お母さん
ドォーン、と。
低く重たい銃声が山中に響いた。
「お母さん!」
駆け寄る子熊を、血を流した母熊が全身で威嚇する。
「早く逃げて、人間よ!」
その必死な顔と声に、子熊は慌てて逃げ出した。
どれだけ、どこを走ったのか。
分からないまま昼も夜も走った。
ちらちら舞っていた雪はいつしか大雪となり、辺りを白く変えていく。
それでも子熊の脳裏には、赤い血の色が焼きついたまま。
「お母さん…」
返る声は無く、残るのは悲しさだけ。
冬眠に備えた食事を済ませたばかりで空腹は感じないが、とにかく疲れていた。
そのうちついに動けなくなり、子熊はその場に倒れ込んだ。
降り続く雪が見る間にその体を隠していく。
—このまま眠ればお母さんに会えるかな—
「そこで寝ちゃ駄目だよ」
驚いて見上げると、大きな雪の塊があった。
二段になっていて、下には子熊でも入れそうな穴。上には黒い石が二つと木の枝が一本埋めてあり、それが顔となり子熊に話しかけていた。
「君は誰?」
「雪だるま…いや、かまくらかな。里の子が作ったんだ」
「人間、が」
口に出して思い出す。
人間はお母さんを殺したんだ、と。
「そんな怖い顔をしないでこちらにおいで。この中なら寒さを凌げるよ。子供達ももう来ないから大丈夫。…熊が出たので、ここに来るのを禁じられたんだ」
そう語る雪だるまは悲しそうだった。
迷った末に、子熊は下の穴に潜り込んだ。
「…暖かい」
「良かった。春までゆっくりお休み」
うとうとしながら、子熊は母熊のことを話した。
「よく頑張ったね」
雪だるまのその一言は子熊の心を溶かし、体も心も暖かくなった子熊は、安心して眠りについた。
穏やかな寝息を聞きながら、雪だるまは空を見上げる。
雪は一向に止む気配がない。
子熊を抱えた穴の入り口も雪に覆われ始めたが、寒さを防ぐには好都合だ。
—この子を助けなくちゃ—
誰にも知られず消えていくのは寂しいと思っていたけれど。
子熊に出会えたからもう大丈夫。今度は自分が子熊を守る番だ。
子熊は夢を見ていた。
隣には母熊がいて暖かく心地良い。
幸せな気分の中、別の暖かい何かにも守られていることに気づく。
そこにあったのは真っ白な雪—。
目覚めると辺りは随分雪が溶け、新芽が顔を出していた。けれども子熊の周りだけは、まるで子熊を守るように硬く雪が残り、傍らには黒い石と木の枝があった。
「ありがとう、お母さんと…雪だるまのお母さん」
精悍な顔つきになった子熊は、そう言うと山奥に消えていった。
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