第12話 コスプレイヤー・キターッ!!

 するとノックの音がして、食堂側の扉が開いた。

 

「しぃぃ失礼ぇぇしまぁぁす。みぃぃな様、うぅぉお食事の準備がでぇぇきましたぁぁあ」

 

 タルトの緊張したような上擦った声。

 

「おーっ、グッドタイミング。待ってたああああぁっ? 誰だ、お前は!?」

 

 伏し目がちで顔を赤らめながら、身の置き所がなさそうにしている少女を、フラムは指差して叫んだ。

 桜色のショートカットヘアで、ピンクを基調としたチャイナ風のメイド服を纏っている。

 こ、これは、僕の大好きなアニメ『魔法少女アリス』の登場キャラクターである、メイド長のセイラじゃないか!!

 元の世界で僕がハマったタワーディフェンスゲーム、『魔法の国の防衛戦アリス』をアニメ化したもので、侵略してくる敵から魔法の国を守るというもの。

 

「タ、タルトです」

 

 チャイナ風メイド服の少女は、困ったような顔でおどおどとこたえた。

 フラムは彼女に詰め寄り、訝しげな表情で顔をのぞき込んだり、リボンの付いたお団子カバーに覆われて隠れた角? を触って確かめている。

 なんかヤンキーにガンを飛ばされ、カツアゲされている女の子のように見えるけど、確かに顔立ちはタルトのようだ。

 控え目で目立たない感じだったけど──いつも僕から目を逸らしていたから余計そう見えたのかもしれないが──随分と垢抜けて可愛くなったものだ。

 そんな彼女よりも僕の目を釘付けにしたのは、その後ろに控えているメイド服姿の美少女。

 こちらは黒を基調としたオーソドックスなタイプで、リボンで結ばれたツインテールの髪にホワイトブリムを装着し、白いニーソックスと黒のパンプスを履いている。

 同アニメのキャラで大のお気に入りである、メイドのアイリじゃないか!!

 セイラ──もといタルトと違い、彼女は顔立ちもキャラそのもので、まるでアニメからそのまま出てきたようだ。

 そういえば今朝、ロゼットの服を注文したときに、どんなイメージかタルトに問われたんだけど、女の子の服なんて僕には分からない。

 で、単純に彼女の仕事はメイドっぽいなと思い、スマホの動画──魔法少女アリス──のアイリを見せて、こんなふうにしてと頼んだんだっけ。

 言葉で説明するのは難しいし、百聞は一見にしかずだからね。

 折角なのでタルトにも、セイラの服装を纏うように伝えたんだけど……ってことはアイリは──

 

「ロゼットなの!?」

「は、はい。モアイさん」

 

 僕が驚きを隠せない声で尋ねると、彼女は恥ずかしげにこたえた。

 思わずアイリに詰め寄り、その整った顔立ちを訝しげに凝視する。

 はたから見たらメンチ切ってるように見えるかもしれない。

 フラムの気持ちがよく分かった。

 

「もしかしてロゼットの顔、いじった?」

 

 僕はタルトの耳元で、そっと尋ねた。

 

「いじる……ですか?」

「魔力で顔を変えたの?」

「いいえ。髪の質や色は変えましたけど、それ以外は何もしてません」

 

 マジっすかあぁぁ~!!

 もともと枝毛だらけで、ボサボサの髪が伸び放題、目が隠れていたからまともに顔を見たことはなかったけど、こんな容貌をしていたとは。

 元の世界なら千年に一人のレベルじゃないか!?

 手入れの行き届いていなかった褐色の髪は、お世辞にも褒めらたものではなかったけど、今は色鮮やかな水色になって、天使の輪ができている。

 彼女の変貌ぶりに、思わず僕は息をのんだ。

 僕は忙しかったから、タルトには動画を少し見せただけで、説明も殆どしていない。

 とりあえず着られたらいいや程度にしか、考えていなかったのだけど──髪型から装身具など、全体の雰囲気もアニメのキャラクターそのものに仕上げてくれた。

 この完璧な出来栄えから、タルトの真面目さと能力の高さがうかがえる。

 ならば僕のTシャツも、ちゃんとした絵柄に戻せるってことだよな。

 でもお気に入りだった元の絵はアイリのアップだったので、今となってはロゼットの顔が描かれたTシャツを着るようなもの。

 みんなに変な目で見られそうなので断念した。

 このバッタ物キャラクターだって、味があって笑えるし、そんなに悪くないと、自分に言い聞かせる。

 だけど究極の可愛いコスプレイヤーが、二人も誕生したのは嬉しい誤算だ。

 ちなみに二人の衣装がやたら可愛くてスカート丈が短めなのは、アニメキャラの設定であり、決して僕の趣味ではない?

 まぁ、温暖な気候だから、その方が蒸れなくいいという、僕なりの配慮でもある?

 依頼以上の仕事をしてくれたタルトに、「グッジョブ」と親指を立てると、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 つかつかと姫様がタルトに詰め寄る。

 

「どうしたのじゃ、その可愛らしい格好は?」

「す、すみません。これは、あの……その……」

「僕が着てもらうように、お願いしたんです」

 

 タルトが返答に困っているようなので、すかさずフォロー。

 

「ほ~ぅ。いつからお主たちは、そんなに仲が良くなったのじゃ。そういえば度々モアイは姿を消しておったが、妾たちが必死に戦っているのをいいことに、逢引しておったのか?」

「違いますよ。そんなんじゃないです」

 

 っていうか、姫様は戦っていないでしょ。

 確かにタルトのところへ何度も足を運んでいるけど、それは必要な情報を得るためであり、彼女が日中はリビングに姿を見せないから仕方ないのだ。

 以前タルトの姿がどこにも見当たらなかったので捜すと、部屋で祈る彼女の姿がドアの隙間から見えたことがあった。

 彼女は戦いで力になれない自分を卑下し、みんなの無事を願うことしかできないからと、時間を見つけては祈っていたらしい。

 リビングに顔を出さないのも、みんなの邪魔をしないようにとの配慮だそうだ。

 そんないつも一人でいるタルトが、学校で居場所のなかった僕と重なり、大した用事がなくても彼女に会いに行くようになった……のだけど未だに目を逸らされてしまう。

 もしかして僕、嫌われている?

 大きなお世話だった?

 迷惑だったのかな?

 

「色々とタルトには世話になっているのでそのお礼と、お手伝いのロゼットより見劣りするのは、いかがなものかと思いまして──」

「い、いえ、大した事はしてません。私なんか──」

 

 チャイナ風メイド服の少女は、恐縮した様子で打ち消した。

 

「ううん。本当に大助かりだよ。特に錬成魔法は、なにげに一番凄い能力だと思うもん」

 

 特にそのコスプレ完成度は、エクセレントオオオォッ! と僕は心の中で叫んだ。

 

「と、とんでもないで──」

「モアイ、聞き捨てならぬ。タルトの魔法が一番じゃと!?」

 

 慌てふためき否定するタルトの台詞を遮るように言って、姫様が不満げな表情で僕に詰め寄る。

 

「いや、あくまでも僕の中では……ですよ」

 

 どうやら姫様の機嫌を損ねてしまったらしい。

 いくら魔人の中で最年少? とはいえ、魔王の娘が臣下より評価が低いのは、プライドが許さないのだろう。

 

「戯けたことを抜かすでない。魔王パパの次に偉い妾が、一番に決まっておる。タルトは二番、ムースが三番じゃ」

「はぁ!? チビ姫こそ、なに寝ぼけたこと言ってんだ。みんなを癒してくれるムースの姉御が一番、タルトが二番、三番がフラムアタシだ。チビ姫はランク外に決まっているだろ」

「ちょっとフラム、ランク外はあんまりよ。常に領地の監視を怠らないジェラートお姉ちゃんが一番で、タルトは二番、お姉ちゃんをサポートするキャンディウチが三番、姫様は贔屓目で見ても下から二番目ってところかしら」

 贔屓目で見ても下から二番目って微妙だな。

 っていうか最下位誰だよ。

 気になるだろ。

 臣下からみそくそに言われた姫様は、口をパクパクさせながら涙目になっている。

 

「あ、あの、皆さん。私が二番だなんて、そんな気を遣って頂かなくても。皆さんが命懸けで戦っているのに、私は何の役にも立てていないのですから──」

 

 桜色の髪をした少女は、困惑の表情で居心地悪そうに言った。

 その気持ちはよくわかる。

 みんなに気を遣われ、思ってもいないことを言われると、特に真面目なタルトには、きまりが悪いのだ。

 でも──

 

「何を言っておる。お主が乏しい食材を工夫して、料理を作ってくれるから、ひもじい思いをせずに戦えるのじゃ。腹が減っては、戦はできぬからの」

「そうだぞ。いつもタルトが布団を整え、気持ちよく寝られるようにしてくれるから、ベストな状態で戦いに挑めるんじゃないか。睡眠不足で出撃したら、命を落としかねないからな」

「この御殿を安心してタルトに任せられるから、お姉ちゃんは外の監視に集中できるのよ」

 

 姫様とフラム、そしてキャンディは至極当然とばかりに返した。

 

タルトお主がおらねば、とうに御殿は陥落しておる。お主も一緒に戦っておるではないか」

 

 最後に姫様がそう付け加えると、タルトは両手で口を覆いポロポロと大粒の涙を零して、肩を震わせながら深く腰を折った。

 結局、みんなタルトを認めているのに、本人だけがそれに気付いていなかったようだ。

 みんなの意見を総合したら、やはりタルトが一番じゃね?

 

「それにしても魔王の娘である妾が、臣下より見劣りしては、沽券にかかわるというもの。モアイ、妾の可愛さと威厳が引き立つような、素晴らしい服を作らせるのじゃ」

 

 タルトのコスチュームがえらく気に入ったようで、姫様は大きな瞳を輝かせている。

 っていうか威厳があったの?

 僕は顎に手を当て、しばし黙考すると、

 

「すみません。既にタルトにはかなり負担をかけているし、他に優先させたいこともあるので、その話は折を見て検討させてください」

「あの、私なら──」

 

 と、タルトはやりたいみたいけど、それを僕は手で制した。

 彼女の作業量と魔力の消費は大幅に増加している。

 人族全員の衣服を誂え、いつもより多くの食材が手に入ったので、皮肉にも手間が増えた。

 おまけにロゼットの世話も任せている。

 彼女が意識を戻したら、入浴と身支度をさせて、仕事を教えて欲しいと、タルトにお願いしていたのだ。

 ロゼットがココアのことで気が滅入らないように、忙しくしてもらったので、タルトも大変だったと思う。

 それに姫様の服は、何かの取り引きで使えそうだから、すぐには引き受けない方がいいと判断したのだ。

 臣下思いの姫様は、不満げながらも承諾してくれた。

 

「おーっ、どうしたんだ? 今日の料理は、ずいぶんと賑やかじゃないか」

「はい。人族の皆さんが、たくさんの食材を取ってきてくださったので」

 

 テーブルに並んだ御馳走を見て、感嘆の声をあげたフラムに、タルトは嬉しそうにこたえた。

 朝から何も食べていないので、さすがにガス欠である。

 朝食をとる時間はなかったし、とても喉を通る気分ではなかった。

 敵がいつ攻めてくるか分からないので、魔族みんなは昼飯をとらないとのことだが、きっと食材が乏しかったのも一因ではないかと思う。

 

 僕の隣りでロゼットも一緒に、食事をとることになった。

 魔人たちと同席のせいか、彼女はかなり緊張しているようだ。

 食べ方が分からない人族の少女が困らないように、サポートするのが僕の役目なのだが……何処からどう見ても、ロゼットが大好きなアイリにしか見えず、僕はドキドキして会話もままならない。

 二人でカチコチになりながらも、どうにか食事を終えることが出来た。

 いつものように魔人たちが、風呂場に向かおうとすると、

 

「姫様。ロゼットさんの入浴は、どうなさいますか? 私たちとは別々の方が、よろしいでしょうか?」

 

 タルトが姫様に尋ねた。

 もしかして、同族での入浴って展開ある?

 混浴キターッ?

 期待の眼差しで姫様を見つめる僕。

 

「うむ。そうじゃの。妾たちと一緒で構わぬ。人族の体にも興味があるしの」

 

 僕の方が、姫様より何百倍も興味あるんですけど!! と心で叫んだ。

 魔人たちに付き従い風呂場に向かうロゼットの後ろ姿を見送りながら、あぁ、おしいことをしたな……男のロマンが……などと呟いた。

 おっと、妄想にふけっている場合ではない。

 早急に解決すべき事案について、僕は考えを巡らせた。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ジェラート。ちょっといい?」

 

 僕は風呂から出てきた双子の姉に声を掛けた。

 おもむろに振り返った少女は、眉間にしわを寄せ髪の色が濃くなっていく。

 確か精神状態で色が変化するんだよな。

 どうも彼女にとって、僕の心証は良くないらしい。

 まぁ、いきなりセクハラまがいのことをしちゃったり、キャンディを危険な目にあわせてしまったのだから仕方ないか。

 

「領内に配置してある転移魔法陣の位置や数を、変更することは可能かな?」

「……」

 

 青い髪の少女は無口なのか、それとも僕と口をききたくないのか、押し黙ったままである。

 

「できるよ~。でも、お姉ちゃんの負担が過多になるから、これ以上は増やせないけどね。逆に1つでもあれば、そのエリアの監視ができて映像の投影もできるけど、敵の進攻を阻止できなくなるから、減らし過ぎは実用的ではないんだよね」

 

 さらに髪の色を濃くする姉を守るように、妹が間に割り込んで代弁した。

 魔法陣についてさらに詳しく聞き、最後にリビングで全てのエリアを見せてもらった。

 僕はスクリーンの前に立つと、後ろの二人にバレないように、次々と切り替わるエリアをスマホで撮影。

 全エリアの表示が終わると、姉妹は自室へ戻り、僕は風呂場へ向かった。

 

 入浴を軽く済ませて自室に戻った僕は、すぐさまベッドに横たわり、スマホを操作。

 動画からエリアごとに画像を抜き出し、魔法陣の配置変更を検討、アプリで新たな位置をマークしていく。

 暫くすると軽くドアをノックする音がして、

 

「モアイさん、起きてますか?」

 

 と、囁くようなロゼットの小声がした。

 

「うん。まだ起きてるよ」

 

 そっと扉が開いて、寝間着姿で髪を降ろしたロゼットが入ってきた。

 

「なんか落ち着かなくて、眠れないの。一緒に寝てもいい?」

 

 彼女も僕と同じような個室を、あてがわれている。

 ベッドを使うのも、一人で寝るのも初めてだろうから、無理もない。

 おまけに魔族の屋敷で部屋に独りぼっちでは、不安なのだろう。

 

「ごめん。配慮が足りなかった。いいよ。一緒に寝よう」

 

 ほんの数日前まで一緒に寝ていたので慣れているはずなのに、ベッドに入ってきたロゼットは別人のようで少し緊張する。

 

「さっきスマホを見てたけど、もしかしてココアの写真? 私にも見せて」

「いや、違うけど……」

 

 まだ僕は、愛娘ココアの死を受け止めることができず、出来るだけ考えないようにしていた。

 ロゼットにせがまれて見せた画像は──幸せそうに満面の笑みを浮かべ、顔を寄せ合うスリーショット。

 それを見た途端、僕たちは涙があふれて止まらなくなり、声を殺して泣いた。

 ちょっと前まで当然のように、二人の間にいた天使は、もうどこにもいないのだ。

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