九、情報整理
翌日の昼休み、私は奈緒とともにまたしても一棟の裏に来ていた。以前着た時よりも紅葉が進み、かなり葉が落ちている。もう十一月に入っているため、昼間とは言え少々肌寒い。以前話をしたその場所に着いたとたん、奈緒は
「で、わざわざここに来る必要あったの?」
と言った。
確かに「昨日までの情報を整理したい」と言ってここに連れてきたのではあるが、奈緒は教室でもよいのではないかと思っていたらしい。
「あるよ。この学校に『クロウ』がいる可能性がある以上」
「どういうこと?」
「どれくらい調べられてるか知ったら、痕跡を残さないように注意するようになったり、最悪、活動をやめてしまうかもしれないから」
私はざっくりと理由を説明するが、奈緒は納得できないようだ。
「でも、それは、身を隠すのが前提じゃない?」
「黒いスーツにサングラスっていう、その人個人よりも服装の方が印象に残る格好をわざわざしている人だよ。正体は知られたくないって言っているようなものじゃない」
「あ、そっか。身を隠している人に『これくらい分かってる』って知られたら、後が調べにくくなるわけか」
「そういうこと」
納得してくれたらしい。本題に移ることにする。
「それで、昨日までで分かったことと、残った疑問をまとめてきたんだけど」
と言いながら、私は手に持っていた、交通安全の大きな柄が描かれたクリアファイルから、A4用紙を取りだした。家にあった中身の見えないクリアファイルを適当に使ったため、持ち歩くのがちょっと恥ずかしい。今はそれどころではないが。とりあえずは現時点で分かっていることから奈緒に見せる。内容は、
現時点で分かっていること
・同年代の男子(近所に住んでいる?)
・黒いツーピーススーツ、背中に翼の模様、それ以外の模様は無し。前ボタンは全開。
・無地の赤ネクタイ
・サングラス
・髪サラサラ
・変装している→自分のことが知られたくない?
・かなりの筋力
というもの。
奈緒はその紙を一瞥し、
「大体私も把握してるけど、最後の『かなりの筋力』はどこから分かったの?」
と疑問をぶつけた。
「昨日、駅で酔ったおじさんを線路から引きあげた話を思い返して気が付いたの。ホームから転落するくらいべろべろに酔っている人が、線路からホームに引っ張り上げてもらうときに、十分踏ん張って、弾みを付けて、体を上に上げられられないんじゃないかなって」
「どういうこと?」
「引っ張り上げられる側が力が入らないと、持ち上げられる側はもっと重たく感じるってこと」
「?」
奈緒は具体的にイメージできていないらしい。もう少しかみ砕いて説明する。
「奈緒が誰かをおんぶするとして、その人が寝てるかどうかで重さが変わると思うんだけど」
「そうだね、それが何?」
「普通、人に持ち上げてもらう側の人は、持ち上げる側が支えやすいように重心を移動してくれる。でも、眠ったりしていて意識のない人はそういうことはしてくれないの。そうなると、持ち上げたりする方はその人が覚醒しているときよりも大きな力を使わないと持ち上げられない」
「あ」
「線路に落ちたおじさんもべろべろに酔っていたなら、重心移動をしたり、持ち上げてもらうタイミングに合わせてジャンプしたりして、持ち上げてもらう側に、『クロウ』に持ち上げてもらいやすいように配慮できなかった可能性が高い。奈緒はそんな人ホームから片手一本で引き上げられると思う?」
奈緒は右手を顎に当ててしばらく考えた後、
「…誰かに助けてもらえないと難しいかも」
と言った。
「私も普通の人ならそうなると思う。そもそも私を、同年代の女子を、横抱きにして移動できるほどの筋力の持ち主だってことを忘れてたから」
「あ、そっか」
奈緒は目から鱗が落ちたようだ。そして、
「ねえ、麻結は体重何キロぐらい?」
と聞いた。
「四十キロ位」
「あっさり言うね」
「隠してもしょうがないしね」
それに説明を進める上では具体的な数字があった方が説明しやすい。
「つまり、十キロの米袋四袋を抱えるようなものだよ」
「う、そう考えると重い」
奈緒は、自身がその重さを持ちあげているかのようなつらい表情をする。
「それを持った状態で、数メートル、迫りくるトラックにぶつからない場所まで移動したと」
「キツくない?」
奈緒の眉間の皺が取れない。
「でしょ?だから結構力持ちの人だと思うの。それも、同年代の中で飛び向けた」
私はそう締めながら、奈緒の手元のプリントを見る。
「なるほど、確かにね」
奈緒の眉間の皺が取れた。そのまま奈緒はうんうんと頷く。
「それで、こっちが疑問点、なんだけど…」
そう言いながら、私はもう一枚のプリントをクリアファイルから取り出し、奈緒に渡した。歯切れが悪い言い方になってしまったのはそれなりに理由があるが、奈緒もそれは感じてくれるだろう。
疑問点
・目的は何か
・なぜ変装しているのか。
・変装に使っているスーツ等は持ち歩いているのか。
・いつのタイミングで着替えているのか。→事故が起こるのが事前に分かるのか。
・並外れた筋力
奈緒はプリントを見つめると、「うーん」と唸った。そして、
「麻結、すごいね」
「そう?」
「私、全然気が付いてなかった」
奈緒はプリントを凝視している。そして、『事故が起こるのが事前に分かるのか。』のところを指さし、
「これさ、自分で仕掛けているから分かる、とかじゃないよね」
と言った。
「たぶん」
「根拠は?」
「トラックの運転手にわざわざ誰かを轢きかけてほしいって頼んで、やる人いると思う?」
「報酬が良ければやる人いるんじゃない?」
「確かにそうかもしれないけど、あの時運転手の人はかなり動揺していて真っ青だったんだよ。ちょっと演技に見えなくて」
「…そっか、運転手さんがそういう反応だったなら、可能性は低いか…」
奈緒は私の直感を信じてくれたようだ。私の見る目に信用をおいてくれていることが嬉しい。
「あー、だから『事故が起こるのが事前に分かるのか。』なのね」
「そう。事故が仕掛けたものじゃなく『偶然』起きているなら、それを事前に知ることができないと着替えることができないもの」
「予知ができるとか、超能力者かな?」
「並外れた筋力の時点で割とそうかもね」
私たちは二人して顔を見合わせてしまった。奈緒が言う。
「そんなことができる人って何者?」
「さあ…」
「この学校にいるかもしれないんだよね」
「うん」
「見つけられんの?」
「正直、自信が無くなってきた」
「だよね」
私たちは二人そろって途方に暮れてしまった。知れば知るほど、見つけられる人ではない気がする。そもそも人なのだろうか。
「助けられたの、麻結の夢じゃないよね?」
「それなら、保育園の先生と駅員さんも夢見てたの?」
「さすがに三人共変な夢見るわけないよね」
「…」
起こったことはすべて現実だ。しかし、推測していることが現実離れしすぎている。
「いや、ここで折れたら今までの苦労が水の泡だよ。こうなったら、とことん見つけてやろうじゃん!」
それまでの陰気な雰囲気を振り払うように、というか半分やけくそ気味に奈緒が叫ぶ。
「いることは確かだしね。頑張る」
私も気を取り直す。
「恋路も気になるしね」
「まだ引っ張るの⁉」
アハハ、と奈緒が笑う。私も一緒になって笑った。これでも前進しているのだ。頑張ろう。恩人にお礼を言うために。
気が付けば、昼休みも残りわずかになっていた。
*
自室で、水の入ったペットボトルを使った筋トレをする。これと近所を走り回っているおかげか、少しだけ体力が付いた気がする。気のせいかもしれないが。ペットボトルを置き、右腕を肘から曲げてみる。力こぶは見当たらない。体がモヤシなのはそうそう改善されないらしい。まだまだトレーニングが足りないのを自覚しつつ、少し休憩を入れる。そもそも学生なのだから、勉強もしなければならないし、小説も読みたい。ここ最近になって一日は短いと感じるようになった。したいことはたくさんあるのに時間が足りない。ついでに体力も足りない。この状態から脱したい。しかし、すぐにというには到底無理そうだった。
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