第7話 タワーディフェンス
「あっ、敵が侵入したよ!! スクリーンに映すね」
キャンディが告げると、フラムの拳が僕を仕留める寸前でピタリと止まり、
「チッ。運のいい奴め。戻ってきたら、必ずぶっ飛ばすからな」
一時的ではあるけど、命拾いしたようだ。
壁には僕の身長170cmと同じくらいの高さで正方形のスクリーンがあり、俯瞰で撮ったどこかの景色が映し出された。
画面の端には、侵入した敵の姿が確認できる。
「エクレア、とっとと指示を出してくれ。コイツを殴り損ねて鬱憤が溜まってるから、
フラムは怒りを露わに、室内の一角にある魔法陣の上に移動した。
なんかゴブリンに負い目を感じてしまうのだが。
画面上には、所々魔法陣のような印がある。
「転送場所は此処だ。キャンディ、やってくれ」
エクレアと呼ばれた魔人は、敵の進行方向にある魔法陣を指して命じた。
アップヘアの銀髪で、きりっとして落ち着いた雰囲気の女性。
人間だと25歳くらいに見える。
「りょうか~い」
キャンディが返事した瞬間、フラムは跡形もなく消えてしまった。
スクリーンに目をやると、エクレアさんが指し示した魔法陣上に、フラムの姿が浮かび上がった。
彼女の足元には緑のバーが、敵には赤いバーが表示されている。
どうやらライフゲージのようだ。
燃え上がる右手の拳で、次々と敵をぶん殴り、一撃で灰にしていく赤髪の魔人。
つ、強えええええぇ。
っていうか、怖えええええええぇ。
自分の末路を目の当たりにして、戦慄が走った。
だけど、これって……まるでタワーディフェンスじゃん。
毎日欠かさず何時間もプレイして、やれない日があると禁断症状が出るほどハマったゲーム。
イースター島へ向かう機内でも、ずっとやっていたほどだ。
そのソシャゲに雰囲気が似ていて、思わず興奮してきた。
「姫様。あの魔法陣のような印の場所に、魔人を転送して戦うのですか?」
「うむ。あれは転移魔法の魔法陣じゃ──」
姫様は、戦いについて詳しく教えてくれた。
領地内はいくつかのエリアに分かれていて、それぞれに
その魔法陣は、敵の侵入を察知する能力もあるという。
壁のスクリーンに各エリアを映し出すことができ、エクレアさんが指示した魔法陣に、キャンディが魔人を転送して、敵を迎撃するというのが基本的な戦い方だ。
また、エリア内には通行止めの標識みたいな×印があり、そこには結界がはられている。
次のエリアに繋がる場所で、敵の侵入を防ぐためのものだが、一定数の敵が到達すると結界は破られてしまう。
つまり、結界を破られる前に、エリアに侵入した敵を殲滅しなくてはならない。
エリアを突破され続ければ、最終的に御殿が攻め落とされることになるからだ。
「もしかしてムースさんも出撃するのですか?」
「ええ。もし味方がダメージを受けて危ない時は、エクレアさんの指示で、わたくしも戦場に向かうことがあります」
「ムースは魔族でもトップクラスのヒーラーじゃ。でなければ、三途の川を渡っておったお主を、連れ戻すことは不可能じゃった」
姫様が自慢げに付け加えた。
あの時、ミノタウロスの角が僕の体を貫いて即死状態だったのに、3日でほぼ完治したのだ。
「ムースさんは命の恩人です。本当にありがとうございました」
「いいえ。わたくしは、シャルちゃんに百合さんを救ってほしいと懇願されたので、それに従っただけです。だから命の恩人はシャルちゃんですよ」
彼女の優しさに満ち溢れた微笑みが、おっとりとして心地よい声音が、花のような甘くていい匂いが、僕の感覚器官を通じて癒してくる。
「モアイ。何を惚けておるのじゃ。さっさと命の恩人に感謝するがいいぞ」
姫様に尊大な態度で言われて、僕は我に返った。
つい女神さまに目を奪われてしまったようだ。
「あっ、ありがとうございます。姫様。ところで他にも出撃する魔人は、いるんですか?」
我を忘れて恍惚とした自分が恥ずかしくなり、話題を変えてお茶を濁す。
「そこの指揮を務めるエクレアは、雷魔法の使い手じゃ。攻撃力はフラムにも引けを取らぬぞ」
そういやゲームでも、雷を使うユニットがあったな。
「雷の攻撃ですか。凄いですね。見てみたいな」
「
「是非、お願いします」
まさにリアルなタワーディフェンス。
思わず興奮してテンションが上がってしまう。
「わ、妾の魔法も凄いじゃろ?」
姫様が期待の眼差しで、話に割り込んできた。
「えっと……どんな魔法ですか?」
「お主が魔族語を話せるように、してやったではないか!」
何故か彼女は口を尖らせて、むっとしている。
「あ──、そうでした。うん。すごい、すごい」
「……お主、妾をバカにしておるじゃろ?」
「そんなことないです。ただ、戦いには役に立たないというか……」
つい本音が出てしまい、さらに姫様の機嫌を損ねてしまったらしい。
思い切りむくれている。
「なら、とっておきの秘術を教えてやから、後ろに来るのじゃ」
姫様は僕の側にきて、声をひそめて言った。
そして僕の座っている椅子の裏で、身を潜めるようにしゃがみ込んだ。
その隣に僕もかがむと、金髪の少女が耳元で自慢げに囁く。
「決して誰にも言ってはならぬぞ。妾は相手の心を読むことができるのじゃ。どうじゃ、凄いじゃろ」
それのどこが戦いの役に立つんですか?
それに僕も似たような能力があるから、特段凄いとは思えないんだよね。
「へぇ~。姫様って、相手の心が読めるんだ? どうして黙ってたんです?」
いつの間にか僕の背後に、這ってきたキャンディが問うた。
「そ、それは……お主の聞き違いじゃ。そんな凄い能力、あるわけないじゃろ」
「だって激レア君に自慢してたじゃないですか。ねぇ、お姉ちゃん」
妹の呼びかけに、ジェラートは無言で頷いた。
姫様は口をあんぐりと開け、しまったという表情で固まる。
あまりにもジェラートの存在感がないからか、隣の席にいることを姫様は忘れていたのだろう。
秘密の会話は、ジェラートに筒抜けだったらしい。
どうでもいいけど、激レア君って僕のこと?
「凄いじゃないですか。そうだ、ウチがなに考えているか、当ててくださいよ~」
大抵は心を読まれたらドン引きすると思うのだが。
キャンディは信じていないのか、それとも能天気なのか、あっけらかんとしている。
まさか疚しいことは何もないから、心を読まれても平気だとか?
そんな奴、いるわけないよな。
「今は……無理じゃ」
姫様は戸惑ったように、歯切れ悪くこたえた。
「もしかして嘘だったんですか~?」
「嘘ではない! ただ、それには相手に触れなくてはならぬのじゃ」
それを聞いて、先ほど僕の左手に、姫様が手を添えてきたことを思い出した。
「あーっ!! それで僕に触れてきたんですね」
「お主は、なかなか素直な奴じゃの。妾を天使のように可愛いとな。ツンデレとはなんじゃ? お兄ちゃんと呼んでほしい──」
「わあああああああああああぁ」
僕は叫びながら姫様の口をふさいだあと、すぐさま手を放した。
マジで心を読まれている。
あの時彼女が僕に触れてきたのを、勝手に好意だと誤解して自惚れていた。
彼女はもっと可愛いと褒めてほしくて、嬉しそうに顔を近づけてきただけなのに、僕はとんだ勘違いをしていたのだ。
一週間履き続けたブリーフをじっくり観察された時と同じくらい、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!
逆に僕の弱みを与えてどうすんだよ。
「へぇ~、本当だったんだ~。凄~い」
関心しきってるキャンンディに姫様は、
「これは秘術だから、他言は無用じゃぞ。特にフラムだけには──」
「アタシだけには?」
恐る恐る声のした方に振り返る姫様。
いつの間にかフラムがテーブルの上で胡坐をかいていた。
「は、はっ、早かったの。ご、ご、ご苦労じゃった……」
姫様は尋常でない汗を流しながら、たどたどしく返した。
「ザコばかりだったからな。それに早く戻って、ぶん殴りたい奴が二名ほどいるのでな」
すっかり忘れてたけど、このままでは僕も一瞬で、灰にされてしまうのだ。
っていうか、一名様増えてますけど?
「そ、そうか……いつから戻っていたのじゃ?」
「二人がこそこそ話しを始めてすぐにだ。で、アタシだけには、何だって?」
すべてを聞かれたと理解したのか、金髪の少女は蒼白になった。
「そうやってアタシたちの心を読んで、面白がっていたのか」
「ち、違うのじゃ。そんなつもりは──」
返事に窮した姫様は、縋るような視線をムースさんに送った。
「フラム、もうその辺にしておきなさい。勝手に心を読むのは良くないけど、わたくしたちはシャルちゃんに選ばれて側近になったのよ。わたくしたちの本心を知ったうえで側に置いているのだから、それだけ信頼しているってことでしょ。だから、ね。許してあげましょう」
「いくら姉御の頼みでも、納得いかない。もし本当にアタシらを信用しているのなら、側近にした時点で全てを打ち明けるべきだ。アタシらは忠義を尽くしているのに、
怒りと悔しさが混じったような目で、姫様を睨み付けるフラム。
金髪の女の子は、何度も首を横に振り否定するのがやっと。
責め立てられ、小刻みに震えポロポロと大粒の涙を零す幼い少女を、僕は黙って見ていられなかった。
「それは違う! 姫様は言いたくても言えなかったんだ」
「はぁ? 人族の分際で何が分かるってんだ!? 余計な口出しをするな!」
フラムは抑えきれない怒りを、僕にぶつけるように声を荒げた。
「僕も同じだから分かるんだ。姫様みたいにハッキリと心が読めるわけじゃないけど、僕は共感力が高くて他人の気持ちが分かってしまうから。相手がどんなに本心を隠しても、それが分かってしまうんだ。それが普通だと思っていたから、幼い頃は平気で他人の本心を口にしていた」
特に大人たちは、お世辞を言ったり、仮面を被ってることが多い。
どうして彼らが嘘を吐くのか、まだ幼い自分には理解できず、釈然としなかったのだ。
「だから、みんなは気持ち悪がって、僕と距離を置くようになったんだ。成長してからは、口に出すことはなくなったけど、他人の本心が分かるのは、とても生きづらかった。僕に対するみんなの嫌悪感が伝わるんだもの。それで僕は、引きこもりになってしまったんだ。姫様は告白することで、嫌われたくなかったんだと思う。だって
一人で悩み苦しんでいたころの心境が蘇り、僕は声を詰まらせた。
フラムは燃えるような赤い髪をくしゃくしゃにすると、
「あーっ、頭が痒くてしょうがない。風呂に入って汚れを落としてくるとするか」
テーブルを降りて姫様の横を通りざま、金髪の頭を軽く撫でて「悪かったな」と呟き、部屋を出ていった。
「フラムったら、本当に素直じゃないんだから」
優しい面持ちで出口を見つめながらムースさんが呟いた。
「何が……ですか?」
「あの娘は、誰よりも仲間思いで、忠誠心が強いの。きっと自らの命に代えてでも、シャルちゃんを守ろうとするわ。だから一層、シャルちゃんに裏切られたと思い感情的になってしまったのね。でも百合さんに言われて、信じきれていないのは自分の方だと、思い知らされたんじゃないかしら。近ごろは戦いで汚れても、なかなかお風呂に入ろうとせず、シャルちゃんに小言を言われていたのよ。それなのに今回は自ら体を洗いに行ったわ。きまりが悪いのもあるでしょうけど、フラムもシャルちゃんに嫌われたくないのよね」
ああ見えて、意外といいヤツ……なのか?
「どうしたの? 浮かない顔してるけど」
「後でフラムにぶっ飛ばされ、灰にされちゃうんですよ。僕」
泣きそうな声でムースさんに訴えた。
「それなら大丈夫よ。だって百合さんは、シャルちゃんの大切なオモチャだもの。壊したりしないわ。わたくしが治せないほどにはね」
つまり、殺しはしないけど、ボコボコにはされるってこと?
「そうじゃぞ。お兄ちゃんは妾の大切なオモチャじゃからな」
姫様は、すっかり機嫌が直ったらしく、瞼を腫らしてはいるが笑みを浮かべてる。
泣いた烏がもう笑って──
「お、お兄ちゃん!?」
「そう呼んで欲しいのじゃろ。妾のような可愛い妹が欲しいって、妄想しておったではないか」
もうこれ以上、僕の恥を晒さないでくれ!
「妹なんて、いりません。僕は、ココアさえいれば、他には何もいらないんです」
「ココア? 誰じゃ、それは?」
「僕のことを本当の父親のように慕ってくれた、人族の小さな女の子です。僕も彼女のことを実の娘のように思っていて、とにかく可愛いんですよ~。僕のこと、とーたんって呼んでくれて、もう最高なんですから~」
「あぁ、あの小汚い幼女か。あんなのが妾よりも良いというのか?」
もちろんです。
比べものになりませんよ。
ココアの圧勝です。
と、大切な娘を罵られ、つい反論しそうになるも、ここはぐっとこらえる。
不満げに頬をふくらませる姫様は、まだあどけないけど、魔王の娘としてのプライドもあるのだろう。
「いえ、そういうことではないんです。だって姫様は、人族とは比べものにならないくらい可愛いですから。それに魔王の娘である姫様が、下等種族の僕をお兄ちゃんなんて呼んだら、他の者に示しがつかないですよ」
「わ、妾は、別に構わないのじゃが……まあ、お主の言う通りかもしれぬ。妾の可愛さは天下無双じゃからの」
そこまでは言ってないけど、とりあえず姫様は納得してくれたようなので、良しとしよう。
「あっ、お姉ちゃんが! ムース姉さん、お願い」
キャンディの声に振り向くと、ジェラートはやつれて鼻水とよだれを垂れ流し、あぶない顔になっていた。
「まぁ、すっかり忘れていたわ。ごめんなさいね」
ムースさんは、完全にイッちゃってる青髪の少女を抱きしめた。
どういうことか尋ねると、
ジェラートは魔族の領地にたくさんの魔法陣をしかけ、敵の侵入を監視している。
個々は大したことないけど、数が多いので、相当な魔力と精神力を費やすらしい。
なので普段は少しでも消耗を抑えるため、人形のようになってしまうのだそうだ。
だけど魔力や精神力が限界に近づくと、あられもない姿になってしまうとのこと。
いつもなら、すぐにムースさんが抱きしめて回復させるのだが、今回はひと悶着あったので忘れてしまったらしい。
だらしない顔の姉が、みるみる血色がよくなり表情がひきしまって、すっかり妹と髪以外では見分けがつかないほどになった。
髪の色も精神状態で変わるらしく、だんだんと明るく澄んだ青空のようになってきた。
なんか美少女同士の抱擁に、
「姉御、次はアタシも頼む」
風呂から戻ってきたフラムが声を掛けた。
ジェラートが終わると、今度はフラムと抱き合うムースさん。
触れる部分が多いほど効率が良く、ムースさんの負担も減らせるらしいけど、お姉さま方が体を絡める姿は目の毒である。
いつもの光景なんだろうが、僕はひとり鼻息が荒くなる。
待てよ。
僕を蘇生した時もフラムさんは、あんな風に抱きしめてくれたんだよな?
まったく覚えてないなんて、もったいなさすぎだろ!
僕は頭を抱えてうずくまり、思いっきり後悔した。
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