VS 死神

「どうしたんだ?」


釘打ちの金槌を握ったまま佇み、キューブから映し出された映像を見ている。覗き込むと真っ暗な森、夜よりも暗い漆黒が不気味にたたずんでいるだけだ。


「・・・いや、もう消えた」

「消えた?」


腰につけているナイフに自然と手が伸びている。


「俺には見えないんだけど?魔物か?偶然ってことは?」


「わからない。でも”光って”いたんだよ。」


見間違いであってほしい。キューブのカメラを再生させる。下には「現在地より1キロ先」とある。


「ほら、この場面。」


数分後までカットした映像を停止させる。


「・・・見えんけど。」


「この部分だ。ぼんやりとだけど光るものがみえるはずだ。手入れされていない森だから明かりはない。カメラの機能は正常。ということはナニモノかがいた、ということになるけれど、すぐに消えた。直前のデータからもエネルギー値が出ない。おかしい。」

「それはどういうことなんだ。」


「ここだよ。そうだ、色をつけるから待って。」


(もしあっても)幽霊とやらじゃないのか。正直眉唾ではあった。魔物か。なにか非常事態でも起きたのか。

当たりは深としているだけで、何も起きそうにない。


夜での戦闘は避けたい。夜目がきかないし、闘い慣れているわけでもない。

電磁波の魔物除けは設置済みだ。もしも、があっても魔物は近づくことができない。だが「魔物以外」なら?

万が一、蛮族や盗賊であったなら。というかゴーストは闘えるのか?「!」キューブが突然赤く点滅し始めた。

なにかが来る。



ガサッ


瞬間的に2人とも振り返った。武器を構える。現れたのは



「・・・狼!?」


だが、それは既に「瀕死」の狼であった。

_______


「・・・酷い怪我だ。首から胸にかけてざっくりやられてる。」


彼が近づいてしゃがみこむ。ここは奴らの「縄張り」ではない、しかも群れではなく一匹。ユーリの半身ほどもある。本来なら深い青みを帯びた滑らかな体毛なのだろうが、今は血で濡れて見る影もない。

呼吸は浅く、時折漏れる唸り声は最後の抵抗か。だがおかしい。仮に「妙なもの」の正体がこの狼とするなら、光ったというのは牙か?少なくともそうは見えない。(データにもそういう特徴は載っていない)。「消えた」という証言と合わない。


「少し採血しよう。」


彼のポケットからスポイトが出てきてももう何も言わないが、なら俺は素材集めしようかな、せっかくだし?と一応手を合わせてから、おそるおそるナイフを伸ばす。


「触れては駄目だ。呪いがかかってる。」

「!」


冷たい声が背筋を襲う。普段からは想像できないほどの圧迫感。AIがいつにもまして冷たい目をしていた。


「・・・呪い?」


彼の態度にもショックだが、狼を襲った犯人が悪霊や物の怪か、呪術の類だと暗に示唆していることについても不気味さが拭えない。


「そう説明したほうが早いと思って。」


声はいつも通りに戻っていた。ポケットからケースを出し、血を入れている。

・・・話が本当なら洒落にならない。

一応記憶をさらってみるが、この世界の記載では最悪の事例もある。だとしても「イレギュラー」にかわりはないのだが。


突如、森がざわめいた。周りの様子が一変したと気づいたときにはもう遅い。生暖かい風が吹く。その瞬間に音が消える。


まさか、


手がいつの間にか固く閉じていた。冷や汗が伝う。嘘だ・・・・・



そこに”彼”がいた。



漆黒のローブ。長い斧。衣の擦れる音・・・


「死、神・・・。」


本物の闇が。



「                」




”彼”はなにも喋らない。顔も明かさない。顔を見たものは文字通り「死ぬ」からだ。

斧の先が濡れている。いう間でもない、おそらく”彼”は「生き残りである」この狼を追ってきた。そして偶然、自分たちと出くわした。


「・・・は、」


言葉を交わしてはならない。彼の口から、黄泉の言葉を聞いてもならない。


「っ・・・」


”彼”の名前を聞いてはならない。”彼”を「知って」はならない。

動悸がおさまらない。

なぜ、狼を追ってきたのか。どうしてこの森に”やってきた”のか。

答えなど知るはずがない。


ユーリは俯いている。狼に変化が起きていた。すでにこと切れた身から血が、真っ黒な血が流れて”彼”の足元にたまりつつある。

(っ!?)

ゆっくりと音もなく近づいてくる。俺を通り過ぎ、斜め右にいる

(ユーリ・・・!?)

視線を動かせば彼は、目を上げていた。瞳が「真っ赤になっている」。口元はかすかに「笑っていた」。おかしい。

おかしいおかしいおかしい、こんなもの見たことがない。

(う、動け・・・!)

助けたいと思うのに体が言うことをきかない。寝ているわけでもないのに、「金縛り」だ。全身が痺れるように痛い。チクチクと見えない針でさされている、恐怖・・・。

彼はAIだ。

”彼”は眼前に迫っていた。


動け!動け動け動け

「―――ッ!」

ああ、恐い。叫んで逃げ出したい!


でも・・・・・震える手でベルトの内側を探る、確か、この辺にあったはず。


「っうおおあああああああッ!」


間に割って入る。転びかけた手で「お守り」を眼前に押し付けながら。顔を背け、必死に。生臭いにおいが漂ってくる。呼吸は、きこえない。


「                    」


沈黙が流れる。

生暖かい風が吹く。



「・・・・・・・藍?」


呼ばれるまでに長い時間があった気がする。振り向けば、いつもの目の色に戻ったユーリが心配そうに見上げていた。


「・・・あ、」


恐怖が消えている。”彼”がいなくなった。圧がなくなった。それは、気配で分かった。

途端に足が震えて腰が抜けてしまった。


「た、・・・・助、かった・・・・?は、はははっ。」


変な笑いが噴き出してくる。安堵と奇跡感がないまぜになっておかしくてたまらない。


「? そうだね。おかげで珍しいモノも手に入ったし。「ブリザードウルフ」はその名の通り、一度だけじゃない、氷の魔術をまとった牙で群れで噛みついて確実に獲物を氷漬けにするっていう意味でつけられたそうだから、その戦術と相まってB級~とレベルも高いんだ。」


「え、じゃあさっきの死神はもっと強いってことじゃん・・・やべー、ほんと運がよかったしもう思い出したくねぇわ。」



「ん?そんなやついたっけ?」



「・・・・・あ?」



彼は、死神と出遭った一連の出来事を忘れていた。

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