第14話 双子攻略
リビングに戻った僕は、敵の侵攻の合間に姫様の目を盗んでスマホのアプリを使い、魔法陣の配置図を作成した。
ひと通り終えると、キャンディの意見を聞こうとして、
「ちょっと二人で話があるんだけど、あとから食堂に来てくれる?」
周りに気取られないように、彼女の耳元で囁いた。
「いいよ~」
姫様の目を気にして、別々に部屋を出て行こうとしたのだが、キャンディは空気を読むということを知らないらしい。
退室しようとする僕のすぐ後についてきて、
「ねぇ、ねぇ。食堂で二人きりの話って、なに、なに?」
と普段通りの元気な声で聞いてきた。
意味ないじゃん!
「タルトの次はキャンディと逢引か? とっかえひっかえ、節操のない奴じゃの」
姫様が呆れたように言うと、他の魔人から冷たい視線が向けられた。
「違いますよ。僕を女たらしみたいに言わないでください。魔法陣の再配置について、話があるんです。約束したでしょ。負担を減らすって」
「わざわざ別室で二人きりにならんとも、此処でやれば良いじゃろ」
好奇心旺盛な君に、スマホを見られたくないからですよ。
「みんなの声が気になって、集中できないんです」
敵の侵入がなければ魔人たちは、ぺちゃくちゃとお喋りに花を咲かせる。
それを口実にすると姫様は、
「なら仕方がないの。じゃがキャンディ、此奴に何かされたら大声を出すのじゃぞ。すぐに駆け付けるからの」
「僕は何もしませんってば!!」
僕はキャンディを連れて食堂に入ると、扉を閉めた。
「えっと、キャンディにお願いがあるんだ。これからある物を見せるけど、決して誰にも言わないで欲しいんだよね。それと大きな声も出さないでくれるかな」
姫様のせいで、なんか言いづらくなったじゃないか!
「うん、いいよ。でも、なに見せてくれるのかな?」
その声自体が大き目なんだけど。
もっと音量を下げるように促し、僕はポケットから取り出した文明の利器を見せた。
「これはスマホと言って、敵を攻略するのに役立つ、僕の秘密道具なんだ。とても大切なものなので、みんなに知られると困るんだよ。だから内密にして欲しい」
「うん。わかった」
頼むから、もうちょっとトーンダウンしてくれ。
本当に解ってくれたのか心配だけど、とりあえず本題である魔法陣の再配置計画について説明した。
魔法陣は1つあれば、そのエリア全体の監視ができて、スクリーンに映し出すことができる。
なので一番外側のエリアは、監視専用の魔法陣を一つ配置することにした。
戦闘前に敵の種類や数が分かれば、対策が立てられるからだ。
領地内の魔法陣は必要最小限になるように試行錯誤を繰り返し、半分近くまで減らすことができた。
スマホの画面で配置図を見せながら解説するとキャンデイは、
「お姉ちゃんの負担が軽くなるのは嬉しいんだけど、こんなに減らしちゃって大丈夫なの?」
「必要最小限の数はあるはずだし、それで
「ん~、つまりそのしわ寄せを、激レア君が一手に引き受けてくれたってことだよね。どうしてそこまでしてくれるの? もしかしてお姉ちゃんの太股を揉んだから、その罪償いのつもり?」
「そ、そうじゃない!! ただ、見ていられないんだ。ムースさんが命を削っ……じゃなくて……その……ジェラートの精魂尽きた無残な姿を。せっかくの美少女が、台無しじゃないか」
ヤバかった!
危うく口を滑らせて、ムースさんの秘密をバラすところだった。
心にもないことを言って誤魔化したせいか、つい大声になってしまった。
彼女に大きな声を出すなと注意しておいて。
「本当? 本当に美少女だと思っている?」
双子の妹はオレンジ色の瞳で、僕の顔をのぞき込み、訝しげに問う。
「う、うん。もちろんだよ……」
「じゃあ、じゃあ、どこが可愛い?」
やはり見透かされてしまったのか、執拗に問い質してくる。
下手なことを言ったら、さらに疑念を抱かれそうだ。
正直な気持ちを伝えようと、瞑目してジェラートの顔を思い浮かべたのだが、抜け殻状態のあられもない表情が脳裏に浮かび、つい鼻で笑ってしまった。
僕はぶんぶんと頭をふって、再び彼女のまともな表情を思い浮かべると、
「とても整った顔立ちで、かなり可愛いと思うよ。そうだな……優等生で憧れの的のような、男の子なら誰もがお付き合いしたいと思うようなタイプかな」
もしかしたらゲインロス効果があったのかもしれないけど、お世辞抜きの評価である。
「そっかぁ。激レア君はウチのこと、そういう目で見てたんだ」
なぜかキャンディは嬉しそうに言った。
「はい? いや、姉の方なんだけど……」
「だってウチら双子だよ」
キャンディは真顔になって、姉と同じ顔つきをしてみせる。
確かに瓜二つだけど、性格や普段の表情が違い過ぎて、二人が同じ顔だってこと忘れてた。
「えへへ。そっかぁ~。ウチって、そんなに可愛いんだぁ? 初めて言われたんだけど、やっぱ嬉しいもんだねぇ~。そっかぁ~。激レア君はウチと付き合いたいと思ってたのかぁ」
オレンジ髪の少女は意地悪げに聞いてくる。
引きこもりで社交性ゼロ、人付き合いが苦手だった僕は、女の子に面と向かって可愛いなどと言えるタイプではないのだ。
自分の失言に恥ずかしさが込み上げてきて、僕は火照った顔を隠すように、項垂れるしかできなかった。
だけど彼女の少し照れたような笑みが、本当に可愛いいと思った。
僕からしたらみんな可愛いけど、キャンディは魔族の中では、普通なのかもしれない。
魔人の美レベル高っ!
するとキャンディは俯いた僕の顔を覗き込んできて、
「激レア君……」
「は、はひっ」
眼前にきたキャンディの真顔に、なんかドキドキして声が上擦ってしまった。
「敵が侵入したから、みんなのところに戻るよ~」
「………………」
勝手に一人で盛り上がってしまい、恥ずかしさでさらに上気する僕。
僕が指揮官を務めて2日目の戦いも、どうにか無事に終えることができた。
ムースさんに抱きしめられ、やつれたジェラートが生気を取り戻す。
複雑な心境で見ていたら、何故かフラムが辛そうな面持ちで席を立ち、部屋を出て行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕食を終えて魔人たちが風呂に入ってる間、僕はリビングの椅子にもたれかかり、双子が来るのを待った。
ジェラートに魔法陣の再配置をしてもらうためなんだけど、少し気が重い。
彼女の表情や髪の色から、僕が快く思われていないのは明白である。
それでなくても他人の気持ちが分かってしまう僕の能力で、彼女の嫌悪感がひしひしと伝わってくるのだ。
幾度かため息を零ぼしながら、待つことおよそ1時間。
「お・待・た・せ~」
とキャンディが、何故か嬉しそうに入ってきた。
それとは対照的に、無表情なジェラートが後に続く。
僕は愛想笑いを浮かべて迎えるも、ジェラートはこちらを見ようともしない。
ついに無視されてしまったのか?
でも昨日とは違い髪の色に変化はないし、彼女から嫌悪感は伝わってこない。
席に腰を下ろしたジェラートは、相変わらず人形のように微動だにせず、正面を見据えている。
一方のキャンディは、テーブルに頬杖をつき、おねだり顔で僕を見ている。
どうも可愛いと褒められたことが、よほど嬉しかったようだ。
僕は
いくらそんな顔をしても無駄、もう二度と同じ過ちは犯しません。
僕はジェラートにスマホの配置図を見せて、
「早速で悪いね。こんな感じで魔法陣を再配置してほしいんだけど、どうかな?」
腫れ物に触るように尋ねた。
「問題ない」
ひとこと言って作業に取り掛かったジェラートは、黙々とこなして10分ほどで、全ての再配置を完了させた。
それなりに魔力を消耗したらしく、髪の色が濃くなっている。
大丈夫か尋ねると、
「平気。魔法陣の数が減ったから、帳消しになる。でも少し疲れたから、もう寝る」
淡々と呟くように言って、双子の姉は部屋を出て行った。
彼女が素直に応じてくれるか気がかりで、身構えていたけど、肩透かしを食らった感じである。
初めて口をきいてくれたし、きっとキャンディが根回しをしてくれたのだろう。
僕は彼女に向き直り、
「ジェラートに口添えしてくれたんでしょ。おかげでスムーズに終えられたよ。ありがとう」
「ウチは何もしてないよ。だって
そう言うとキャンディも部屋を後にした。
まさかジェラートを可愛いと褒めたことが、本人に筒抜けだったとは。
僕はその場に頽れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、食堂に向かう途中で双子に会った。
ジェラートの様子は、普段と変わらなさそうである。
昨晩は魔法陣の再配置で魔力を消耗したから、気になっていたのだが心配なさそうだな。
むしろいつもより調子が良さそうに見えるのは気のせいか?
「おっはよー。激レア君」
キャンディは顔を突き出し、声を弾ませて挨拶してきた。
「おっ、おはよう」
僕は仰け反りながら返す。
いろんな表情をして、僕に可愛いと言わせようとする、オレンジ髪の少女。
これ以上調子に乗らせたら、彼女を褒めるのが、日課になりかねない。
無視を決め込み、食堂へ向かおうとしたら、腕を掴まれた。
いや、腕を組んできたのだ。
「な、なに?」
「ウチと付き合いたいって言ってたから~、気分だけでも味わせてあげようかな~って」
言ってねーよ。
僕が言ったのは、
どうやら褒めるまで、僕を解放するつもりはないらしい。
はぁ。
「あ、あの、放してくれないかな?」
「どうして~?」
「こ、こんな可愛い
歯の浮くような台詞に、つい棒読みになってしまう僕。
「え~? なに、なに~? よく聞こえなかったから、もう一回言って~」
んな訳あるか!!
あんだけハッキリと言ったのだ。
仕方ないので、可愛いを強調して繰り返す。
「しょうがないなぁ~」
キャンディは満足げに言って、僕を解放してくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、いよいよ新しい配置での戦いが始まる。
敵の侵入したエリアが、スクリーンに映し出されると、ざわめきが起きた。
「お、おい。ジェラート。魔法陣が激減してるが、どこか具合でも悪いのか?」
フラムは身を乗り出し、驚きを隠せない顔で尋ねた。
姫様も目を見張っている。
「問題ない。むしろ調子いい」
いつものように最低限の言葉で返すジェラート。
「これは激レア君の指示なんだよ。お姉ちゃんの負担を、軽くしてくれたんだ」
舌足らずな姉の説明を、双子の妹が補足した。
「こんなに減らして、まともに戦えるのか?」
フラムは不安げな表情で僕に問う。
まぁ、心配するのも無理はない。
転移先が少なくなれば、それだけ不利になるのは確実で、それもいきなり半減なのだから。
でも無闇に減らしたわけじゃなく、こちらの戦いやすい配置にして、且つ必要最小限の数は配置したつもりだ。
その辺はゲームの経験が役に立っている。
だてに長い間部屋に閉じこもって、ゲーム三昧な日々を過ごしてたわけじゃない。
僕は実戦で、問題ないことを証明してみせた。
それでようやく
まあ、今後も調整は必要かもしれないけど。
僕が指揮官を務めて3日目。
魔法陣の配置を新たにした戦いも、無事に終えることができた。
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