洞窟へ01

ヒュイリリリリリリ・・・ピチチ・・・・・


「ん・・・」


柔らかな朝日の光が、透明な天上から入ってくる。外にはきれいな鳥の声が響いてい?・・・いやまてよ、この鳥も魔物か!


「!」


はっと目が覚めて上を見上げると、声の主は視線に気づいたのか(雀くらいの大きさなのに)思いのほか大げさな音で、バサバサと慌てて飛んで行った。緑の羽、赤い胴体。最後に長い赤色のトサカがチラリと見える。あ、なんか落としていった。フンだな、あれは。思わず拍子抜けし、この日常にも「ただの鳥」とやらは存在しているらしいと安堵する。


「あーよかった。」


これでパチンコ(木と輪ゴムと石)つくって焼き鳥くらいはできるぞ、と早くも情緒を諦めた現実的思考が浮上する。

晴れて2日目だ。キャンプに来たかのような朝だがここは冒険である。


「おはよう。」


対極からさわやかに声がかけられる、ユーリだ。おはよう、ともそもそと答えてはみたものの、しかし「彼」を見るまでに俺は寝袋から出て、きちんと起き上がらなければならなかった。

テント内は案外広いもので、大人5人はゆうに入れる仕様になっている。昨日は2人用で縮小していたはずなのだが、なぜか4人分くらいに拡張されているのだ。

机を挟んでさらにテーブルが置かれ、その上に雑多な、見たこともない機材が積み上げられている。その間からポツンと出ているのが彼の頭だ。メガネをかけている。いつもどおりのTシャツと黒ズボン。


「・・・・何してんの?」


「軽くメンテナンスしてる。」


軽くジョギング、みたいなテンションで言われてもな・・・。

機材に紛れ、ディスクがボックスで3箱くらい並び、そこに軍用と疑うゴテゴテのパソコンが2台。なんだかとても重要らしい、心臓みたいな形をしたチップが中央に置かれているが、見向きもせずにPCで何かカタカタと文字を打っている。なんだこれ、新手のノマドワーク?

ちなみに朝ごはんは昨日の残り物に携帯スープ、同じくサラダ。のはずで、それは自動式テーブルよりもこれでも間に合うとばかりに申し訳程度にたたずんでいる折りたたみ机で済ませるつもりのようだ。


「よし終わった!」


晴れやかな顔で会得したように両腕を伸ばし、椅子から立ち上がる。


「食べよう。」


「もしかして待っていてくれたのか?てか、朝何時に起きたんだ?」


「3時。孤食は避けた方がいいでしょ。」


「・・・悪ぃ。」


ああ、昨日からどつきはしたが、本音では謝ってばかりのような気がする。なんだろう、これ。彼一人でも異世界無双できるんじゃないか・・・。

そう考えればますます己の能力を研鑽させるための努力は必須だと思い知らされた。



__________


針葉樹林ー道中にて


東の街「ティリティカ」を目指すにはざっくらばんだが手がかりはいくつかある。地図によれば、

この針葉樹林を通り過ぎた先の洞窟。そこから流れる川伝いに山道を通ればやがて森を背景に見えてくるらしい。



この森には道がない。どこまでも平坦な土地。見上げるほどの木々。獣道はあるが、そこも踏まえ、ユーリの放ったキューブによってあらかたの方向を感知しながら進んでいく。彼は相変わらず薄い恰好をしている。白い防水シューズ、灰色スウェットを一枚足しただけだ。天候は晴れ。研ぎ澄まされた冷気と光のなか雪の残る枯葉を踏みつけながら、

「洞窟かぁ」

ずいぶん前に家族で行った海岸のソレしか知らない。都会になんてめったに出ない代わりの遊び場(山)の洞穴は、立ち入り禁止でしかも監視カメラつきで、近づくことすら許されなかったのだし。

「・・・カラスも、みんな・・。」

無事かすらもわからない家族への哀切もそうだが、今は我が身。先日作った毛皮の黒いマントは多少ゴワゴワするものの、すぐに寒さを和らげてくれた。これで耐性が半減しているというのだから、少し惜しい。

そして武器だ。道中新たな魔物と出くわさないはずがない。正直出遭いたくはないが昨日の反省の通り、「ある日森のくまさん」では済まされない。しかし今は手元にある調理用のナイフのみ。つまり、次の街で買い求めるまでにカバーできるよう、互いに連携する必要がある。


「キィッ!」

「うぉでか!」


初日から3体目の魔物。根っこの穴から出てきたのは青い、成猫ほどもある「ブルーラット」だ。


咄嗟に身構える、なんと3匹もいる。てか囲まれた。

前歯はギザギザ、頭を上げ低く唸り、かかってくる気満々らしい。でもこれなら・・・


「・・・ユーリ、俺に任せてくれ。」


とにかく技を磨く。彼はすぐに倒せるだろうがそれでは駄目なのだ。


「オーケー。」


「ギィッ!」


「っぶね!」


飛び上がった2匹をよけて背後の木にぶつかる。同時に耳がキーンとなるが抑えているどころじゃない


「喉元を狙えば?」


「くッ、言われなくても!!」


拍子に地面に手をつき小石をまとめて握り、飛んだ3匹に巻き散らかすと、退いた。刃を火が纏う。魔物の気配が一瞬怯み、次の瞬間いきり立ったものに変わる。


ナイフを構え直す。切りかかる。



5分後。


「痛っつ。はー、終わった・・・!」


右腕を抑えながらも狩ることができた。鼠らしからぬギザギザ前歯の反撃は免れなかったが。

地上のものと動き方は似ている、しかし攻撃性が高く、連携力もあるために苦戦した。だがとにかく分かったことがある。戦闘時の声が大きい(!)

「ギィッ!」「キィ!」だけならまだしも「ギャーッ!」。運悪く甲高い子供の叫び声と間違えられれば、こちらは立派な容疑者である()。それに音につられてまたナニモノかが来る可能性も高く、厄介だと少々及び腰になったところを噛みつかれた、つくづく嫌な生き物だ。飛躍する歯の攻撃をナイフとその辺の石ころでけん制しつつ、飛びかかってきたところを低姿勢で応戦。的確に喉元を狙う。能力のせいか身体も強化されているようだ。処理の際には毛皮の魔力を焼いてしまわないように、慎重に。

逃げる鹿の魔物(ただし体長が2mほどもあり斑模様が白銀に光っている)にもあった。これは罠で捕獲してとどめを刺す。


「「シルバーディア」か、別名「シルバースポット」・・なんかいいことあるのか?・・・つか、こいつ狩ってよかったの?」


「いいね。」


うすら寒さを覚えつつ紛らわすために、木の棒でも試してみたが、棒ごと燃えてしまった。ちなみに扱う火で自身は火傷はしない。加護というらしい。基本操るのに可燃性のものは不適のようだ(魔法があれば可能かもしれないが)。尖った石か、あるいはそれを付けた弓なり槍なりをつくる必要はあるか。あるいは剣の類。ユーリの剣は「ロック」がかかっていて本人以外は使えないが。

いくつか選択肢があるだけに力を伸ばせば臨機応変に立ち回れるのだが、中途半端になる可能性も捨てきれない。だったらまず一つだけ伸ばしてみよう、と思案するのだが、剣の類。で、ナイフ(研石もあるし)。ただこれも防御を考えれば捨て身なのだ、やはり剣と盾なんかがほしいなぁと思い始めている。


加護といえば、巷ではHPとかライフとか呼ばれている身体的な生命エネルギーのことだが、回復薬やヒーリングの他、万が一の場合、限界値を超えると強制的に石の力が発動し地上へ呼び戻される仕組みがある。だから戦闘時に力尽きて死ぬ、ということは例外がない限りは不可能であり、ある意味ではセーフティーネットとなっているわけだ。だが当然次に同じ場所に行ける可能性は低く(どころか困難に)、レアアイテムを逃したり現地でできた関係性も壊れてしまうため、必然冒険者はこれらに対し慎重にならざるを得ない。

昨夜本で読んだ、ダンジョン(魔物の巣窟は一般にそう呼ばれる)帰り、C級スライム(ほんとにいるのか?)を必死で蹴落としつつ現地の街までたどり着いた話を思い出しながら、


「この辺、もそうだけど、夜になると「狼族」が出るんだよ。」


「ファッ――?!」


「あと稀に「蛮族」も。」


急に2重の落とし穴に落とされた錯覚がして目を瞬く。彼は喉の奥で笑った。


「彼(キューブ)にさ、確認させたでしょ?昨日の夜。この先数キロくらいだけど、光る眼がいくつも映ってた。なんかイノシシみたいなのが追いかけられて捕らえられてて。ありゃ凄いよ、俊足だ。一線の影しか見えないうえにおそらく彼らは魔力を使える。牙で氷結させて身体の自由を奪うんだ。ほら、」


いや、キューブが凍ってますけど。


「うっかり1コ壊されちゃったんだ、コピーだけど。直前までバックアップしといてよかったよほんと。もう数時間経つのにまだこの通り、厄介だね。」


厄介という割になんで顔をほころばせてるんだ。見ればキューブは生き物のようにガチガチと震え、エネルギー切れ寸前の点滅は虫の息のようである。


「そんなのさっさと通り過ぎようぜ。」


「逆にチャンスだと思わない?」


「・・・強くなってからだ。」


「そう?」


簡単な受け答えだけすませ、歩く速度を速める。途中いくつかのブルーラットと白いウサギがいた。「ヒュプノスラビット」だ。小さく可愛らしい外見で臆病なのは変わらないらしいが、スタンピング(足ダン)は鼓膜を破るレベル、ひるんだ瞬間を狙って赤い目で昏睡魔法をかけてくるという笑えない記載がある。ナメてはいけない。頭上に罠を張り、耳栓を付けて狩る。食料と素材にする。で、

歩く(競歩)。

歩く。

歩く。


「待って、藍。ちょっと早いよ。」


小心者?なんとでも言ってくれ(言ってない)。俺は強くはなりたいが、火に飛び込む夏の虫でもない。なによりユーリに優先して戦わせるのも違う。計画があるとしても、無防備に近い状態では賭けられそうにない。


俺はこうしてめでたく狼どもの縄張りから逃れることができたのである。


「妙だ。」


夜、テントを張るときによそ見(カメラ)していた彼の一言が聞こえるまでは。




memo) 武器の生体への反応など


武器には冒険者共通で生命エネルギーが枯渇しはじめると変化が起きるという特色がある。これも個人差各能力に依る。

地上へ引き戻す(帰還させる)のは石の役目でもあるが、その指針の一つとなるのが生体による武器への反応とも言われている。

魔術とか、召喚の場合はこれは至極シンプルで術者の体調、オーラに出るらしい。

・・・

ただしこの状態、敵、特に知性のある魔物なんかには勘づかれる事態に陥りやすいため、現れる部分を一部のみとか、薬や術で抑えて、など工夫も必要らしいが。



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