ゲートの世界へ

――路地裏にて


強欲だ。


ユーリ・アンドロビウス・ゼッカ、もといアンドロイドと称するAIはそう判断した。

「いいかい、君。」

「―――!?」

一度目の衝撃で地面に崩れ落ち、もはや闘志を失った人間の男が、向けられた剣の切っ先にさらに顔を蒼くさせる。彼には女児誘拐、及びAI改造という罪状がある。どうりで急ぐ必要もないと思ったわけだ。彼女(AI)は「彼の一部として」、既に近くにいたのだから。その即効性、適応性からみて、おそらく彼も何らかの能力者であるはずだ。ネットワークから彼女特有の波(パーソナリティ)が検知されたとき、まさかとは疑ったが。

「君がAIになろうだなんて百年早い。」


「ギャアアアアッ――!!!」


ガギン、と金属の割れるような音がして、肉体にコードされていた部品がドシャリと落ちる。正確には両腕からあたかも腕を装っていたAIがとれただけだが。コード、AIの機能を直接神経と融合させるための癒着材の役割をしている。無論そこに衝撃を与えられればただでは済まない。

血が噴き出し、むき出しになった肌には膨張した毛細血管が浮き出している。少女はやがてアンドロイドの腕に介抱される。男は必死に後ずさろうとするが、足が震えて動かない。

「全く、まだ「未完成」でよかったよ。精神がAIに蝕まれる前に、壊しておかないと。」


「な、なに、えを、たす ―――ぁアああああああ”ア”ア”ア””!!!!」


これだけ絶叫しても人が来ないのはわけがある。抜刀と同時に放ったキューブは結界を作るだけではなく遮音性も搭載されているのだ。常時出るわけではないが、このように特殊な事情の場合には役に立つ、彼の剣における付与能力の一つである。

(あとは耳、両足と関節、そして頭)

ちらりと外をみやれば、仲間を失ったショックで茫然自失のホストはまだ状況を掴めていないようだ。今がチャンスだ。


涙と涎、血でぐちゃぐちゃになり、見上げる顔には恐怖一色しかない。

「大丈夫だよ。」

だから、彼は微笑んで言う。

「君は「元の」人間に戻るだけなんだから。」


________


静かな夜が戻る。ホスト、沢渡 藍が気づいたとき、さっきまでの情景が嘘のように消えていた、ように見えた。実際はアンドロイドに少女もろとも介抱されて、集会所の看板前で立ちつくしていたのだが。

「・・・ここは、」


「気が付いたね。見ればわかる通り事は終わった。」


「からす、・・・っ石を持ってないんだ!どうすれば・・・ッ!あの少女は!彼女は?!」


「落ち着いて。まず少女は迷子センターで対応してもらう。もう一人は「核」を保護できた。」


「核?」


「ごめん、それは秘密ね。でも一緒に持っていくよ。どこかで蘇生させられるかもしれないから。もうここに残すことはないんだ。」


「蘇、生。だと?」


「・・・追々わかるさ、チームなんだろ?」


どこまでも星雲のような煌めいた目で彼はやはり微笑んだ。彼が分からない。だが、少なくとも先ほどまでの事実からは彼が敵だとも思えない。小さな安堵が息を吐かせた。遠くではビールやらお祭り騒ぎやらの活気でにぎわい始めているが、ここは存外に静かだ。


「探しに行くんだろ?友達を。」


そうだ。もう待ってはいられない。


「ああ。」



しっかりと向かっていく。集会所の奥。ゲートは不眠のごとくゆらゆらと妖しい光を放つ。大きい。倒れればこの街の半分を呑み込んでしまいそうなほどに。

ダウンライトに灯された案内所、そこで手形を残し、ついに時が来る。


「ご武運を。くれぐれもご無事で。」


スタッフに見守られるなか、おそるおそる片手を伸ばす。

いよいよ眩しくなる。


「よし、行こう!」


左腕につけた石が淡い水い色に光る。

ブルートパーズ。

石言葉は「友情」、「知恵」、そして「希望」。



世界が真っ白になった。

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