第9話 決意の日に

PTSD。

実際にそういう言葉を聞くのは初めてだ。

それが現実にあった。


俺は.....夢色のその姿に眉を顰める事しか出来ない。

夢色は落ち着いてから俺を見つめた。

涙目で、お兄。御免なさい、と。

俺は夢色を真剣な顔で見る。

ソファに座っている夢色に聞く。


「.....何で謝るんだ?」


「.....お兄の事を.....あんな人と重ねた.....だからごめんなさいって.....」


「.....それは仕方が無いだろう。夢色。.....そんな事をされれば誰だって怖いんだから」


「.....イヤだ。あんな男とお兄を重ねたくない」


「.....夢色」


俺は夢色の手を優しく握る。

それから夢色の頬に手を添えた。

夢色は俺を涙を流しながら見上げてくる。

そしてまた泣いた。

悔しい、と呟きながら、だ。


「お兄は悪くない人なの。だから嫌だ!こんなのイヤ!」


「.....夢色.....」


姫と有栖が俺を夢色を優しく見守る。

俺はその姿を見ながら号泣して俺に縋る夢色を見る。

夢色の頭を優しく撫でて俺も涙を浮かべた。


こんなに傷付いているんだな.....夢色は。

そして姫も有栖も、だ。

俺は悔しくて.....仕方が無かった。

心配でもある。


「.....夢色。大丈夫だ。俺は傍に居るから。お前の傍に、だ。.....だから泣かないでくれ」


「.....いっしょ?」


「.....ああ」


夢色は目を擦る。

そうだ。

俺はこの3姉妹と一緒だ。

あの母親の様に.....俺は道具の様に扱ったりしない。


夢色は夢色だ。

そして姫も姫だ。

それから.....有栖も有栖だ。


個性が有るのだ。

あの母親は俺を道具。

つまり.....俺を誇りの素材にしていた。

そんな事は有ってはならない。

思いつつ俺は夢色を撫でた。


「.....俺は夢色。お前も姫も有栖も裏切る真似はしない。.....そう誓うよ。.....昔はそうは思えなかったけど.....お前らを見ていて.....思ったんだ」


「.....お兄ちゃん.....」


「.....」


「お兄。やくそく」


「.....ああ」


気が付いてないと思っているかも知れないが。

洋子さんが.....涙を流して、有難う、と言いながら口に手を添えている。

陰に隠れて、だ。

俺はその姿を敢えて見てないとしながら姫と有栖を見る。

姫は、お兄ちゃん。有難う、と頭を下げた。


「アンタの母親.....相当大変だったって聞くけど。何でそんなに強いのよ」


「俺はお前らを守る筋力も無い。.....だけど絆は強いと思っている。だから俺は諦めない事を決めたんだ。お前らを見ていてな」


「.....強くない.....」


「そう。強くない。俺は.....本当にな」


俺は病院にも行った事が有る。

だけど母親がおかしくないと言ってしまって俺は更に狂った。

まあそれで居ながらも俺は今、生きている。

だからまあそれで良いかと思いながら。

だけどこいつらはそんな訳にはいかない。


「正直言って俺はお前らを嫌悪していた。だけど.....違うんだなって」


「.....何時までも嫌悪していても仕方が無いって事?お兄ちゃん」


「そう思えたって事だ。これが大人になる。そういう意味なのかもな」


「.....」


有栖は俺を見てから横を見た。

俺はその姿に苦笑しながら夢色を見る。

夢色は幼い笑顔を見せた。

そして起き上がる。


「もう大丈夫。お兄。.....お部屋に行きたいな」


「.....本当に大丈夫か?お前」


「うん」


「.....そうだね。大丈夫そうだね。夢色」


「.....まあ.....夢色が言っているから良いんじゃない。何かあったら直ぐに言って夢色」


うん。有栖お姉ちゃん。

とニコニコする夢色。

俺はその姿を見ながら膝をバシッと叩いた。

それから、じゃあ行くか!、と笑みを浮かべる。

夢色は、おー、と手を挙げた。


「.....すっかり懐いたね。お兄ちゃんに。夢色」


「そうね」


でも先は長いよ、と有栖は姫に言う。

そうだねお姉ちゃん、と姫は話す。

先が長い、か。


多分.....学校の事とか。

成人までの事だろう。

考えながら俺は少しだけ複雑な気持ちになった。

夢色が大人になるまで俺は.....。

と思う。


「夢色。どんな大人になりたい?」


「.....私?わたしは.....うーん?」


「.....まあその時に考えれば良いか」


「うん。今はかんがえられない」


考えられない。

それはきっと.....髪の毛の事とか、だろうな。

有栖と姫に頷きながら。


俺は少しだけ.....唇を噛んでからそのまま夢色と2階に上がった。

そして部屋に案内する。

そこら辺の少しだけ埃を被った荷物を退かしつつ、だ。

夢色は、これがお兄のへやなんだね、と柔和になる。


「汚い部屋ですまん」


「汚い部屋じゃ無いよ。わたしの部屋が汚いし」


「.....そうか。適当に座ってな」


目の前には机が有る。

そしてクッションも有る。

そこに夢色はスカートを整えつつ座った。

それから周りをキョロキョロと見渡す。

興味深そうに、だ。


「.....お兄はラノベがすきなの?」


「.....まあ小説は好きだな。俺は.....それなりに」


「文章をよむのって偉いね」


「.....そうかね。ただ幼稚な文章を読んでいるだけだけどな」


「.....私は漫画しかよまないから」


少しだけ複雑に俯く夢色。

俺はその姿に複雑な感情になりながら。

直ぐに打ち消す様に古ぼけた雑誌を掘り起こした。

本が崩れたが気にしない。

それは.....実は2度と見たくないものだったが。


「.....夢色。これな。幼い頃の表彰された俺だ」


「え?絵のかな」


「そう。10年ぐらい前のコンクール優勝の、な」


「.....おにい小さいね。やっぱり」


「そうだな。まあそりゃそうだろう」


まあとは言え。

このコンクールも結局あの女の策略だったのだが。

ただ誇りが欲しかっただけの、だ。

俺は.....その記事の横に居る女の顔に顰め面になる。

その様子を夢色が見ていた。


「.....おかあさん.....最低だね。お兄をそんな目に遭わせるなんて」


「.....道具としてしか俺を見てなかったからな。全てにおいて。自らが良い息子を持っていると誇示したかったんだ」


「.....そんなのむすこじゃない。最低」


「.....そうだな。確かに」


「.....こんなの本当に凄いのに。息子をほめるべきなのに」


そうだな、と思う。

1度も俺は褒められたことが無いからな。

ただお偉いさんは褒めていたが。


あくまで上の上の、だ。

だから俺は.....嫌だったんだ。

考えながら俺は今度はそのコンクールで受賞した絵を取り出す。

これも2度と見ないつもりだったが。

というか破棄するつもりだったが。


「.....お兄。すごい.....」


「.....努力はしたんだ。人一番に。才能も有るって言われた。だけど.....俺はそんな物はどうだって良かった。母親に褒めてもらいたかった。それだけだったんだ。認めてもらいたかった、とも言えるかもな」


「.....おにい.....」


すると俯いている俺の姿を見ながら赤面でモジモジし始めた夢色。

俺は?を浮かべながら横目でそれを見る。

すると夢色は近付いてきた。

何をする気だ?、と思っていると。

頬にキスをされた。


「.....!!!!?!?!?!」


「元気出して。そのためのおまじない」


「お、お、お前!?夢色さん!?」


「.....エヘヘ」


いきなり何を!?、と思いながら俺は赤面する。

それから熟したリンゴの様に赤い夢色を見つつ.....頬に手を添える。

まさかの行動に.....衝撃だった。

おまじないって衝撃だろ。


「夢色。絶対に他の男にやるなよ。それ」


「おにいだけだもん。こんな事するの」


「.....そ、そうですか」


夢色は恥ずかしそうにする。

何だかかなり居心地が悪いんですが。

どうしたもんかな.....、と思いつつ。


俺はモジモジして夢色もモジモジした。

困ったな.....。

それはさながら初々しいバカップルの様であった。

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