魔王の胸に顔を埋め、鼻息を荒くする銀髪のお姉さん。

 僕も魔法少女アリスのアイリ等身大抱き枕を持っているので、その気持ちは十分に解るのだが、傍から見るとちょっと引いてしまう。

 

「貴殿は見所があるから、某と共に魔王様に身も心も捧げようではないか。もちろん裸で抱き枕に添い寝しろというのではない。そんなことは某が絶対に許さぬからな。魔王様に身命を賭して尽くせという意味だ。決して誤解するでないぞ」

 

 するか!

 この女、外面は凛として常識のある魔人かと思ったけど、裏の顔は魔王教の教祖だったようだ。

 なんかカルト教団に勧誘されているけど、僕は自称アイリ教の教祖なので、改宗するつもりはない。

 

「すみません。僕みたいな下等種族が、偉大な魔王様の役に立てるとは、到底思えないので──」

 

 体よくお断りしようとしたのだが、急にエクレアさんは縋るような目で僕を見据え、

 

「頼む。もう貴殿しかいないのだ。魔王様をお救いできるのは」

「はい? えっと、魔王様を救うとは?」

「敵の襲来には波がある。まれに大挙して押し寄せてくることがあり、それを我々はウェーブと呼んでいる。その度に魔族は、大きく戦力や領地を失ってきたのだ」

 

 バッタの大量発生みたいなものだろうか?

 

「直近では1日あたりの敵の侵入数が50匹前後なのに対し、ウェーブでは少なくとも千匹は下らない。最低でも、戦力を今の10倍にしなければ、太刀打ちは不可能だ」

 

 10倍だって!?

 人族を加えても、戦力は倍にもならないのに。

 

「援軍は頼めないんですよね?」

「無理だ。当初は数百いた戦士も、今では10数名までに激減している。とてもそんな余裕はない」

 

 それって完全に無理ゲーだろ!!

 

「そのウェーブは、いつ来るんですか?」

「確実なことは分からない。だが、ウェーブが来る前は敵の侵入数が減る傾向にある。このところかなり少ないので、いつ来てもおかしくないだろう」

 

 嵐の前の静けさってやつか?

 だからタルトは、御殿がいつ陥落してもおかしくないと、言ってたんだな。

 

「次にウェーブが来れば、魔族は滅ぶだろう。某には魔王様を救うことは不可能だが、貴殿なら……」

 

 魔王教の教祖様は、期待に満ちた眼差しで、僕を勧誘してくる。

 

「ムリ、ムリ、ムリ、絶対に無理。僕を買い被りすぎです」

「貴殿が指揮官を務めて4日、某の見解では戦力は3倍以上に、被ダメージは3割以下に改善された。某には到底なしえないことだ」

 

 そりゃ、最初は改善の余地があったから、戦力を上げることはできましたけどね。

 どう足掻いても不可能なことを引き受けるほど、僕は無謀ではないのだ。

 なかなか僕が首を縦に振らないからか、彼女は遠い目をしながら、魔王について語り始めた。

 その内容をまとめると──

 

 このミューという大陸には多種多様な種族がいて、それぞれにテリトリーがある。

 中にはオーガやミノタウロスなどのように、食用や狩りでの殺害、強姦や奴隷にするなど、他の種族に危害を加える害悪種族もいる。

 その昔、魔族も子供や戦闘能力のない者が襲われ、被害にあうことが度々あったそうだ。

 そんな状況に心を痛めた魔王は、治安維持に乗り出す。

 世界の安寧のため大陸各地に進出して、戦闘能力のある魔人を送り込んだのである。

 あくまでも危険な種族の取り締まりが目的なので、他の種族に対しては一切害することなく、それどころか積極的に友好関係を築いて、理解を得ていったという。

 名目上の大陸支配であり、けっして他種族の領土を侵害したわけではなかった。

 そんな努力の甲斐あって、長い間世の中は平和だったのだが──

 

「魔王様は魔族最強なだけでなく、平和を愛する心の優しい殿方なのです。種族を問わず誰からも敬愛される、まさに聖者と呼ぶに相応しいお方。そんな偉大な魔王様が、邪悪な存在に命を奪われるなど、決してあってはならぬこと。それなのに某が命を投げ出しても、魔王様をお守りすることは叶わぬのだ」

 

 彼女は魔王の抱き枕に顔を埋め、肩を震わせながら涙声で訴えた。

 そこまで魔王のことを……でもフラムから聞いたイメージとは違うな。

 

「魔王様は変態エロジジイだって、フラムがああああああっ!」

 

 身体に電気が走り、僕は膝から崩れ落ちた。

 

「人族風情が、偉大なる魔王様を愚弄するなど、あるまじき行為。身の程を知れ!」

「いてててっ……フラムがそう言ってたんだよ」

「ふん。フラムは乳がデカいだけの、けしからん奴だ。そんな女の戯言など、真に受けるな」

 

 乳がデカいのは、関係ないと思うけど……あれ?

 どこにも涙の跡が見当たらない。

 

「あーっ、嘘泣きじゃねぇか!!」

「しまった」

 

 危うく情に絆されるところだった。

 

「と、とにかく貴様に拒否権はないのだ」

「はい?」

「忘れたとは言わせぬぞ。貴様が皆の前で某を、散々愚弄してプライドを踏みにじったことを。某が無能ゆえに魔族は、衰亡の一途をたどっているのだと。皆の羨望の的であった某が、役立たずの穀潰しというレッテルを貼られて、信望は地に落ちてしまったのだ。殺されたくなければ、協力しろ!!」

 

 あちゃ~、やはり根に持っていたんだ。

 話があらぬ方向へ展開したので、うやむやになったと内心喜んでいたのに。

 穀潰しとか言った覚えはないけど、彼女が激高するのは当然である。

 

「でも僕は姫様のお気に入りのオモチャだし、もう指揮官ですよ。殺せるのですか?」

「ぐぬぬぬっ。ひ、卑怯な奴め!」

 

 僕を恫喝したアナタに、言われたくないんですけど。

 

「これだけは避けたかったのだが、魔王様を救うためなら止むを得ない。禁断の最終手段、神をも恐れぬ極悪非道な行為、考えるだけでも悍ましいのだが……」

 

 エクレアさんは瞑目して苦悩の色を浮かべた。

 一体何をするつもりだ?

 まさか僕を電気ショックの拷問にかけるとか?

 いや、もっとも恐ろしいのは、人族に危害を加えられること。

 僕は姫様のオモチャだから、殺されることはないけど、人族は──

 ややあって深くため息をついた彼女は、険しい眼差しで僕を見据えると、

 

「もし魔王様を救うことが出来るのであれば、この身を貴殿に捧げ一生涯尽くすと誓おう。だから魔王様を……」

 

 声を絞り出すように言った。

 

「はい?」

「な、なんだ、その顔は? 某では不満だとでも? いや、そんなハズはない。男であれば誰もが泣いて喜ぶに決まっている。では何故? そうか!! 全ての魔人おなごを奴隷にするつもりだな。姫様のような、あどけない幼女まで毒牙にかけようというのか。下賤な奴め」

 

 彼女はブツブツと呟きながら、僕を睨み付けてきた。

 散々な言われように、なんか腹が立ってきたんだけど。

 

「僕に身を捧げるってことは、夫婦になるってことだよね。それのどこが、極悪非道な行為なんですか?」

 

 まるで僕の妻になることが、罪みたいじゃないか。

 アンタと夫婦なんて、こっちから願い下げなんだけどね。

 

「誇り高き魔族の中でも随一高潔な某が、貴様のような鬼畜に弄ばれ穢されるのだぞ。これ以上の極悪非道なことがあるか!!」

 

 涙目で逆切れするエクレアさん。

 彼女に手を出す気なんて更更ないのに、酷い言われようだな。

 それにしても泣き落としの次は恫喝で、仕舞いには己の身を差し出すとか、どんだけ必死なんだよ。

 怒りを通り越して、なんか可笑しくなってきた。

 まぁ、笑いごとではなく、それだけ魔族が窮地に追い込まれている証なのだが。

 千匹は下らないという敵の多さに、僕は冷静な判断を欠いてしまったけど、魔族が滅べば人族も同じ道を辿ることになる。

 完全に退路を断たれた以上、無茶だと分かっていても、やるしかないのだ。

 

「分かりました。みんなを救えるか分からないけど、出来る限りのことはします。だけどもうエクレアさんに、不躾な事をするつもりはありません。誰も身を捧げる必要はないので、安心してください」

「何の見返りも望まぬと?」

「はい」

「某を貴殿のものにできるのだぞ。男にとって、これ以上の御褒美はないのに、何故だ?」

「エクレアさんだって、見返りを期待して魔王様に、尽くしてる訳じゃないでしょ。それと一緒ですよ。僕にも絶対に守りたい大切な人達がいます。その想いは決して貴方に劣りません」

「そうか。想いは某と一緒か……」

 

 彼女はどこか嬉しそうな笑みを浮かべ、納得したように呟いた。

 そして僕の前で床に片膝をついたエクレアさんは、

 

「ならばせめて貴殿に忠誠を誓おう。ただし某の魔王様あるじに仇する時は、その限りではないがな」

 

 下等種族である僕に最大級の忠誠心を、彼女なりに示してくれたのだろう。

 

「そういった申し出なら、ありがたくお受けします」

 

  その後、彼女の能力など必要な情報を一通り教えてもらったが、残念ながらトークンに関するものは得られかった。

 でもエクレアさんとの気まずい関係を解消できたので、良しとしよう。

 すっきりした気分で彼女の部屋を出ると、姫様がジト目で僕を見ていた。

 どうやら風呂から戻ってきたところらしい。

 

「妾が入浴中に、お楽しみのようじゃったの」

 

 そう呟きながら、僕の横を通り過ぎて行く姫様。

 

「な、何か誤解してません? 僕はただ──」

 

 必死に訴える僕の弁明も虚しく、聞く耳は持たぬとばかりに部屋に入っていく姫様。

 どうして魔人の部屋から出てくると、毎回姫様と出くわすんだ。

 マジで監視されているのではなかろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る