能力解放

「うーん、到着!」

「あがががががが・・・!!」


行方知れずの友を探すという、一念発起すべき状況においての一言目が残念になってしまったことを赦してほしい。


さっぶうぅぅーーーッ!」

「快適ー!」


ざくざくと足を踏んで見渡せば白銀の平野、遠くには陰気漂う針葉樹林。凍てついた風が音を立てる、いうまでもなく「雪原地帯」だ。慌ててリュックから一般耐防寒用のマントを羽織るが、どうもこの場所は平均値を通り越しているようだ。恨めし気にAIを振り返ると肩をすくめられた。駄目だ、歯の根が合わない。

ともあれ移転には成功した。このように場所はランダムだが。しかし、


「・・・本当に、見つかるのか?」


やはり、とはいえ途方もない広さだ。深海の中でひと粒の宝石を見つけてくる、そう直観せざるを得ないほどに。


「まぁまず、ギルドで”遭難者”として顔も載っているから、誰かが見つけてくれればラッキーってとこだけどね。まだこの世界は未完成だし。」


ガイドブックには冒険者がこれまで経験してきた「世界」が記載されている(全容は未だ誰にもつかめず、新天地や新種がみつかることも大いにありうるため、本の記述は今でも更新されている。内容は印字魔法によって追加される。)。 異世界とは言っても親和性のある場所が多いのか、主に「平原」「草原」「丘陵」「水源」「湿地」「山岳」「荒野」「海岸」「雪原」「砂漠」「地下」稀に「火山」「極寒」。当然混合型だってあるし、中にはパラレルワールドの存在も確認されているというのだから、地上との接点を失った友を探すのは至難の業だろう。とかいって、案外アッサリ見つかったりして・・・。

そうであってほしいが、やはり希望の一端に過ぎない。

しかしまずは、


「だだだだ駄目だ、な、なんか、着こまないと。毛皮とか・・・!」

「ああ、それならちょうどあそこから来たね」


「・・・は?」


解決策があったのかと思いきや「来た」という言葉に違和感しかなく、思わず彼を、彼の視線の方向を見た。そう、ここは「異世界」だ。つまり


ドドドドドドドドド・・・


微弱なそれは、やがて完全な地鳴りとなって足元を揺るがしつつあった。ゆっくりと振り返れば一点の黒点?のようないや、「熊」


「げぇ!?」


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ


いや熊じゃない、あれは熊のようなモノだ。目は爛々とした金色、口から2本の牙が伸びて、


「グオオオオォ!」



結論から言うと、俺は逃げ出した。


「君!? ちょっと待つんだ!」


「は、離せ!人間の本能なんだよぉぉ―――っ!」


しかしAIに回り込まれた(例のゲーム風)!ガッとパーカーの襟首を掴まれ足場を崩し、無様な恰好のまま雪につんのめりそうになる。

背中を見せるのも、逃げるのも危険行為だ。冷静に考えればそんなことも失念している。


だだっ広い雪原の平地に人間(餌)が2人。相手からすれば恰好の餌食だ。熊っぽい魔物というのが災いした。

だが時間は待たない。

あろうことか彼は襟首を掴んだまま回避行動をとった。叫ぶ間もなく宙に浮いて一回転。

「ぐえ!」


魔物はそのままズザザー!と切り返し、再び前足を上げて襲いかかってくる。

立たされて見ればユーリが呆れつつ、こちらを睨んでいた。


「凍え死にたくないんだろ!だったら闘え!」


もうセリフが極限である。

ゲートに触れるか通り抜ければ誰しもなんらかの能力が身につく、はずなのだが。わからない。出し方がわからないのだ。

剣の一閃が前足を殴り、ついで目と鼻を掠める。


「く、くっそう、、、!」


魔物はユーリを倒すべき敵として認識したようだ。こちらには見向きもしなくなっている。手元で使えそうなものは調理用のナイフ、一本のみ。もはや邪魔者になる末路しか浮かばず、しかも波動弾は出せない。こっそりやって失敗したのが恥ずかしいやらなんやらで、


「こうなったらくそくらえだ!」


回りこんで熊の後ろから投げたナイフすらゴツンと、毛皮に弾かれる。もうなすすべがない。

実を言えば刺さった直前、わずかに刃から煙が出ていたのだが、彼は気が付かない。

覚悟もろとも、次に心臓に放ったアンドロイドの一撃の、「グギャッ!」という獣の最期の声で力を失った。

__________


「・・・・・最後まで闘わせちまって悪い。」


ガード(結界)のなかで焚火を焚き、魔物の解体作業をする。主に手伝いとして、例のナイフからゆっくりと毛皮を剥いでいく。生々しい現実をこの世界で体験することになろうとは、夢にも思っていなかった。血で滑り、そのたびにつぎはぎの布で手を拭いてもう拭う場所がない。


「構わないよ。」


当の本人は臓器を抜いて丁寧に雪の上に置きながら、済ました顔で答える。


「熊は人間にとっての強敵だからね。データバンクにもある事例だ。熊じゃなくて、熊に似た魔物だけど。名前は「デッドフォングベア」っていうらしい。雪原の辺境にならどこにでもいるみたいだよ。」


「うぇ。あんなのがゴロゴロいてたまるかよ・・・。」


思わず身震いをするが、先に問いたいことがあった。


「・・・てか、なんで慣れてんの?お前、実戦経験あるの?」


「データにあったからその通りに実践してみただけだよ。まぁ訓練は必須なんだけどね。アレンジも加えたいんだけど僕はまだ初心者の段階だからまず基本を慣らしていかないといけない。あと魔物の情報も獲得したいし余裕があるならデータをとりたいね。実際、さっきの戦闘といいこの解体といい放出されるエネルギー値も地上の生物より高い。

(手に持ちながら)この牙は威嚇、異性へのアピール、あとは相手を仕留めるときに使うみたいだ。オーソドックスだ。前足の爪と体重を使って散々痛めつけてから」


「も、もういい、いい!」


さきほどの魔物の威力と恐怖のイメージが予想によって重増しするくらいなら、まだ場数を踏んだほうがいい。


「そうだ、これ(キューブ)をコピーしてあの森に放っておこう。映像を撮ればこの辺の魔物を把握できるかもしれない!」


「どっかの熊みたいにカメラの前でポーズ決めるなんてことしたら、一発受けんだろうになぁ・・・。」


もうなにもツッコむ気が起きない。毛皮は半分、まだ半分までしか取れていない。


「よし、これは今晩の食料。あとは干し肉にしてしまおうか。熊の胆は高く売れるけど、これだとどうかなぁ。」


「くくく、さっきは何の役にも立たなかったナイフだが、次こそは肉ごと完備なる毛皮を封じられし我が右手に!」


「ちょっと何言ってんのか分かんないんだけど、疲れてる?―――


次の言葉を待つまでもなかった。今度こそとナイフを突き刺した途端、


燃えた。


「「・・・・・・・・。」」



あ、毛皮が・・・


本能が警鐘を鳴らす。ここからさきはもう、茶番劇よりもひどかった。


「み・・・・みみみ水っ!ユーリ!水ッ!!    あああああ駄目だ駄目だ、ペットボトル(命)は使うなどっちにしろ焼け石に水(ブーツで火を踏んづけながら)って酒ぇ!!ブラックジョークもいい加減にッ!燃えちまうだろうが!?」


「全く落ち着きなよ、雪だるまつくってるから。」


「!そうだ!忘れてたッ!」


ここは雪原。雪であれば、犠牲(雪だるま)は仕方ない!


ジュッ


焼け石に水?


「なら仕方ない、こういうときは耐熱性のマントで(はたく)


「溶かすな燃やすな買い直さなきゃならんだろォがァ!!もういい、ちょっと大きめの石を


「ないよ、ないからあるものを使うんだ。」



雪をかけ、諦めたペットボトル2本の水、あとはブーツ、ブーツ、マント、雪・・・やがて


バッサァ!

とマントから払われた火が消し止められたのは5分後のことだった。



「ま、まじでふ、ふざけ、・・・」


肩で息をする。もう、本当にあり得ない。ここまでしないと出せなかったのか?俺の力(反語)。まさか意思一つでできるものだったなんて。しかも物を媒介させないと発動しないだなんて。

肉は焼き直せばいい。問題はマントにする(予定の)毛皮のほうだ。


「ユーリ、この毛皮」


「問題ない。少し見栄えが劣るけど普通に使えるよ。」


「・・・嘘はつかなくていい。本当はどうなんだ。」


「防寒性は元の1/2。魔力は振り切って0(ゼロ)。」



_______


遠くの地平線でようやく見えた太陽が沈もうとしている。曇り空で分からなかったのだが、到着したのは夕暮れに近い時間であったらしい。


「まぁ、能力解放おめでとう、だね。」


「嬉しいんだか嬉しくないんだか、」


きっかけがきっかけだけになぁ。と、片手で持った骨付き肉lを口に入れる。

固い。

味は燻製にして塩をまぶしたからか、悪くは、ない。ジビエか、いや魔物か。弾力のある繊維をかみちぎると、ほのかな獣臭さが漂う。でも不味くはない。ギルド屋台で売られていた例のものとどう違うんだ。調理した魔物自体も違うだろうが、少なくとも技術の面で。一日目なのに地上が懐かしい。

焚火で毛皮をいぶしつつ、肉と携帯食料(乾燥野菜)を頬張りながら話し合い30分が経とうとしている。魔物除けの電磁場(タイマー式)をあたりに設置し、食べ終われば荷物を片付けてテントを張るつもりだ。だだっ広い雪原であまり場所はいいとは言えないが、できるだけ雪の積もらない、森林から離れた場所にて、である。


「基本あの魔物は一匹いたとすれば、縄張りも辺境一帯ほど広いみたいだから。倒しても痕跡が残ってるならしばらくあれの同種は来ないよ。こいつ(キューブ)に感知させたところじゃこのあたりも圏内だ。他に番らしき同族も見当たらない。」


指された3つのキューブの色が赤から緑を発色させる。どうも色で応答できるものらしい。


「ふぅん。朝になったら死骸になってました、じゃ洒落にならんからな。」


「それに一旦ギルドに戻って次、ここに帰って来られる保証もないしね。ギルドほどじゃないけど世界じゃ冒険者同士が集う場所ってのもあるらしい。この場所じゃ、遠いけど東のあたりに街があるね。」


「明日はそこを目指すんだな。」


本によれば、冒険者同士が集まってできた場所だけでなく、村や街、都市も存在しているらしい。


「長い旅だなー。」

背中を伸ばせば晴れた大空が一面にある。



ゴーッ



深い赤みを帯びた翼、全長10メートルはあろうかという怪鳥が真っすぐに、西へと飛んで行った。唖然としていると


「あれは「ブラッドウィング」だ。別名じゃ「死食い鳥」、大丈夫。今は近づきやしないよ。」


宵が来ると夜は早い。


キューブに周囲を任せ、テントを張る。疲れていたのか横になるとすぐに瞼が重くなった。
















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