第4話 16歳にして父親になる

 体のあちこちが痛くて、僕は目を覚ました。

 あまりに寝心地が悪いので、ベッドから落ちたのかもしれない。

 寝ぼけ眼で天井を見上げると、抜けるような青空が広がっていた。

 ???

 そうだ、僕は異世界に転移してきたんだっけ。

 いきなり牛の化け物に殺されかけたところを、魔族の美人さんたちに助けられたんだよな。

 傷は癒えて痛みも治まっているので、夢だったのではないかと思えてしまう。

 でも、この状況や破れた服などを見れば、事実であると認めざるを得ない。

 そして人族のココアちゃんと出逢った。

 親父以外で初めて、僕を受け入れて必要としてくれた幼い女の子。

 僕はココアちゃんの父親になって、彼女のために生きると心に誓ったのだ。

 それなのに、僕の懐にあるハズの温もりが、僕の生きる糧が見当たらない。

 昨晩はロゼットとココアちゃんの三人で寝たのに、僕は独りで目を覚ましたのである。

 得も言われぬ不安に襲われ焦って起き上がるも、まだ完全に復調していないのもあって、立ち眩みがした。

 目の前が暗くなり、両手を膝について倒れそうになるのをこらえながら、

 

「ココアーッ!」

 

 思わず泣きそうな声で叫んでいた。

 

「お兄たん」

 

 遠くから呼ぶ声がして、目を凝らし必死に探す。

 徐々に視界が戻り、ココアちゃんの懸命に駆け寄る姿が、暗闇から浮かび上がった。

 僕の胸に飛び込んできた少女を抱きとめ、

 

「良かった。良かった……」

 

 涙を零しながら呟いた。

 その紛れもない感触と温もりが、僕を安堵させた。

 まるで幼い迷子が、母親を必死に探して巡り合えた時のような自分に、我ながらどっちが親だよとツッコミたくなるほどである。

 

「モアイさん、大丈夫ですか?」

 

 取り乱した僕を、ロゼットは心配げに声を掛けてくれた。

 

「あ、うん。もう大丈夫。目覚めたら二人がいなかったので、その──」

「ごめんなさい。モアイさんの朝食をとりに行ってたの。それと、久々に水浴をしたから遅れちゃって」

 

 よく見ると、昨日はボロ雑巾のようだったけど、身嗜みが整い小綺麗になっている。

 相変わらずロゼットの顔半分は髪で隠れているけど。

 まぁ、そもそもココアちゃんは世界一なんだけど、さらに可愛くなって宇宙一になった。

 しつこく僕に頬ずりされて、幼女は少し迷惑そうだけど、おかまいなし。

 なんかいい匂いがすると思ったら、髪に花をかざしていた。

 どうやら僕が潔癖症だと告白したせいで、気をつかわせてしまったようだ。

 

「あ、そうだ。”ちゃん”付けだと、よそよそしいから呼び捨てでもいいかな?」

「うん、いいよ~。お兄たん」

 

 ココアに尋ねると、無垢な笑顔で元気よく返事した。

 

「う~ん、やはり親子なんだから、”お兄たん”じゃない呼び方にしない?」

 

 その方が父親が僕だと、周知させることができるもんな。

 

「じゃあ、んとねぇ……とーたん」

「うん、いいね。それにしよう」

 

 例えどんなに酷い呼ばれ方をされても、ココアなら許しちゃうけどね。

 ぐううううぅと、腹の虫が朝食の時間だと告げた。

 

「安心したら、急にお腹が減ってきちゃった」

 

 敷物の上に腰かけ、さっそく食事を頂くことにした。

 

「あのね、ココアもたくさん赤い実をとったんだよ」

 

 僕の天使が自慢げに、それを差し出す。

 その小さな指ごとパクリとくわえると、彼女は目を丸くし慌てて手を引っ込めた。

 潔癖でココアに触れるのさえ拒絶したのは、つい昨日のこと。

 姉妹が唖然としているのも当然だろう。

 

「ココアがくれた実は最高においち~な~」

 

 そんな僕の変わりようが滑稽に映ったらしく、二人の少女は吹き出した。

 もっと頂戴とばかりに、あ~んと口をあけると、ココアは一粒放り込んだ。

 おいしそうに食べて次を催促すると、彼女は嬉しそうにたくさんの粒を流し込む。

 なんか頬を膨らませたハムスターになった気分だぜ。

 

「よう、あんちゃん。そんなもんばかり食ってたら、体がもたないぜ。これ食って力つけろや」

 

 図体のでかい男がやってきて、だら~んとした細長いものを差し出した。

 左頬に十文字の傷があり厳つい顔をしている。

 伸び放題でボサボサの髪と髭面のせいで、何歳くらいか分からない。

 30歳前後だろうか。

 ──って、それミノタウロスの腸だろ。

 まだ肉の方がましだ。

 モザイクがかかりそうなグロさだし、きっとウ〇コが詰まっているよな。

 想像しただけで吐き気がしてきたぞ。

 うぇっ。

 そうでなくてもココア以外が触れたものを口にするなんてムリ。

 ロゼットはココアの実姉だからギリOKだけど。

 引きこもりで拗らせた潔癖は、そう簡単には治らないのである。

 僕は顔を引きつらせながらも嫌悪感が表に出ないようにしつつ、どうしたら体よく断れるか考えた。

 そうだ。

 実は忍者だから、他人から与えられたものは食べられない、とうい掟があることにしよう。

 どうせ忍者なんて、分かりっこないのだから、適当に誤魔化せばいいんだよな。

 真剣な面持ちで、すっと掌を前に出し、

 

「申し訳ないでござるが──」

「とーたんはね、テッペキだから食べられないんだよ。誰かが触ったものは、汚いから嫌なんだって」

 

 僕は開いた口が塞がらなかった。

 テッペキじゃないし。

 

「なんじゃそりゃ。さっきココアの指を舐め回していたじゃねぇか」

「おい、誤解を招くような言い方はやめろ。ココアは特別なんだよ。目に入れても痛くいない、僕の愛娘なんだからな。それにココアが触れたものは汚くないし、それどころか浄化されて悪玉菌はすべて善玉菌になっちゃうんだからな。お通じが良くなって肌荒れ解消、痔にもならないし、健康維持にもつながる。おまけに美味しさが格段にアップして、いいこと尽くめ。どうだ、すごいだろ」

 

 ちゃっかり話題を我が子自慢にすり替え捲し立てる。

 

「うぅ、なんかわかんねぇけど、すごいような、すごくないような……」

 

 男は判然としない顔で呟く。

 そりゃそうだ。

 言ってる自分だって、意味分かんねえし。

 

「それからココアを気安く呼び捨てにしないでください。その特権は、父親である僕だけのものです。次からは”ちゃん”付けにするか、もしくは”姫”付けでもいいですよ」

「……へいへい。わかったよ」

 

 僕の親バカぶりに呆れたように返し、

 

「そんじゃココア姫、これは俺からの献上品だ。受け取ってくれ」

 

 と、グロい物体を差し出した。

 

「やめろ! そんなウ〇コソーセージ、ばっちいだろが。ココア、知らない変質者から物を貰ったり、ついて行ったら駄目だからね」

 

 愛娘を抱き寄せ、定番のセリフで諭す。

 

「おい、誰が変質者だ!」

「そんなもん持ち歩いている時点で警察に捕まるわ。おまけに天使のような幼女をつかまえて、物で釣ろうとする変質者め」

「はん? その幼女の指を舐め回したのは、どこのどいつだ」

「くわえただけだ。人聞きの悪い言い方を──」

「もう! ふたりともケンカしないで!」

 

 ココアが詰め寄る男を押し返して声を張り上げた。

 

「ご、ごめんよ。これはケンカじゃなくて、えっと……そう、僕の天使を悪魔から守るために戦っていたんだよ」

 

 僕の天使に怖い思いをさせてしまい、慌てて取り繕った。

 

「悪かったな、ココア……姫。そんじゃ、俺は戻るわ。あんちゃんも、そんだけ元気なら、心配はいらんしな」

 

 男は寂しさが入り混じったような笑みを浮かべ去っていく。

 

「あの人はゼストさんで、私達の両親がオーガに襲われた時に、ココアを救い出してくれたの。左頬の傷はそのときに出来たものなのよ。両親を失った私達のことを可愛がってくれて、よく妹の面倒も見てくれたわ」

 

 ロゼットは彼の後ろ姿を見つめながら、親しみを込めて言った。

 結局、相手が大人の対応をして引いてくれたので、収まった形である。

 見た目よりもしっかりした感じがして、いかに自分が幼稚か痛感させられた。

 試合に勝って勝負に負けた、といった気分である。

 入れ替わるように族長がやってきて、

 

百合もあい君、そろそろ奥に移動したいんだけど、具合はどうだい?」

 

 僕は愛娘を膝の上から降ろして、時間をかけて立ち上がった。

 ややふらつくも、そろりそろりと歩いて、

 

「ゆっくりなら大丈夫そうです」

「それじゃ悪いけど、さっそく出発しよう。君の歩調に合わせるから、ムリだけはしないでくれ。駄目そうなら背負っていくから、遠慮なく言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」

 

 気を遣ってくれたのにごめんなさい。

 まだ上半身裸の男性におんぶされるのは抵抗があるので、頑張って完歩します。

 骨だけになったミノタウロスさんの横を合掌しながら通る僕を、姉妹が不思議そうな顔で見ている。

 途中からロゼットの肩を借り、林の中を30分ほど進んで開けた場所に出ると、それほど大きくないが水の澄んだ湖があった。

 その湖畔を拠点にするらしい。

 湧き水も出ているので、飲み水には困らないだろう。

 ココアは敷かれた毛皮の上を独り占めして嬉しそうだ。

 

「駄目よ。そこはモアイさんの場所なんだから、どきなさい」

「かまわないよ。僕、ちょっと用事があるから、二人は此処にいてくれるかな」

 

 姉妹に言い置いて、みんなから離れたところにいる、ゼストさんのもとへ向かった。

 じっと湖面を眺めながら一人佇む姿は、どことなくせつなげである。

 

「ゼストさん、さっきは大人げないことをして、すみませんでした」

「はん? 俺からしたら、お前さんはまだまだ子供だけどな。っていうか、張り合った俺もガキだって言いたいのか?」

「い、いえ、そんな。ただ、ゼストさんの気持ちも考えずに──」

「よけいなこと気にすんじゃねぇよ。俺は姉妹が幸せなら、それでいいんだから」

「ゼストさん……」

 

 彼は一瞬優しい眼差しをしたあと、厳しい表情で語り始めた。

 

「半年ほど前になるかな。彼女たちの両親がオーガに殺されたのは。小さなコミュニティーだから、みんな家族のようなものなのに、誰も彼らを救えなかった。誰よりも俺は仲が良かったのに、姉妹を連れて逃げることしか、できなかったんだよ……」

 

 ゼストさんは目に涙を浮かべ、言葉を詰まらせた。

 

「目の前で親を殺されたショックで、しばらく姉妹は心を閉ざしてしまったんだ。そんな二人を、みんなで本当の子のように見守ってきた。俺も我が子と分け隔てなく接してきたつもりだけど、本当の親子のようにはなれなかったようだ。どうやらココアは、俺の実子に遠慮していたらしい。他の奴らも皆子供がいるから、誰にも甘えられなかったんだと思う。俺たちには見せたことないような表情を、ココアがあんちゃんにしていたのを見て悟ったよ。本当は誰かに甘えたくて仕方なかったんだってね。そして後悔した。どうしてそれに気づいて、あげられなかったんだろうって。だから此処で猛省していたところだ──」

 

 ゼストさんは深いため息で話を締めくくった。

 きっと彼らはみんな、本当にいい人たちなんだろうな。

 とても強い絆で結ばれているのが、よく分かるもの。

 だから他人の子でも我が子のように、大切にしているんだろう。

 

「あの、上手く言えないけど、僕のできる限りのことをココアにしてあげるつもりです。めいっぱい愛情を注いで幸せにします。もう二度と悲しい思いをさせません。絶対に」

 

 嘘偽りのない正直な気持ちが口を衝いて出た。

 その思いが伝わったのか、ゼストさんは顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を零す。

 彼はおもむろに歩み寄り、右手を差し出した。

 僕を認めてくれたことが嬉しくて、その右手を両手で握りしめようと──したら速攻でヘッドロックされた。

 

「アッタリメーだ。少しでも姉妹を不幸にしたら、ゼッテーに許さねえからな。テメーの口にウ〇コの腸詰めを、ぶち込んでやるから覚えておけよ。コノヤロウ!」

 

 え、ええええええぇっ!

 嘘でしょ!

 

「い、痛いです。止めてください」

「うっせー。昨日今日やってきた訳わからん野郎に、大切な娘を奪われて嫉妬してんだよ。悪いか、コノヤロウ!」

 

 恨み節を述べながら、更に締め上ける。

 

「ギ、ギブ、ギブです」

 

 何度も彼の腕を叩くも、そんなルールなど通じるわけもなく、無駄な足掻きだった。

 やっぱこの人、ガキだ。

 

 陽が傾きかけたころ、姉妹は夕飯の調達に出かけた。

 それを見計らったように、一人の青年がやってきて声を掛けてきた。

 

「おい、お前。なんで逃げない。魔族に捕まれば終わりだぞ」

 

 少し無精ヒゲを生やしているが、僕より2~3歳年上だろう。

 小麦色の肌で、適度に引き締まった良い体格をしている。

 

「えっと、どうなるの?」

「きっと奴隷として一生こき使われるか、敵との戦いに駆り出され討ち死にだろうな」

「でも魔族から逃れるのは不可能なんでしょ。だから君たちも、そうしないんだよね」

 

 図星だったらしく、彼は反論できずに口をぱくぱくさせた。

 

「たとえ逃げ切れたとしても、この世界で僕が生き抜くのは難しいし、何よりもみんなが魔族から酷い目にあわされてしまう。殺されてしまうかもしれないんだよ」

「フン。お前を魔族に差し出しても、オレたちが無事でいられるという保証はどこにもない。奴らが約束を守るとは限らないのだからな」

 

 険のある言い方で、厄介者を見るような目を向けられた。

 どうやら僕は、彼に快く思われていないようだ。

 

「何かあったのかい? ブラウニー」

 

 不意に背後からジェノワーズさんに声を掛けられ、びくっとする青年。

 

「ジェノさん。な、何でもないです。そんじゃオレも食料の調達に、行ってきますね」

 

 ブラウニーと呼ばれた若者は、そそくさとその場を去っていく。

 

「君が気疲れするといけないので、しばらくは姉妹以外が接触するのを、禁じていたのだけど──」

 

 族長はブラウニーの後ろ姿を見ながら、困ったように言った。

 それで他の人は、遠巻きに僕を見ていたんだ。

 てっきり警戒されているのかと思ったけど。

 

「ブラウニーが失礼をして、済まなかったね」

「いえ、大丈夫です」

「きっと彼は君に、嫉妬しているんだと思う。根は悪い子じゃないので、許してやってほしい」

 

 族長の話では、青年も孤児だからか姉妹と気が合い、よく面倒を見ていたそうだ。

 姉妹の両親がオーガに襲われたときも、命懸けでロゼットを救ったらしい。

 ブラウニーの顔には、頬から鼻を通って横一文字の傷があるが、そのときに負ったものだそうだ。

 もう伴侶を得ていてもおかしくない歳なのだが、ロゼット以外に年ごろの娘はいないという。

 ブラウニーは彼女に好意を寄せているので、いずれ娶るのが当然の成り行きだったらしい。

 ゼストさんふうに言えば、『昨日今日やってきた訳わからん野郎に、大切な嫁を奪われて嫉妬してんだよ。悪いか、コノヤロウ!』ってところだろう。

 意中の少女が僕と添い寝して、此処に来る途中も肩を貸して密着していたのだ。

 そりゃ、内心穏やかではないだろうな。

 もちろん僕はロゼットに対して、恋愛感情や下心はこれっぽっちもない。

 一緒に寝たのだって、彼女が毛皮の上で眠りたかったからで、僕の意向ではないのだから。

 僕の知らぬ間に、あちこちで恨まれているような気がするんだけど……。

 

「なんか、いろいろと迷惑をかけているみたいで、すみません」

 

 とりあえず族長に謝っておく。

 

「とんでもない。君のおかげで魔族の領地ここに居られ、みんな人心地をつくことができたのだからね。心にゆとりができて、十分な睡眠もとれたし、水浴もできるようになった。これまでは、いつ敵に襲われるか分からず、気が抜けない状況だったからね。まぁ、君を快く思っていない者も一部いるみたいだけど、恩恵を受けているのは分かっているはずだよ」

 

 だからジェノワーズさんは、他の人が僕に近づかないように、してくれていたんだ。

 どうやらこの世界では、人が生きて行くのはかなり難しいようである。

 この先を見据えて、いろいろと情報を得ておいた方が良さそうだな。

 

「その敵のこととか詳しく教えてくれませんか? 何も分からなくて……」

「ああ、構わないよ。俺の分かる範囲で良ければね」

 

 そう前置きして、族長は僕の質問に丁寧にこたえてくれた。

 この世界には多種多様な種族がいて、そのうち人族にとって主な天敵となるのは、捕食者のオーガやミノタウロス。

 他には、獰猛で好戦的なオークやゴブリン、ノールにも狙われるので要注意だそうだ。

 魔族は元来、厭戦的な種族なので、それほど恐れられる存在ではなかったらしい。

 魔法は、魔族やエルフなど一部の種族に与えられた能力アビリティにもかかわらず、それ以外の種族の中にも、魔法を扱うものが現れたという。

 その力を得た獰猛で好戦的な種族は、世界を支配していた魔族の領地を次々と蹂躙していった。

 それ以来魔族は、害と見なせば人族でさえ容赦なく、手に掛けるようになったのだそうだ。

 人族は天敵から襲われることが多くなり、住処を追われて数も大分減ってしまったらしい。

 このコミュニティの人数は19名で、そのうち夫婦が4組と男やもめが1名、それぞれに計7名の子供がいる。

 残りは孤児のロゼットとココア、そしてブラウニーの3名だ。

 他のコミュニティがどれだけ生き残っているのか分からず、族長は憂い顔で、人族が滅ぶのも時間の問題だろうと零した。

 ちなみに、この世界は長きにわたり魔族が統治していたので、魔族語が共通語になっているとのこと。

 だから僕と人族が支障なく会話できているのだ。

 そこに姉妹が戻ってくると、

 

「じゃ、俺も食い物を調達してくるかな」

 

 族長は姉妹に笑顔を見せて去っていった。

 彼の姿が見えなくなると、ぞくぞくと子供たちが集まってきた。

 全部で7人、うち2名は中学年くらいで、残りは幼児である。

 勘弁してくれよ。

 ブラウニーの次は、がきんちょが総出で文句を言いに来たのか?

 まさに二度あることは三度あるってやつだな。

 どうせ、姉妹を独り占めするなとか、こき使うなといったところだろう。

 だけど僕も父親としての面子があるので、愛娘の前で非難轟々になるのは避けたい。

 じわりじわりと距離を詰める敵に対して、僕はファイティングポーズで牽制する。

 僕の殺気を感じ取ったのか、彼らはその場で金縛りになった。

 ふっ、勝ったな。

 僕の他人を寄せ付けない技にも、大分磨きがかかったようだ。

 

「ココアがね、自分の父親を友達に自慢したくて、みんなを呼んだのよ」

 

 にらみ合いが続いて気まずい雰囲気を察してか、ロゼットが耳元でそっと教えてくれた。

 やっちまったあああああっ!

 僕のあぐらの上に座っているココアから見えないのをいいことに、これでもかというほどガンを飛ばして威嚇してもうた。

 愛娘の友達、それも幼い子相手に全力でめんちきるなんて、めっちゃ印象悪!

 

「なんちゃって~~~~ぇ?」

「………………」

 

 両手を頭にのせて輪をつくるポーズで、陽気に振る舞って誤魔化すが、まったく通じない。

 それどころか、異様なものでも見るような目で、完全にひいている。

 僕は頭を抱えて猛省しながら、静寂は辛いから無反応はやめてくれと、心で叫んだ。

 『とーたんなんて、大嫌い』と、ココアの泣き去る姿が脳裏をよぎる。

 うわあああぁ。

 どうしよう。

 なんとかしなくちゃ。

 とにかくココアの期待に沿うべく、いい父親役を演じて汚名返上せねば。

 子供だましが通じるか分からないけど、ええい、ままよ!

 僕の天使をあぐらから降ろし、相対するように座らせると、ぱんっと手を叩いて突き出す。

 

「みんな~。この手に、ちゅうも~く。あら不思議、この親指が消えちゃうよ~」

 

 元の世界ではお馴染みの、指消しマジックを披露すると、思いの外観客の反応は上々で、素直に驚いている。

 引きこもって暇だったから、ネットサーフィンで見つけた動画をマネしたものだ。

 誰に見せるともなくやっていたので、まさかこんなところで役に立つとは夢にも思わなかった。

 さらに他の指も消してみせると、子供たちは目を輝かせながら歩み寄る。

 あまりに反応がいいので、僕も興がのってきた。

 小石を右手で握って、その甲を左の掌で覆い、

 

「さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。この石ころが、掌を貫通して甲の上に出てくるよ」


 何度か両手を上下に振って、左の掌をどけると、右手の甲の上に小石が現われる。

 

「ココアのとーちゃん、すげーな」

「まるで魔族みたい」

 

 ココアを取り囲んだ友達から、次々と称賛の声があがる。

 その後もいくつかの手品を披露して観客を虜にすると、仕上げは一緒に遊んで、彼らの心をわしづかみにした。

 あっち向いてホイや、だるまさんが転んだで大盛り上がり。

 この子たちは生きるのに精一杯で、殆ど娯楽はなかったのだろう。

 だからこんな素朴な遊びでも、夢中になるんだろうな。

 暗くなり始めたのでゲームセットを告げると、ココアの友達が何人も僕にまとわりついてきた。

 僕の潔癖アンテナがビンビンに反応するけど、もちろんそんなことはおくびにも出さない。

 ココアが専用の特等席(僕のあぐら)に座して、浄化してくれいてるのでノープロブレム。

 子供たちの笑顔もそうだけど、何よりも僕の天使ココアが自慢げで、喜びに満ちた表情を浮かべているのが、最高の御褒美なのだ。

 最初はどうなるかと思ったけど、なんとか愛娘の期待に応え、父親の面目を保てたようである。

 夕食を終え、ココアと床に就くと、当然のようにロゼットが添い寝して、川の字になった。

 どこからともなく漂うブラウニーの殺気を、ひしひしと感じ悪寒が走る。

 

「あのぉ……ロゼット。若い女の子が、男と一緒に寝るのは、いかがなものかと──」

「どうしてですか? 寒い時は、みんなで寄り添って寝ますけど……やはり迷惑ですか?」

 

 元の世界の常識は通じないし、かといって角が立ちそうだから、ブラウニーの殺気については告げられない。

 ロゼットが毛皮で寝られるのも、魔族が僕を迎えに来るまでだろうし、献身的に尽くしてくれる彼女への御褒美を奪うのも気が引ける。

 迷惑といえば、迷惑なんだけど、さすがに寝首を掻かれることはないだろう。

 

「ううん。ぜんぜん。君さえ良ければね」

「よかった。それじゃ、おやすみなさい」

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