第15話 フラムのトークン
ジェラートは多少やつれた感じはするけど、いつもほどではない。
だけど重要なのは、どれだけムースさんの負担が軽減されるかだ。
ムースさんの秘密を知る僕と姫様は、固唾を呑んでヒーリングを見守った。
いつもに比べ半分程度の時間で治癒が完了すると、僕はガッツポーズして、姫様は満足げな笑みを浮かべた。
席を立ったフラムまで、何故か嬉しそうな顔をしている。
「どこへ行くの? フラム。次はあなたの番よ」
部屋から出て行こうとするフラムを、ムースさんが呼び止めた。
「アタシはいいよ。エクレアが戦闘に加わったおかげで、大分楽になったから」
「でも負傷しているじゃない。一昨日から治癒していないでしょ」
「これくらい大したことないって」
「あなた、何か隠しているわね。正直に言いなさい」
「な、何でもないよ」
慌てて逃げ去ろうとするフラム。
「待ちなさい、フラム。部屋を出て行ったら怒るわよ」
いつも穏やかな表情で、おっとりとした声音のムースさんが、怒ることなんてあるのだろうか?
もしあるのなら、ぜひ見てみたいものだ。
いや、むしろ僕が怒られたい!
その瞬間、フラムはビクリとして、凍り付いたように固まった。
同時に他の魔人たちから「ひいっ」という、微かな悲鳴のようなものが聞こえ、彼女たちは一斉にフラムに飛び掛かった。
エクレアさんが背後からフラムを羽交い絞めにして、双子が両腕に、姫様とビスコッティが両足にしがみついて、取り押さえる。
何が起きたのか解らず、僕は面食らった。
「いっ!? やめろ。放せ!」
「死にたくなければ、とっとと白状しろ! 何を隠している?」
泰然自若なイメージのエクレアさんが、取り乱しながらフラムを恫喝。
「な、何も隠してない」
「そう……できればあなたの口から教えてほしかったのだけど、仕方ないわね」
ムースさんは残念そうに呟き、
「シャルちゃん。フラムが何を隠しているのか教えてちょうだい」
「はっ。此奴は先日、妾たちがモアイの部屋で話してたことを、聞いてたようであります」
フラムの心を読んだらしく、姫様が即答した。
姫様の受け答えが、まるで上官に報告してるみたいな口調になっているけど?
「いや、その……別に盗み聞きしたんじゃなくて、たまたま部屋の前を通りかかったら、聞こえてきたんだ」
観念したようにフラムは弁明した。
「そうだったの。あなたにも知られてしまったのね」
ムースさんは悲しげに呟いて続けた。
「わたくしはヒーラーとして生まれてきたことを、誇りに思っているわ。だって大切な仲間を、救うことができるのだもの。そのためならば、どんな代償があっても構わない。みんなを治癒することが、わたくしの存在意義だから、
誰に対しても公平なムースさんらしい言い分である。
「だけどそれじゃ、もう戦えなくなってしまう」
フラムの言う通り、ジェラートの回復は必須で、彼女の能力が使えなければ戦いようがないのだ。
「そうね。此処の陥落も時間の問題でしょう。下手すれば仲間を失うことになるわ。だから分かってちょうだい」
フラムはジレンマに苦悩の表情を浮かべながらも、首を縦に振った。
慈しみの目をした綺麗なお姉さんは、フラムに歩み寄りそっと抱きしめる。
「ごめん、姉御。アタシが不甲斐ないばかりに……」
「謝らなくてはならないのは、わたくしたちの方よ。これまであなたは、一人で体を張って戦ってくれたわ。敵の攻撃を一手に引き受け、負傷して辛い思いをするのは、いつも
賛同するように、他の魔人たちが頷いた。
「自分は指揮官を務めるのに手一杯で、戦闘能力があるにもかかわらず、フラムに任せっきりだった。不甲斐ないのは某の方だ。済まなかったな」
優しい表情で謝るエクレアさん。
「みんな……」
フラムは言葉を詰まらせ、ムースさんに抱かれながら肩を震わせた。
その夜、僕はベッドの中でフラムのことを考えていた。
あれから彼女は明るく振る舞っていたけど、僕には空元気だと分かった。
治癒を受ければ、ムースさんの寿命を奪ってしまうのだ。
気にするなという方が無理である。
このままでは戦闘に悪影響を及ぼしかねない。
何とかしないと。
出撃するのは、エクレアさんとフラムの二人だ。
エクレアさんは電撃による遠距離攻撃で、一方のフラムは炎を纏った拳でぶん殴る近接攻撃。
防御力の高いフラムを前面にして、エクレアさんが敵の攻撃を受けないようにしている。
フラムが一人で戦っていた時に比べ、被ダメージはかなり軽減されたけど、それでも無傷とはいかない。
さらに被ダメージを減らす方法は、幾つか考えられる。
一つ目は防具の装備だけど、何故か魔人は誰も武器や防具などを使用していない。
道具を使うという概念がないのか、もしくは使用しても効果がないのか?
二つ目は、防御力を高めることなのだが、やり方か分からない。
この二点は、明日タルトに相談するとしよう。
最後は、フラムも遠距離攻撃をして、敵の攻撃を受ける前に倒してしまうこと。
炎が飛ばせればいいんだけど、タルトの話では難しそうである。
この戦争が始まってから、フラムも遠距離攻撃の必要性を感じて、いろいろと試したらしい。
だけど上手く行かなくて、断念したのだそうだ。
この件は諦めるしかなさそうだな、とランプの炎を眺めながら考えていると、あることを思い出した。
確かこの炎は、フラムが操作していると言ってたよな。
もしかしたらトークンとして、攻撃に利用できるんじゃないか?
思い立ったが吉日とばかりに、僕はベッドから飛び降りてフラムの部屋に向かった。
だけどもう魔族は眠りについている時刻。
ドアの前でノックしようとして躊躇った。
軽く叩いて反応がなかったら、明日にすればいいか。
コンコン。
「誰だ!?」
「あっ、
ややあってドアが開き、顔を出したフラムが僕を睨み付ける。
「何の用だ?」
「敵の攻撃を回避する方法を、思いついたんだ……けど…………」
彼女のセクシーなランジェリー姿に目がいき、僕は言葉を失った。
不機嫌そうなフラムの表情が、興味ありげなものに一変して、
「入れ」
「い、いや。やはり明日にするよ。睡眠の邪魔したら悪いから」
グラマラスな体で露出多目の下着姿に、純真な僕はビビッてしまい後退りする。
「はぁ!? ざけんな! 気になって寝れねえだろ」
フラムは僕の胸ぐらを掴んで、無理矢理部屋に引きずり込んだ。
どうせムースさんのことが気になり、寝付けなかったんじゃないの?
僕は椅子に座らされ、フラムはベッドに腰かけて足を組んだ。
「さぁ、聞かせてもらおうか」
お互いの膝が触れるくらい近いのに、さらに前のめりになる赤髪のグラマラス。
彼女は気にしてないようだが、僕は目のやり場に困ってしまい、視線を宙に泳がせる。
ある意味地獄だ。
明日にすれば良かったと後悔しながら、僕は事情を説明した。
いろいろと相談して、分かったことがある。
ランプ等で使われている『燃素』は、燃える魔素の結晶を魔石から抽出したもの。
フラムはスキルで、範囲内にある任意の『燃素』を、自在に点火や消火ができるのだ。
火力は『燃素』の質量に比例するのだが、敵を倒すにはどれくらが適量かは不明。
その辺はタルトの方が詳しいので、明日相談することになった。
フラムの部屋を出ると、自室に入ろうとしていた姫様と目が合った。
トイレにでも行ってたのだろうか?
「フラムにまで手を出しおったのか。お主は命知らずというか、本当に節操がないのう」
呆れかえったように呟き、姫様は部屋に入ってしまった。
せめて釈明くらい、させてくれ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、朝一で厨房に行くと、タルトとロゼットが朝食の支度をしていた。
「忙しいところ悪いんだけど、タルトに少し相談があるんだ。いいかな?」
「はい」
僕が事情を説明すると、彼女は物置部屋から、魔石を持ってきてくれた。
全体的にアイボリーっぽい色で、赤や黄の粒が混じっている。
「魔石とは、魔力の素である『魔素』の結晶を含んだ石を言います。結晶は魔素の種類によって色が決まっています。この赤い粒子が燃焼魔素の結晶で、抽出してランプ用に加工したものが、これです」
彼女は米粒大の赤い結晶の塊を見せてくれた。
「
「それは爆裂魔素の結晶です。少しでも燃焼魔素に混じってしまうと、点火したとたん結晶が粉々に吹き飛んでしまうので、注意が必要です」
火薬みたいなものだろうか?
だとしたら攻撃に使えるかもしれない。
「その爆裂する結晶も作れる? 敵を吹き飛ばすくらい威力のあるやつが、欲しいんだけど」
「はい。可能だと思います」
今は朝食の準備があるので、食後に燃焼と爆発用の2つの結晶を作ってくれることになった。
これ以外の魔素を含んだ魔石もあるらしいのだが、それらについてはいづれ検討するとしよう。
ちなみに魔人は、魔力こそが最大の攻撃であり、最大の防御だという考えなので、武器や道具を使うという概念自体がないのだそうだ。
なので防御力を高めるには、魔力を増やせばいいのだが、それは年齢や経験により上がるものであり、他に手立てがあるか分からないという。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦闘を開始して暫くすると、タルトが作った結晶を持ってきてくれた。
どのくらいの質量にしたらいいか分からないので、とりあえずランプ用の結晶30個分でお願いした。
こればかりは試行錯誤で最適な質量を、模索するしかないのだ。
魔石の在庫も限りがあるので、無駄な消費は避けなければならない。
既に
フラムには、エリア内にある全てのトークンを、点火する状態にしてもらった。
これによトークンは配置と同時に、燃焼や爆発をするので効率がアップ。
ゴブリンが侵入して最初に通過した魔法陣に、燃焼魔素の結晶を転送すると、勢いよく火の手が上がり、敵は一瞬で燃え尽きた。
……うん。
完全にオーバーキルだな。
フラムたちから離れた場所でテストして正解だった。
もし近くでやってたら、彼女たちは黒焦げになっていたかもしれない。
そうなったら帰ってきたフラムに、僕はボコボコにされてただろう。
次は爆破テストなんだけど、大丈夫だろうか?
ある程度離れているから問題ないとは思うけど……。
先ほどと同じ魔法陣に、敵の通過に合わせて爆裂魔素の結晶を転送。
嫌な予感が的中。
激しく砂煙が上がり、衝撃でフラムとエクレアさんが、尻餅をついている。
……いやぁ、彼女たちの近くでやらなくて、本当に良かった。
その後は調整を繰り返し、夕方までに実用可能な結晶が完成した。
どこに配置しても味方がダメージを受けないようにしたので、威力は弱めだが効果は抜群だ。
エクレアさんの遠距離攻撃とフラムのトークンで、大抵の敵は仕留められた。
フラムの所に辿り着いた敵がいても、簡単に片付けることができたので、そんなにダメージは受けてないはず。
戦いを終え、戻ってきたフラムとエクレアさんは全身砂まみれだった。
本日一番ダメージを受けたのは、最初の爆破実験だったようだ。
「ご苦労じゃったの。二人とも風呂で汚れを落としてくるのじゃ」
綺麗好きな姫様に促され、風呂場に向かう二人。
フラムは僕に何か言いたげだったけど、被ダメージを抑えることができたので、爆破の件は帳消しといったところか?
ボコられないで済んだので、僕はほっと一安心した。
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