第2章 ゲートから異世界へ

眩しい誤解

あの日からずいぶん時が経った、気がする。そもそも1か月というと早いのか短いのかよくわからない。時間がゆっくりと過ぎていった。

体調はかなりもとに戻りつつあった。この付近のこともなんとなく分かってくるようになった。

いつもどおり朝食を運んでくれた看護師さんに挨拶を返す。「そろそろギルドに行ってみたらどう?」という助言にはじめて訪れたその場所は、なるほど、確かにどこにでもありそうな田舎の開けた山のなかに、色とりどりの屋台やら、奥にみえるのはひときわ大きな木造の集会所(らしい)。素朴ながら異様だった雰囲気をざわめかせていた。

そしてゲート。集会所の奥にゆらゆらと妖しい光を放っている。まるであの地震みたいな禍のようで、抵抗の仕様がなくて震えた。だが、それは街をあるいていく人たちの雰囲気によって瞬く間に、異世界の常識に呑み込まれていく。


旅人、あるいは冒険者。屋台がずらりと無秩序に並ぶ中で、ガチャガチャと金属の音を引き下げながら、身長よりも高い大きな刃を背中に背負っている者もいれば、ほんとうにそんな装備で大丈夫なのか?と思わず顔をそむけてしまうほど露出度の高い、それでいて精巧な作りの装備をしている者もいる。虫のような?手足の生えた本、いわゆるモンスターとかいう、奇妙な獣を従えている人たちを見た時には腰を抜かしそうになったけど・・・


―――――過去


『どうやって(ゲートから)帰ってくるんだろう?』


『石(お守り)を持ってれば大丈夫みたいだぜ。仕組みはしらんけど。とにかくこの世界に戻ってくるためのキー、それも磁力というか、引力のあるものでなければいけないそうだ。』


カラスが指をさした先にはこれまた古めかしい一軒の、周りを蔓で覆っている奥から魔女でも出てきそうな曇りガラスの家が。


『見ていこう。そうだ、お金は・・・』


『安心しろ、俺がお前の貯金口座から引き落としてやった。そうでなくても前借りはできる。ここ(ギルド)で簡単なクエストを達成して、あとからポイントで支払いができるんだとよ。まぁ万が一?無くした場合は仲間に払ってもらうか、ここでパートとして働いて稼いで返すかのどっちかだろうがな。』


暗証番号を知ってやがった。この猫、あとでたっぷりとしつけてやろう。


―――――

風がさわやかに朝の陽ざしを連れてきて、もうパンの甘いかおりやら、いいにおいが漂ってくる。

簡単な別れの挨拶をすませて、特に看護師さんにお礼と感謝をしたあと、俺は医者からの許可も得て、ようやくここに立っている。

今日も市場のような賑わいを見せている、その道を少し弾むように歩いていく。集会所へ。旅に出るために。

はやく異世界に行きたくてたまらなかった。そうしなければあのトラウマな出来事を再現してしまいそうで。

だから「辛いなら、もう旅をやめたっていいんだぞ。」と、店でバニラアイスやらクロワッサンやらはたまた串焼きをムシャムシャ貪るカラスの言葉を物理とともに否定したのだ。


「石を買いに行こう。」


「うにゃ、」



※※※


「いらっしゃい。」


カランと鈴の音がして踏み入る。他とは一角距離を置いていることもあり、店内はやはり怪しさ抜群だ。

「セキレイ」という名。宝石 兼 守護石を売っている。石の専門店なのに、その辺に食虫植物やらなにやら見たこともないドロドロしたスライムや獣骨の手のような、おそらく冒険者持参の品が置かれているせいだろう。なんでも石の効果を最大限に保つためとかなんとか・・・。


店主はこれまた魔女を体現したようなおばあさんで、本人もそれを自覚しているのか紫のローブを羽織って鷲の杖をついている。本人曰く、「今はこんな時代だからねぇ。」。今は本を手にしているが、きっとどこぞで調達した魔法書に違いない。


「どの石がいいんでしょうか。」


「そこにある赤は闘争、隣の青は知・・・ここに戻ってきたいっていうんならどの石も同じ効能はあるけど、相性で選んだほうがいいよ。石のほうが裏切るときもある。お前さん、こっちに来な。」


布が取り払われる、カウンターにあった大きなものが初めて水晶だと知った。


「私もここに流れ着いて初めて手に入れた代物だからね。この能力は他では活かせんよ。」


「目を閉じて、手をかざしてごらん。」


途端、手が熱くなって・・・


※※※



集会所はやはり、というか壮大なスケールで込み合っていた。1階はフロアのような場所だ。木造が薫る。壁にはクエストが山というほど掲載されている。休憩スペースには素朴な木づくりのテーブルとイスが縦横に用いられ、多くの冒険者が立ち入った話などをしている。入り口にはオペレーター。エレベーターから2階にあがると、「第2会場」と書かれた部屋に到着する。


――


「はい、テストはこれで終わりです!早速データが集計されていますので、お手元のpcからダウンロードしてください、これで冒険者登録完了となります。

引き続きパーティの手続きについてです。pcからホスト(主)としてパーティを募集することができます。尚、パーティ入会希望についてはホストと同じく希望欄にチェックマークをつけたあと、先ほどの診断書類を持って1階管理室前のカウンターまでお越しください。ホスト、入会希望者両者ともの希望に基づいて判断いたしますので、例外的事情がない限りは「取り消し不可」とさせていただきます。ご了承ください。ひとまずはお疲れさまでした。」


どうせなら一匹になってもいいように、ホストになろう。


それにしてもここまで物質がそろっているのは、国はよほど急いているんじゃなかろうか。ゲートには能力者がかけたバリアがかけられていて、今のところ重大な事件は起こっていないらしい。それだけじゃない・・・腹の傷がうずいて考えるのを止める。


pcに表示されているのは自分がどういったタイプの人間か、という詳細だがひたすら3ページにも渡って連なりつつある、駄目だ眠くなってきた。

ところでパーティ申請だ。


タイプは例の性格診断からのマッチングに限られるそうだが、これは自由度が高いといざ問題に当たったときに対応できかねるからという、向こう側の都合だ。ただ、任意で年齢だけでなく、容姿から性別まで選べるらしい。


・・・そうだな、


手が伸びたところで、


「やっぱ女にするのか」

背後からボソッと呟いたカラスの一声にビクッとする。


「そっそそだだだって、いいじゃん、別に。」


「やっぱ女にするんだな。」


おい猫、それ周りに聞こえてんだよ。


変な汗が噴き出てくる。

「ふーん、やっぱ男なんだな。」


「悪いかっ?!お前だってそうだろ!」


「そうだが。仮にもボッチからのスタートなら、(笑)頑張らなきゃな。」


「お、おま・・っ!生暖かい目をしてんじゃねー!同類のくせに!」


ダダダ!と打ち込み入力完了のボタンを確認すると、俺は猫を引き連れて階下へと急いだ。



―――

「衝動性に注意しましょう。」性格診断はよく読んでおくべきである。


予想通り希望者だけでなくホストも多いようで、手続きに時間がかかっていた。手元のナンバーは509、つまり509番目が来た時、このテーブルのランプが光って希望者と対面、ということになる。夕暮れの陽ざしが照り付けるなか、俺とカラスがハンバーガーを食い終わってそろそろ第二フェーズ(お代わり)に行こうかと思っていたときだ。ピーとランプがなった。そのとき、



「初めまして。」


「?」


なにやら向こうから爽やかな声をかけられた気がした。が、

なんだあの長身、の男。俺に向かって手を振っている、な?それよりも・・・見れば、周りの人も、特に女性からの視線が痛い。妙なことに「いいぞもっとやれ」と顔に描いている人もいる。思わず同意を求めて顔を合わせようとした矢先、さきほどまでここに座っていたカラスが彼方のカウンターでジュースを頼んでいるのが見えた。


・・・。


波立つ感情をよそに、しかし彼はいたって気にする様子もなく真っすぐに歩いてくる。


「君だよね、のパートナー。僕はユーリ・アンドロビウス・ゼッカ。長いからユーリでいいよ。」


灰色の髪(ウルフカット)すら煌めく、ユニセックスの美人な「男性アンドロイド」がに向かって微笑んでいた。





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