最終話 ネー
前回のあらすじ:素炉平は溶岩に落ちた
※残酷描写有り、暴力描写有り ──――――──――――──――――──――――──――――──――――──
素炉平は溶岩に落ちた。
打ち上げられるような流れに乗って、どこかに着いた。
神様の居るところだった。
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶されたので、挨拶を返した。
……神様は、こちらを見て驚いているようだ。
「…人、か?」
「はい。人です」
素炉平が……人型の骸骨が答えた。
「そうか…何か用か?」
「善行により幸運になるルールを止めてもらいたいんです」
「……私には止められない」
「いや、神様の方から力が流れているんですが」
「……私は神様じゃない。人間だよ」
「……他の人は神様と呼んでましたが…」
「私を知らない他の人が何を言おうと、現実は変わらない。私は人間で、私のパートナーたちが神様なだけだ」
顔が見えるように髪を横に流した神様は、顔以外の体表に隙間なくびっしりと相合傘が刻まれているのが見えた。
「そうでしたか…それでは、止めていただくようにお願いできませんか」
「……私の意志に関係ない、善意の押し付けだからね。何を言っても話を聞いてないんだ。迷惑をかけたなら、すまない」
そう言って、人間は頭を下げた。
素炉平は頭を抱えた。
「……どうすれば」
「私が目を覚ましたから、パートナーたちのところに連れていかれるところなんだ。私がこの世界から居なくなれば、力は止まるだろう」
「!」
「……君のお願いは、何もしなくても叶う」
「そうでしたか…よかった………?」
……力が止まったら、どうなるんだ?
善行により幸運になるルールがあるから成り立っているように見えた。
もしかして。
「それでは」
「あの!」
「?……まだ何か?」
「善行により幸運になるルールが全部止まったら…この世界は…」
「ん?それが君のお願いなのだろう。……余計なルールが足されて引かれるから、それに振り回されたものたちが死んで、次が生まれることになるだろう」
「そんな…」
「……なんだ?君のお願いは叶うはずだが」
「違うんです……ギャンブルが普通にできれば、それだけでいいんです…」
「………………私には、どうにもできないな。すまない」
「……嘘、ですよね」
「本当のことだよ」
「それなら、なんで目を覚ました時、火山が噴火したんですか」
「ん?そんなことがあったのか」
「あなたはあのとき、うるさいと言っていました」
「うーん……寝ぼけてたんじゃないか」
「あなたは怒っているみたいでした」
「そりゃあ、寝起きは機嫌が悪いだろう」
「あなたが怒ったら、それに合わせて火山が噴火するのは、あなたに力があるのでは?」
「いや、私のパートナーが、世界を超えて私を呼び戻すための噴火を起こしたんじゃないか?」
「……本当に、あなたには、力が無いんですか……」
「無いんだ。人間は、無力なんだ……君が私を起こしたなら、君は、神の力を超えたんだろ?……なあ、君なら、自分でなんとかできるんじゃないか?……君がやればいいじゃないか……」
人間は、暗く、淀んだ目をした。
「……本当か試しますね」
「何?」
素炉平は、人間を槌で殴ろうとした……が、外した。
素炉平の目の前から、人間は姿を消していた。
「……力が無い、というのは嘘ですよね」
「……いや、本当のことだよ。元々の私には、無かった」
素炉平は、後ろを振り返り、人間を見つけた。
「ただ、あまりにも多くのパートナーを、私一人で相手する必要があるから……それに必要な力を押し付けられているだけだ」
「それは、力があるじゃないですか。居なくなるのを、ちょっと待っていただけませんか」
「できない。私が待つわけにはいかないんだ」
「何故ですか」
「私がパートナーたちを放置するのは、駄目だから」
「……この世界の人達が死んでも、それを優先しなきゃいけないんですか」
「ああ。ただ死ぬだけなら、転生だって叶うだろう。それなら、マシだ」
「あなたがパートナーたちを放置すると、もっと大変なことがあるんですか?」
「……そうだ」
「その内容は教えてもらえますか?」
「パートナーたちの機嫌が悪くなる。パートナーたちは神で、力も凄い」
「……この世界の人達が死ぬ程度では済まない、ということですか」
「……………」
人間は、目線で頷いた。
「……ふー……」
素炉平はため息を吐いた。
「……ちょっとだけ力を貸してもらうことも、できないんですか」
「ああ。この力も全部、パートナーたちのための力だから。君に反撃することになら力を使えるだろうが……」
「ごめんなさい。それは遠慮させてください」
「そうか……だから、君のために私ができることはない」
「…………わかりました。自分でなんとか」
突然、素炉平は倒れ、空中から床に落ちた。
「なん……だ?」
いつの間にか、周りがごちゃ混ぜの色で何もわからない。
「……どうやら、あの世界の外に出てしまったようだ。もう、時間切れだ」
「そ…んな…」
「倒れている君を運ぶこともできなくてすまない。久しぶりにまともな会話ができて感謝しているが、パートナーではない君のために何かをすることはできない。……今から、というのもできないか。君には、既に他のパートナーが居るみたいだからな」
「!」
素炉平はネーのことを思い浮かべた。その思い浮かべたネーは、欠けていた。
「は?」
ネーのことが、ネーの記憶が欠けていく。
「はあ!?」
「……もしかして、君は記憶が消えていくのか?ここは死後に魂が初期化されるところだからな」
「ふざけ…!?」
素炉平は、ごちゃ混ぜの色に流され、どこかに向かい始める。
「な!?ど、どこに?」
「君の転生先だろうね……さよなら」
「待っ」
素炉平は一瞬のうちに、声が届かぬほど遥か遠くに運ばれていた。
「……くそ…………くそぉ…………」
周りの、ごちゃ混ぜの色には見覚えがあった。
好きな異世界に行けるンダーを使ったときに見た。
だから、転生先に行くというのは本当なのだろう。……死んだ覚えはないが。
「うぐっ!?」
頭の中が空っぽで、何も考えられなくなりそうな、おぞましい感覚がする。
前の時は願力財布の【巻き添え防止】で守られていたが、今回は守られていない。
一度しか使えないのか…まあ、いつものように理想郷が創り直されたりしてるわけではないからな…いや、今の俺なら願力が使えるはず…。
「……?」
願力財布が無かった。どこかで願力財布を落としたらしい。願力財布に【巻き添え防止】の力があるため、それに願力を使えればよかったが…。
「マジか……」
頭の嫌な感覚は増すばかり。
「あ…ああ…」
ネーの記憶が、欠けている。
ネーの笑顔が、思い出せない。
「嫌だ…」
ネーが――――――――、俺を受け入れてくれたことを、忘れていく。
ネーの顔が―――――――、―――――、―――愛――――――――を、忘れてしまう。
俺の心が、欠けていく。
「ぐ…ぅ…っ!?」
(あいつと話してたから時間が無くなった)
俺とネーが、愛を言い合って、笑いあった声の、音が飛ぶ。
(俺が自分で何とかしようとしなければ、不幸になることが決まっているんだ)
ネーの白くて、光に当たるとキラキラする髪の毛の、さらさらとした感覚が、零れ落ちていく。
(俺が不幸を選んだから)
ネーのとろんとした目が、シャボン玉のように弾けて消える。
(こんな俺はいらない)
ネーの小さな鼻とくっつけた感触が、どろりと溶ける。
(それでも、ネーと一緒に居たい)
ネーの頬をこすったら、崩れた。
(ネー)
ネーのすべすべの肌が、どれだけ手を伸ばしても届かなくなる。
「ネー」
素炉平は願力を使った。それは成功した。そして、記憶は欠けていく。
ネーの全身と触れ合ったことが、愛し合った熱が、失われて、冷たく、寒くなっていく。
冷たくなったネーが、焼けて燃えカスになって、風に吹かれて、完全に消えて無くなってしまった。
そんな錯覚を感じた。
寒い。
ずっとあった寒さが、戻ってきた。
俺の心に、穴が開いた。
「………」
そのまま、色々な記憶が無くなっていくのに、まるで何も感じなくなっていた。
ネーと過ごした記憶以外が失われることに、何も感じなかった。
ネーだけだった。
いつのまにか、ネー以外、どうでもよくなっていた。
自分自身を含めて、いらないと思っていた。
「……ぁ」
そして、―――の記憶は、全て無くなった。
魂が初期化された……はずだった。
「ネー」
それでも、ネーだけは、覚えていた。いや、魂に刻まれていた。
だから。
「ネー」
―――は、世界の基本的なルールには従う人間、だった。
だから、魂の初期化を受けていた。
しかし、記憶を失った今、―――にそんな考えはない。
あるのは、ネーだけだ。
だから、世界の基本的なルールに従わない。
【俺のダイスの目は揺らがない】なら、それができる。
一度辿り着いてしまった力は、呪いのようについてくるものだ。…いらないと思っても、捨てられないこともよくある話だ。
―――もまた、記憶を失っても、力の名前すら忘れても、力を使うことはできるのだ。
転生誘導は、―――を止められなかった。
―――は、ふらふらとしながら、少しずつ、少しずつ、ネーの方へ…ネーが居る世界に向かう。
ネーが何なのか、まるでわからないのに。
それでも、ネーを求めて、進み続けた。
…転生道にあるのは、魂だけだ。しかし、―――は、人体の白骨だった。頭から足の指先まで、全身の骨があった。加えて、両目の目玉…【理視】もある。まるで、その骨が魂であるかのように、自然に存在し、自然に歩いていた。
その歩みを、何にも止めることはできなかった。
―人間と素炉平が居なくなった後の世界―
ふと、空が黒くなった。
星が爆発し、大地が空に向かって昇る。
空の黒が、落ちてくる。
空に向かって昇った大地が、空の黒を押し返す。
空の黒は世界の終わりであり、大地を昇らせた爆発は世界の始まりである。
大地の上の命は全て地に這いつくばり、世界の終わりに吞み込まれ、なすすべなく潰える。
世界の終わりと、世界の始まりがぶつかり、拮抗する。
世界の始まりによって遮られた黒は、星から見上げると青く見えた。
そして、星はあっという間に時が流れ、星の爆発前と変わらぬほどの命が溢れた。
何度も世界が始まり続ける、その繰り返しが少しの間止まっていただけに過ぎない。
これからも、この世界は始まり続ける。
―どこかの世界―
「お前は「俺が目を「私の「あたしんところ「あたいの「我々が「余が「このわたくしの「俺様の「吾輩の「さるお方の「貴様は「ぼくの「がああ「げげげ「くかかか「ぎょ「びびび「ぺぺぺぺ「ぼぼぼ「へっへっ「ばうばう「にゃー「こここ「びちゃ「ぴょぴょ」…
ドレスを着た一人を巡って、一つの世界の全生命が争っていた。
そこに人間が来た。
「見つけましたよ」
「あっ」
人間は、ドレスを着た人をお姫様抱っこして、すぐに姿を消した。
「……あれ?」「今まで何を」「あら、もうこんな時間」「ばう」「にゃー」…
争いは終わり、世界に平穏が戻った。
そんなことが、様々な世界で起きる。
世界が弄ばれることは防がれる。
生贄が続く限り。
―???―
死んだら終わり。
それが当たり前。
だから、生まれ変わったとしても、それはもう素炉平ではない。
「…ここ、なんか落ちてきたけど、あんた知ってる?」
「…はい。なんか落ちてきて、ご主人が死にましたネー」
「へー、そうなんだ」
「…ご主人が死んで、私だけ生き残って…私は何をすればいいのでしょうネー」
「知らねーよ。好きなように生きればいーでしょ」
「好きなように生きる…私は食われることと、調理することしかできないですネー…」
「なんで!?えっ?あんた人間にしか見えないけど…人間を食べるの?ご主人って魔物とか?」
「いえ、ご主人は人間で、私は家畜の餌でしたネー」
「……あんたは家畜の餌なんかやらなくていいから」
「…では、何をすれば…」
「しょうがないから、あたしについてきなさい。…あ、あたしの姿見えないか」
「……いえ、見えますネー」
「本当に!?…じゃあ、あたしはどこに居る?どんな風に見える?」
「私の左隣ですネー。姿は、赤…いや、黒…赤と黒の髪で、服は黒と金で、胸が大きいですネー」
「おー…あたし、そんな見た目なのか。あたしのこと見えない人ばっかりで困ってたのよねー。ちょっとあたしを助けてくれない?」
「…はい。私がすればいいことならネー」
「…その言い方嫌い。あんたはやりたくないの?」
「いえ、お役に立てるならやりたいですネー」
「じゃあ、やりたいときはやりたいと言って。やりたくないならやりたくないって言って。」
「はい。やりたいですネー」
「何を?」
「えっと…あなたを助けることをですネー」
「よし。じゃあ、これからよろしく」
「はい。よろしくお願いしますネー」
…そこから始まるのは、素炉平ではない誰かの話。
だから、この物語はここでおしまい。
―終―
ウェ・デン・リコ・イ ダルミョーン @darumyo_n
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