第17話 ウェーブ対策

 僕は入浴中や自室のベッドに潜り込んだ後も、ずっとウェーブ対策について考えていた。

 

 現時点で魔族の領地は、御殿ここと魔王城の2ヶ所のみ。

 此処は姫様にとって、亡き母親の生家であり、大切な田舎だという。

 本来であれば魔王城に戦力を集結すべきだが、姫様の意向わがままで御殿を守ることになったと、エクレアさんが教えてくれた。

 戦士は魔王城に15名と、御殿の2名のみ。

 他の魔人は非戦闘員で、90名ほどいるらしい。

 攻撃能力があっても、生命力や防御力が低い魔人は、非戦闘員扱いで出撃させないのが決まり。

 御殿ではビスコッティがそうだ。

 魔人は戦いで道具を使わないから、武器も防具もない。

 魔法が武器であり、防御力の高い魔人が盾となって、敵の攻撃を受けるのだ。

 もし武具が魔人にも有用なら、非戦闘員も大きな戦力になるかもしれない。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「おはようございます。モアイさん。起きてください」

 

 女の子の声で、そっと揺り起こされた。

 朦朧としながら、薄っすらと開けた目に映ったのは……メイド姿の美少女。

 僕の大好きな、アニメ『魔法少女アリス』のアイリじゃないか。

 夢うつつで、その可愛い顔を堪能していると、

 

「大丈夫ですか? モアイさん」

 

 ん!?

 アイリの声じゃないぞ。

 この声は……。

 

「ロゼット!?」

「は、はい。朝食の用意ができました。皆さんがお待ちです」

 

 昨夜は遅くまで、ウェーブの対策を考えてたら、いつの間にか寝てしまったらしい。

 今日からやることが山ほどあるのだ。

 すぐさま起きると、急いで着替えて部屋を出た。

 食堂に入ると、みんなは食事に手を付けず、僕を待っていてくれた。

 

「遅れて済みません。寝たのが遅かったので──」

「どうせ興奮して眠れなかったのじゃろ。夕べはお楽しみのようじゃったからの」

 

 すかさず姫様のツッコミが入る。

 

「それは誤解です」

 

 姫様は結構しつこいというか、もしかして怒っている?

 僕が席につくと、みんなは食べ始めた。

 

「ちょっと話があるので、食べながら聞いて下さい。皆さんの能力とか詳しく知りたいので、今日は一人ずつ食堂ここで、聞き取りを行いたいと思います。なので指揮官はエクレアさんに、お願いできますか?」

「了解した。任せて欲しい」

 

 エクレアさんが二つ返事で引き受けたのを見て、

 

「すっかり手懐けておるの」

 

 姫様は嫌味ったらしく呟いた。

 もう面倒なので否定はしないけど、やっぱり姫様は機嫌が悪そうだ。

 戦士の二人は既に話を聞いているので、残りの六名と面談をする。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 食事が終わり、後片付けが済むと、早速タルトから始めた。

 僕とタルトは、長テーブルを挟んで、向き合って座っている。

 

「魔人ごとに防御力が違うのは、どうして?」

「ダメージ軽減の魔力に、差があるからです」

「つまり防御力を高める魔素が、あるってことだよね」

「はい」

 

 思った通りだ。

 

「その魔素を含んだ魔石もある?」

「多分あると思います」

 

 それを素材にした服を着れば、防御力を高めることが可能かもしれない。

 人族に手伝ってもらって、魔石を収集するように、タルトに指示した。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 次の面談は、ジェラート。

 エクレアさんは、敵味方問わず対象の状態ステータスを見ることができる。

 指揮するのに必要不可欠な能力だ。

 それはジェラートから与えられたものだという。

 僕も欲しいとお願いしたら、いつも無表情なジェラートが目を見開き、少し戸惑ったような顔をした。

 

「……わかった」

 

 そう言って青い髪の少女は立ち上がり、僕の隣の席まで来ると、

 

「座ったまま、こっちを向いて目を閉じて」

 

 言われた通りにすると、僕の顔に彼女の両手が添えられて、額に柔らかいものが触れてきた。

 これは!?

 思わず薄目で確認すると、彼女は前かがみになって、僕の額に口づけをしていた。

 どうやら能力を授与する方法は、姫様と同じらしい。

 あの時は脳みそを吸われていると誤解して、恐ろしくなり姫様を突き放したんだっけ。

 でも今回は……年が近くて可愛い女の子の胸元が眼前にあり、目のやり場に困った僕は、つい瞼をぎゅっと閉じてしまった。

 勿体ないと後悔するも、再び目を開けるには勇気がいる。

 緊張して固まっている僕には、その時間がやたら長く感じられるのだが、気のせいだろうか?

 ややあって僕から離れたジェラートは、

 

「終わった。目を開けていい」

 

 ゆっくり瞼を上げると、こちらに向き直した隣の椅子に、彼女は腰を下ろしていた。

 僕の正面に座っている青い髪の少女は、いつもと変わらず冷静沈着に見えるけど、顔が紅潮している。

 もしかしてムースさんがヒーリングで寿命を削ったように、ジェラートにも何か悪影響があったのかもしれない。

 それで彼女は、授与を躊躇ったのか?

 

「ひょっとして能力の授与って、弊害があったりするの? 調子が悪そうだけど」

「問題ない。具合はいい」

「でも、かなり時間が掛かったし、顔が赤いよ」

「そ、それふぁ、人族に能力を与えたのは、はひめてだから、念のため長くひただけ。た、他意はない。ほれよりも能力が使えるか、確認して。対象を見ひゃり、ステータスと念じるだけじゃから」

 

 他意はない?

 授与による負荷が大きくて熱が出たのか、彼女は全身を真っ赤にさせた。

 しどろもどろで様子がおかしいけど、大丈夫だろうか?

 普段は冷静沈着なジェラートが、こんなにも動じたような姿を見るのは初めて。

 でも髪の色は明るいので、具合が悪くないのは本当のようだ。

 ジェラートをじっと見つめながらステータスと念じると、ややあって彼女の頭上に、生命力や攻撃力などが表示された。

 

「凄い。ちょっと時間が掛かったけど、ちゃんと見られたよ。これで指揮がし易くなった」

 

 僕にも特殊な能力が使えて少し興奮気味。

 

「慣へれば瞬時に見えるようにゃる。他に用件がなければ、リビングへ戻りたいにょだけど」

「うん。戻っていいよ。ありがとう」

 

 あまり余計な負担をかけて、戦いに支障をきたしたらマズいもんな。

 

「それじゃ……きゃっ!」

 

 どてっ!

 部屋を出て行こうとしたジェラートが、何もないところで躓いて素っ転んだ。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 普段の彼女らしからぬドジっぷりに、僕は驚いて駆け寄り声をかけた。

 

「ひぇ、平気。問題なひぃ」

 

 すぐさま立ち上がった彼女は、何事もなかったかのように平静を装い、部屋を後にした。

 やはりどこか変だけど、本当に大丈夫だろうか?

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 三人目は、双子の妹キャンディ。

 部屋に入ってきたオレンジ髪の少女が、テーブルを挟んで対面の席に腰かける。

 キャンディのステータスを確認していると、彼女は色んな表情をして可愛さをアピールしてきた。

 

「えっと……何してるの?」

「激レア君がウチに見惚れているから、サービスしてあげているんだよ」

 

 本当のことは言いづらいので、ここは話を合わせることにした。

 

「あまりに可愛くて、つい目を奪われちゃったんだ。ごめん、ごめん」

「いいよ、いいよ。いつでも目の保養にしていいからね」

 

 僕の言い慣れていない歯の浮くような台詞に、上機嫌で満面の笑みを浮かべるキャンディ。

 戦闘で役に立ちそうな彼女の能力は、魔法陣を通過した敵を、別の魔法陣へ転移させるというもの。

 味方がピンチの時、敵を遠ざけることが出来れば、撤退せずにすむ。

 ただし魔力が激しく消費されてしまい、味方の転移が出来なくなるので、安易には使えないとのこと。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 四人目は、憧れのお姉様ムースさん。

 彼女のステータスを、確認しようとしたのだが──

 

「大丈夫ですか? 百合さん。ずっと呆けてますけど」

 

 はっ!!

 いかん、いかん。

 つい見惚れてしまった。

 

「すみませんでした。ジェラートからステータスを見られる能力を与えてもらったので、ムースさんの状態を確かめていたんです。だけど、まだ慣れていなくて」

「そうでしたか。邪魔して、ごめんなさいね。どうぞ続けてください」

 

 えっ!?

 いいんですか?

 堂々と眺めていても……じゃない!

 僕はぶんぶんと頭を横に振って、彼女のステータスを確認した。

 そして聞き取りをするも、残念ながら戦いに役立ちそうな情報は、得られなかった。

 しかしムースさんは、存在そのものに大きな意義があるのだ。

 彼女の微笑みが、心地よい声音が、五感を通じて僕を癒してくれる。

 思わずテーブルに肘をつきならが、暫く女神の微笑みに見入ってしまった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 五人目は、茶髪の女の子ビスコッティ。

 通称ビスコ。

 姫様とは同い年の幼馴染で、一番の親友らしい。

 防御力が低くて非戦闘員というのもあって、殆ど話したことはなかったのだが、かなり優秀な存在だと分かった。

 彼女は土属性の魔法を使えて、岩や土を操れるという。

 鋭い岩を敵の下から突き出して、敵にダメージを与えることができるのだ。

 僕は”尖り岩”と呼ぶことにした。

 他にはトークンで岩の壁や泥人形ゴーレムを、出現させられるとのこと。

 攻撃力は、確認した4人の中でも最高レベル。

 こんなに優れているのに、今まで出撃させなかったなんて、完全に宝の持ち腐れである。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 残るは姫様のみ。

 

「なんで妾が最後なのじゃ!?」

 

 後回しにされたと思ったのか、魔王の娘は不満を口にした。

 

「主役はトリを務めるものと、決まっているのですよ」

「そ、そうなのか? なら仕方ないの」

 

 やはり姫様は、ちょろかった。

 本当は戦闘で役立ちそうにないからなんだけど、姫様だけやらない訳にはいかない。

 でないと後でガミガミ言われ、結局やらされる羽目になるのだ。

 金髪の少女は目を輝かせながら、自慢げに能力をアピールしてきたけど、やはり使いどころがないし、予想通りステータスは低かった。

 まぁ、出撃しないから、何も問題はないけど。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 1時間ほどで全ての面談が終わった。

 まだウェーブに対抗するには不十分だけど、想定以上の収穫で大きく前進したと思う。

 

 リビングに戻ると、フラムがゴブリンと交戦中だった。

 僕は魔人や敵のステータスを、スマホの表計算アプリに入力していく。

 

「お主は何をしておる? その手にしておる物は何じゃ?」

 

 振り向いた姫様が、好奇心丸出しで尋ねてきた。

 気付かれないように姫様の背後で操作していたのだが、分析に気を取られて、彼女への注意がおろそかになってしまった。

 姫様は心が読めるから、下手な嘘をついて疑われたら困る。

 

「これはスマホといって、皆さんを救うのに必要不可欠な道具アイテムです。とても繊細な為、魔力で壊れてしまうかもしれないので、絶対に触れないでくださいね」

 

 もっともらしいことを言いながら、後退りをする僕。

 

「そのスマホとやらで、どうやって妾たちを救うというのじゃ?」

魔人みんなや敵のステータスなどをデータベースにして分析すれば、敵の攻略に役立つのです」

 

 姫様は難しい顔をしながら、

 

「うーむ。よく分からんが、その丸い穴は何じゃ?」

「これは、カメラのレンズです」

 

 僕はインカメラにして、実際に映像を見せた。

 

「むむっ。妾の姿が映っておるではないか。まるでエリアを映す、壁のスクリーンのようじゃの」

「そうですね。でもコレは、録画すれば繰り返し観ることが出来るんですよ」

「なるほど。つまりお主は、可愛い妾を録画して、後で何度も堪能しようというのじゃな」

「違います。録画してませんし」

「素直じゃないの。何も恥ずかしいことではない。妾の可愛さは無双じゃからの。お主の気持ちは、よ~く分かる。どれ、ちゃんと撮れておるか、妾にも見せるのじゃ」

 

 いや、本当に録画してないんだけど。

 だけどこれで堂々と、スマホを扱えるようになった。

 

「仕方ないですね。ムースさん、こっち向いて微笑んで下さい」

 

 振り向いた女神様のアップを動画撮影。

 うん。

 これを寝る前に観れば、いい夢が見られそうだ。

 その動画を姫様に見せたら、思い切りど突かれた。

 

「敵が侵入したよ~」

 

 キャンディの警告と同時に、敵の侵入したエリアがスクリーンに映し出された。

 数匹のゴブリンが侵入している。

 引き続き指揮をエクレアさんに任せて、僕は敵の能力分析に専念する。

 ジェラートによると、”敵の攻撃力”から”魔人の防御力”を引いた値が、被ダメージの基本らしい。

 計算上、ビスコッティの防御力では、ゴブリンザコの攻撃を数発受けただけでも、生命力HPは0、死に至ってしまう。

 やはり防具がなければ、彼女の出撃は危険すぎる。

 それにしても、既にフラムのトークンを使いこなしているエクレアさんは、流石だ。

 

 夕方になるとタルトが、麦わら帽子を持ってリビングに現れた。

 

「百合様、ご注文の品が出来ました。防御力に一番効果のある魔素を用いて作ったものです」

 

 彼女には、集めた魔石の魔素について、分析してもらっていた。

 そして防御効果のある魔素を素材にした帽子を、作ってもらったのである。

 ちなみにタルトがコスプレしているメイド長のセイラが、アニメで被ってた帽子の画像を見せて、同じものを作らせた。

 帽子なら着脱が簡単だし、どうせなら実写版セイラタルトに同じ帽子を、被ってほしかったので。

 

「何じゃ、それは?」

 

 早速好奇心旺盛な姫様が食い付いた。

 

「これは帽子といって、頭に被るものです。魔素を含んだ素材で作られています。身に纏いステータスに変化がないか調べるのに、作ってもらったんですよ」

 

 僕は受け取った麦わら帽子を、タルトに被せた。

 うん。とても似合っていて可愛いけど……ステータスに変化は見られなかった。

 どうやら失敗のようだ。

 まぁ、そう簡単にはいかないか。

 

「タルト、もっと防御効果の高い魔素はある?」

「収集した魔石の中には、これ以上の物はありませんでした」

「そっか。悪いけど目的の魔素が見つかるまで、魔石を集めて分析して欲しい。明日からで構わないので」

「はい。では、食事の支度があるので、失礼します」

 

 タルトは帽子をテーブルに置くと、一礼して厨房へ向かった。

 魔石の魔素でステータスを上げるのは、無理なのだろうか?

 だけど防具が無ければ、完全に詰んでしまう。

 いつウェーブが来るか分からないのに、試行錯誤している場合では無いのだけど……。

 僕が頭を抱えて悩んでいると、

 

「どうじゃ、モアイ。妾の可愛さ値がアップしたじゃろ。妾は何を身に付けても、似合うからの」

 

 いつの間にか帽子を被り、ご機嫌な様子でアピールしてくる姫様。

 

「そんな値は、ステータスにありませんから。それにいくら可愛くなっても、敵を倒すのに何の役にも立たないでしょ」

「むむっ。そうなのか? じゃが防御力がアップしたので、これで妾も出撃できるの。大いに活躍してみせるぞ」

 

 姫様が出撃しても、足手まといになるだけ……えっ!?

 金髪少女の頭から帽子の着脱を繰り返すと、確かに防御力の値が変化した。

 

「な、何をする。妾の頭で遊ぶでない」

 

 一体、どういうことだ?

 もしかして魔人ごとに相性があるってことか?

 ビスコッティに帽子を被せてみると、同じく防御力がアップした。

 他の魔人にも試してみると、タルト以外は効果があると分かった。

 まだ充分ではないけど、衣服にして効果を高めれば、ムースさんとビスコッティも出撃可能なレベルになりそうだ。

 その後、ロゼットでも試してみると──

 うん、とても似合ってて可愛い……じゃなくて、防御力が上昇し、人族でも効果があることが確認できた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る