七、情報の一片
十月二十八日水曜日、昨日茉実に「クロウ」の話を聞いた私は、教室で挨拶もそこそこに奈緒に早速相談した。
「成程、つまりスーツのジャケットは開けて着て、ネクタイは無地の赤、髪はサラサラという容姿の情報が少し増えたと」
と奈緒はざっくり判明したことをまとめた。
「それだけじゃないけどね」
私の一言に、
「へ、なんで」
と本当に何もわかっていなさそうに言われた。私は、私の推測を話す。
「駅のホームに『クロウ』が現れたってことは、私の時一回限りじゃないってことも証明されたわけだよ」
「ああ、そっか。ん、てことは」
「『クロウ』は今後もこの近辺で現れる可能性が高い。しかも、共通して何かの危険に遭っている人を助けている。なら、人が危ない目に遭いそうなところ、例えば事故が起こりそうなところとかを見回れば、会える可能性は高くなると思う」
奈緒は
「おお、一歩前進」
と表情を明るくした後に、
「で、人が危ない目に遭いそうなところってどこ」
と難しい質問を投げた。
「私が事故に遭いかけた丁字路、駅のホーム、えーと他には」
「考えてみると難しいな。ひったくりとかも換算すると、街全体じゃない」
「それはちょっと。もう少し絞れると思うけど、でも難しいな。この近辺でも数キロは考えないといけないと思うし。思ったより絞り込めないかも」
「まじか。何とかなんないかな」
奈緒がその言葉を最後に考え込んでしまった。私もいい手がないか考えるが、何も思いつかない。いつの間にか周囲の話し声が耳に入ってくる。校外学習の事故のことを話す人はだいぶ少なくなってきたようだ。
ふと時計の方を見やると、後一分もしないうちに予冷が鳴りそうだ。
「そろそろ」
席に戻ると言いかけたところでタイミング良く予冷が鳴る。
「じゃあ、あとで」
奈緒に声を掛け、自分の席に戻る。席につき、形だけ本を開き、いい案早く浮かべと念じながら、担任の三浦先生が教室に入ってくるのを待った。
◇
まともに話ができる昼休みになり、私の席に来た奈緒は、
「散歩しない?」
と言った。私は
「どういうこと」
というのが精一杯だった。
「危険箇所を探しながら、歩き回るのさ。気分転換になるし、茉実ちゃんと一緒に歩いてもいいし、それで『クロウ』の痕跡が見つかれば儲けものでしょ。あくまで散歩だから、歩くのが目的でついでに探す感じでさ」
「決めうちじゃなくて、総当たりってこと?」
「そそ」
確かにいい案だ。だが、
「でも、奈緒部活は?」
「日曜はないから、日曜日にぶらぶらすればいいよ」
「勉強は?」
いつも、日曜にため込んだ分を消化しているといっていたため、当たり前のように突っ込む。
「ええと」
奈緒は少し詰まった後、
「午前中に『散歩』して、午後に、勉強見てもらえませんか」
と目をそらしながら頼まれた。
「いや、人にものを頼むんだから、こっちみてよ」
「うう」
奈緒は勉強が苦手なのだ。特に国語。私の方は一応どの教科も九十点代を取るくらいではあるので、教えることは何でもないのだが。
「わかったよ。というか、大丈夫丁寧に教えるから。茉実も奈緒に会いたいってこの前言ってたし、むしろこっちがお願いしたいくらいだし」
「ありがとう。うう」
悲しげな奈緒の顔を見る限り、最近あまり勉強がうまくいっていないようだ。「クロウ」探しを手伝ってもらっているわけだし、これくらいはしないと、と思い、
「『散歩』楽しみにしてるね」
と私は言った。
*
「痴漢ー」
女性の悲痛な声が聞こえる。改札を抜け、こちら側に走ってくる男の顔を、柱の角を利用し、姿が見られないように確認した後、男が角を通り過ぎる瞬間に右足を出し、男の足を引っかけた。男は足元をよく見ていなかったのか派手に転び、顔を擦りむいた。後を追いかけていた女性と駅員が彼に迫り、駅員が三人がかりで男を取り押さえる。もう大丈夫だろう。ここから去ろうとすると、後ろから
「ありがとうございます。助かりました」
という女性の声が聞こえた。自分に言っているのか、駅員に言っているのかは分からない。しかし、気分がいいことは確かだ。また困った人が現れたら助けよう、そう思いながら、左手の人差し指にはまるカラスの彫刻が入った大ぶりな指輪を見つめ、その場を後にした。
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