ep.1 日常

彗星墜落1週間前―


8月3日木曜日。午前8時20分。


暑い。


山間の細い通学路を徒歩で通う。ここは西と東を山と山にかこまれた、どこにでもある小さな田舎。

じりじりと木々の間から容赦なく焼き付けてくる日射しを受け、彼、沢渡 藍はうめく。前に駅付近でもらった塾の宣伝のうちわを鞄に入れたまま、首にかけたタオルで時折汗を拭いては足早に風を切っていく。

ときおり颯爽と追い抜いていく自転車の学生らを見ながら、家と高校との距離が近いこと(徒歩15分)を悔やむ。

どこからか、風鈴の涼やかなる音がきこえてくる。

夏休みが終わり、今日からまた2学期がはじまる。高校のクラスにはだいぶ慣れてきたが、どこか気だるい思いが抜けきらない。

夏休み。。。

祭りにも行った。

川に泳ぎにも行った。

週末は隣町のスーパーのレジと掛け持ちして、山で畑のバイトにも行った。はずだ。


ああ、

いない、わけではなかった。以前までは、一緒に何かをする友人が何人かは、いたのだ。それもこれも全部去年のせいだと思う。

思えば去年、初めてのクラスで「虐め」とやらが発生した。

彼、沢渡 藍はうっかりそれを「トイレ」で目撃してしまい、体格とは矛盾するほどの腕力をもって奴らをねじ伏せた。表沙汰にならないことのほうが多いのは実情だ。しかもねじ伏せた相手というのが年上で、リーダー格の男はさらに一撃によって片頬を損傷する事態とまでなった。この恥を生かしておく手はない。以来、日向の影を狙い撃ちするように襲撃を受け、ヤッカミを買うようになってからロクな目にあっていない。


地味な嫌がらせの他、殴る蹴るの喧嘩が彼の悪評を極めてしまった。つまり、孤立しつつあった。助けた当人はというと、これもまた恐れのために彼を避けるようになった。腕っぷしにまかせ、野郎どもを蹴散らしてついに先日、学校から連絡がかかった。

親には随分叱られた。

しょうがない。こういう性分だから。


おかげである意味「有名」になってしまい、近所のおばさんさえもこちらをちらッと見るなりそそくさと逃げていく始末である。


田舎特有の狭い世界観。浮世の体現。

誰も近づこうとするものがいなくなってしまった。それだけのことだ。

沢渡 藍は、典型的なである。


「退屈」だった。

なんせここは山の一田舎。一目見れば、山あり、川あり、田んぼもあり、という夏の風物詩ともいうべき長所を備えたこの町の、致命的な点などは容易に想像できる。


これは一度、都市の味を覚えてしまったせいだろうか。

なんせ小学校も中学校も、ここで過ごしてきたのだから。山なんて庭。

ここには「刺激」がない。町とはいえど中学生のときに、自転車でほぼ制覇している。

ない。

wi-fi以外は。

必然と彼の熱意はパソコンに向けられ、山への散歩を除いて、今はシューティングゲームを使い倒す日々である。


まず一つ、「ここ」はつまらない。

二つ目、彼には、先にも書いたように、空いた時間はひたすら家でゲームに勤しむ日々である。

そんな日常。


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