祭り

 その村の神社では春に祭りが行われる。

 普段静かな神社もこの時ばかりは、奉納舞や立ち並ぶ露店で大層賑やかになるのだ。



 辺りが暗くなり始めた頃。

 少女は目を輝かせ、参道へと向かう。その小さな手には、もらったばかりの小遣いがしっかりと握られていた。


 何を見て、何を食べようか。


 露店は毎年ほぼ変わらないが、あれこれ考えるこの時間もまた楽しいもの。

 それに今年こそ、大人達が語り継ぐ「あの子」に会えるもしれない。



 —祭りには、ずっと昔に死んだ子供もやって来る。でも「あの子」は祭りが楽しいだけ。悪さなんて絶対しないから、怖がったり追い返したりしてはいけないよ—



  ◇◇◇◇◇



 夜桜に彩られた参道には既に多くの人がいて、行き交う誰もが楽しげだった。

 だからこそ少女は気づいたのだ。

 賑やかな輪の外、不安げに立ち尽くす少年に。


 彼が「あの子」に違いない。


 一目でそう感じた少女は、少年に近づいた。寂しい思いをさせたくなかったから。


「こんばんは。一緒に行こうよ」

「僕と?…いいの?」

「もちろん」

「ありがとう!」



 それから二人で露店を回った。射的にくじにりんご飴。遠慮がちだった少年も次第に打ち解け、いつしか二人は仲良く肩を並べていた。まるで以前から友達であったように。



 長い参道を歩けば当然喉も渇く。鮮やかな色のソーダ水を買った少女の耳に、大人達の潜めた声が届いた。


「あんな子いたか?」

「あの子、だろう。今年も来たんだなぁ」


 彼等の声には確かに怯えも恐れも無く、むしろ優しさが感じられる程。けれども少女は、その声が少年の耳に入らぬように夢中で話し続けた。



   ◇◇◇◇◇◇



 心地良い疲れと共に、参道入り口まで戻ってきた二人。

 遠くの方に、手を振り近づいてくる人影が見えた。


「お父さんとお母さんだ!」

「…え?」


 少年は満面の笑みで少女を見た。


「今日はありがとう。僕、引っ越してきたばかりだから、一緒にいてくれて嬉しかった。また会える?」

「…もちろん。来年、ここで会おう」

「分かった。また来年ね!」



 両親の元に駆け寄る姿を見送りながら、少女は思い出していた。

 どうしてもすぐに忘れてしまうこと。

「あの子」は自分だ、と。

 その事実は悲しいけれど、皆は優しいし、今年は友達もできた。彼と会う来年が、今から楽しみで仕方がない。

 

 再び笑顔になった少女は、軽やかな足取りで森の奥に消えた。やがて何処からか彼女を迎える声が響き、元気な返事が後に続く。



「ただいま。今年も楽しかったよ!」

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