第8話 錬成魔法の使い手

 コン、コン。

 

 ノックする音がして扉が開き、僕より少し年下っぽい初めて見る女の子が入ってきた。

 

「失礼します。皆様、お食事の準備が整いました」

 

 彼女は丁寧な言葉遣いで言うと、出入り口で一礼した。

 

「うむ。夕餉にするぞ。モアイお主の分も用意してあるから、妾についてこい」

 

 姫様は、女の子の前を通り過ぎて、思い出したように振り返り、

 

「おお、そうじゃ。この者は家事全般を担っておるタルトじゃ」

 

 と、僕に紹介してくれた。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 彼女は紫色のおかっぱ頭を深く下げた。

 

「あっ、こちらこそ、お世話になります。大島 百合おおしま もあいです」

 

 タルトという女の子につられて、僕も深く頭を垂れる。

 またえらく腰の低い魔人がいたものだ。

 か細い声で八の字眉の大人しそうな娘で、シャイなのか、ずっと伏し目がち。

 

「ちなみにタルトの能力は錬成魔法で、素材からいろんなものを造り出せるのじゃ。モアイお主の不潔極まりない衣を……詳しく調べて、新しく仕立てたのもそうじゃぞ」

 

 だからタルトは、僕から視線を逸らしているのか?

 恥をかいて顔向けできないのは、僕の方なんですけど──っていうか姫様、あからさまに不快そうな表情で、不潔極まりない衣とか余計なこと言わないでほしい。

 僕だって、めっちゃ凹むんだからね。

 隣の部屋が食堂になっていて、中央に長テーブルがあり、その横に4脚づつ、前後に1脚づつで計10脚の椅子がある。

 いずれもデザインなどが凝っていて、白を基調としたゴージャスな造りである。

 テーブルにある白い皿には、シチューのようなものと、なにかの焼いた肉らしきものが盛り付けられている。

 姫様は上座に、僕は指定された末席に腰を下ろし、他の魔族もそれぞれ席についた。

 念のため確かめたら、肉はミノタウロスではなく、イノシシのような動物とのことで一安心。

 味はシンプルで、調味料のようなものは、あまりないのかもしれない。

 

 姫様は、全員が食事を終えたのを確認すると、

 

「済んだようじゃの。ならば行くぞ」

 

 と席を立ちあがった。

 彼女に付き従い、他の魔人たちも食堂から出て行く。

 慌てて僕も姫様の後を追いかけると、

 

「何故、お主が付いてくるのじゃ?」

 

 姫様が眉間に皺を寄せて問うてきた。

 

「みんな、どこへ行くのかなと思って……」

「風呂じゃ。お主は既に入っておるから必要ない。妾が出るまでリビングで待機しておれ。それと、お主が入る時は、妾たち全員が出てからじゃからの。よいな」

「はい……」

 

 ですよね~。

 残念。

 

「アタシも飯前に入ったんで、もう部屋に戻って寝るから」

 

 大きな欠伸をしながら、フラムは一人2階へ上がっていく。

 僕はリビングへ行くと、スマホを取り出して椅子に腰かけた。

 時刻は午後7時過ぎ。

 魔人みんなが風呂に入ってる今、この建物内を物色して、彼女たちの秘密を探り出すチャンスではないか?

 そっと扉から顔を出し、誰もいないのを確認してから廊下に出た。

 姫様の話では、この建物は2階建てで、ドーナッツ状をしているという。

 1階に食堂やリビング、浴室などがあり、2階に魔人たちの個室があるらしい。

 僕は中庭に面した階段を上って、環状の廊下に出ると、建物の構造を確かめながら慎重に進んだ。

 外側の壁に各個室の扉があり、10以上の部屋があるのを確認して、元の場所に戻った。

 幸い扉にはネームプレートがあったので、誰の部屋なのか分かった。

 知らずにフラムの部屋に入ってしまったら、一大事だからな。

 早速、姫様の部屋から探ろうとしたのだが、ムースさんの部屋が気になり、気持ちが揺らぐ。

 うん。

 調査が手につかないと困るから、まずは綺麗なお姉さまムースさんの部屋からにしよう。

 他人の部屋に、それも魔人とはいえ女性の部屋に忍び込むなんて初めて。

 こんな姿、ココアには見せられない。

 でも、人族みんなを救うためには、仕方がないんだよ。

 そのためなら僕は、どんなことでもするつもりだ。

 それが人の道から外れた行為であっても。

 ドキドキ、ワクワクしながら扉を開けようとして、僕は踏み止まった。

 ジェラートの監視能力を、思い出したからだ。

 もしかしたら今の僕も、監視されてるかもしれない。

 部屋に忍び込んでタンスを物色してるさなか、彼女たちに現行犯逮捕されたら最悪である。

 危うく自分の首を絞めるところだった。

 ムースさんの部屋を拝めなかったのは心残りだが、諦めてリビングに引き返した。

 

 およそ1時間ほどして、ようやく魔族たちが風呂から出てきた。

 僕はスマホの電源を切って、ズボンのポケットに仕舞う。

 好奇心旺盛な姫様に見つかったら、没収されてしまうからな。

 オモチャにされて壊されたら、堪ったもんじゃない。

 

「待たせたの。寝床に案内するから、妾についてくるのじゃ」

 

 姫様が廊下から顔を覗かせて言った。

 彼女の後について行き案内された部屋に入ると、天蓋付きのやたらデカくて立派なお姫様ベッドがあった。

 どうやら此処が姫様の個室らしい。

 彼女は眠そうな様子で寝具に潜り込んだ。

 僕のことは、忘れられてしまったのだろうか?

 自分の寝場所を探すも、これといって見当たらない。

 もしかして床に?

 日本人だから布団があれば床でも構わないけど……室内を隈なく見回すも、それらしきものはない。

 さて、どうしたらよいものかと、腕を組み考えあぐねていると、

 

「何をしておる? お主も、はよ寝んか」

 

 金髪の女の子は寝ぼけ眼で手招きした。

 

「えっ? そこで寝るんですか?」

「むろんじゃ。それとも地面で寝たいのか?」

 

 いくらココアやロゼットと、一緒に寝られるようになったとはいえ、他人と寝るのは抵抗がある。

 それに僕がオモチャ扱いだからって、いいのだろうか?

 一応、男なんだけど。

 

「安心せい。取って食ったりはせぬ。妾は人族を喰らうような卑俗な種族ではないからの」

 

 なんか釈然としないけど、さすがに石畳の上では眠れない。

 

「それじゃ、失礼します」

 

 金髪の少女に背を向け、端っこで横になる。

 

「そんな隅で寝たら、落ちてしまうぞ。遠慮せず、もっとこっちに寄ればいいのじゃ」

 

 姫様は僕の腕を掴み引き寄せようとするが、僕は狸寝入りして無視。

 そうだよ。

 とっとと寝てしまえば心を読まれる心配はないはず……だけど、夢って無意識に考えが浮かんでいるようなものだよな?

 

「うわああああっ!」

 

 僕は慌てて寝床から飛び出した。

 そりゃ、好奇心旺盛な姫様が、異世界の記憶に興味がそそられるのは分かるけど、思春期の男子が見る夢は、かなりえげつないものもあるのだ!

 そんなもん覗かれたら、もう生きていけないくらいハズいだろ。

 10歳の少女には、とても見せられないような内容だったら、どうすんだよ。

 一生姫様に蔑みの目で見られ、逆らえない下僕に成り下がってしまう。

 マジでヤバかった。

 僕の人生が詰んでしまうところだった。

 

「お主は察しがいいの」

 

 彼女は残念そうに呟いた。

 

「僕はどこか眠れる場所をさがします」

「しかたないの。名前のついてない部屋があるじゃろ。そこなら空いておるから、好きに使うがよい。くれぐれも、間違えたふりして他の者の部屋に、忍び込むでないぞ」

「しませんよ! おやすみなさい」

 

 姫様の寝室を出ると、言われた空き部屋に入った。

 もう日が暮れて外は暗いけど、ランプがあるので建物内はそれなりに明るい。

 ランプの中には、燃える魔素の結晶『燃素』が入っていて、火属性であるフラムの魔力に反応して、炎が灯ったり消えたりするらしい。

 それなりに豪華な室内で、天蓋はないけど十分に立派なベッドがあり、僕はさっそく横になった。

 魔族に捕まれば酷い扱いをうけると、ブラウニーに脅されたけど、想像していたのより全然いい待遇である。

 ちゃんとした食事や寝床も与えられているし。

 人族みんなが恐れていたから、もっと怖い存在かと思ったけど、イメージとは大分違うな。

 まぁ、フラムには殺されかけたし……姫様の心を読む能力は……ある意味一番恐ろしいけど…………。

 久々のまともな寝床があまりにも心地よく、ほどなくして深い眠りについた。

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