【4滴】ドラクラ・バンピラの花が咲く4
全身に感じる朝の感触。ふかふかで温かい。それが目を開ける前に感じたこと。天国にいるような心地よさの中で晴翔はゆっくりと目を開けた。
見慣れぬ天井。一目見ればそれが自宅でないことも自分がベッドに寝ていることも理解出来た。だが不思議と落ち着いている。もしここが天国だとしても驚きはない。それはあまりにも奇々怪々な出来事の連続を体験したからなのかもしれない。今はちょっとやそっとのことでは動揺しない自信が晴翔にはあった。そう思うと今までの自分より強くなった気がして少し鼻が高くなる。
「おっ。起きたみてーだな」
自分の成長に少し口元を緩めていると横から声が聞こえた。どこか聞き覚えのある声。その声の方へ晴翔が顔を横に向けるとそこにはあの女性、ノアが座っていた。笑顔を浮かべた彼女を見た瞬間、表情が驚き色に染まる。
それと同時に手を顔の前に持ってこようとしたがそれは鉄の音と共に阻まれてしまった。見ずともどうなっているかを頭では理解していた晴翔だったが無意識に自分の手を布団から出してみる。彼の両手首には拘束具が付けられておりベッドにしっかりと固定されていた。しかもその感覚は両足にも。
「なっ...」
思考とリンクしていない口が言葉の頭だけを声にした。だが出ない声の代わりと言わんばかりに両手は激しく動きガチャガチャと音を立てた。
「な、なんですか!これ」
鎖の音の中で徐々に落ち着きを取り戻すと今度は思考と同じ言葉を声として発した。
「見たらわかんだろ。お前が勝手に動けないようにしてるんだよ」
「一体なんで..そんなことを」
「は?お前の正体が分かってねーんだから当たり前だろ。めんどうなことになるのもめんどーだからな」
自分で言うのもなんだがこんな自分を警戒する必要があるのかと返事を聞きながら思っていた。そんな晴翔の頭にはあの襲い掛かる化物の映像が流れた。
「そうだ。確か僕はあの時。化物に襲われて死んだはずなのになんで」
「そりゃ、アタシが間一髪で助けてやったからな」
ノアはコードの伸びたリモコンを手に取りながら、どうってことないと言うように返事をした。あの状況からどうやってという疑問はあったが、今自分がこうやって生きていることが何よりの証拠。そうなると彼女は晴翔にとって命の恩人だった。
「ありが――」
すると晴翔の言おうとしたお礼を遮るように背もたれが動き始め強制的に体を起き上がらせた。急に動き出した背もたれに言葉を止める程には驚いてしまった晴翔だったがすぐに冷静を取り戻しもう一度、今度はちゃんとお礼を口にする。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「気にすんなって」
笑みを浮かべた彼女の声。その声が部屋に消えるのと入れ替わるようにドアの開く音が鳴り響いた。音の後に部屋へ入って来たのはあのキャップ帽の男とスーツ姿の顎髭を生やし刀のように鋭い目つきの厳格そうな男。
「おつかれーっす」
ノアはスーツの男に対して片手を上げながら軽く挨拶をした。
「おい。支部長にぐらいちゃんと挨拶しろよな」
「全く細けーこと気にすんなよ。翔太」
「止めろ」
呆れた様子の翔太は更に言い返そうとしたがそれを低く落ち着いた声の支部長が止めた。
「そんなことをする為にここへ来たわけじゃない」
「申し訳ありません」
翔太は軽く頭を下げると手に持っていたタブレットを手渡す。支部長はそれを受け取ると視線を落とし目を通した。
そこに何が書かれているのか――彼らが誰でここがどこかすら分からない晴翔は1人取り残され、ただ黙るしかなった。
少しの沈黙の後、支部長は顔を上げながらタブレットを翔太に返し晴翔と目を合わせる。
「九鬼 晴翔。
その視線は突き刺すように鋭く晴翔は体を一瞬跳ねさせる。怖いという感情はあったがやはり彼の言っていることが理解出来ずその困惑の方が大きかった。
「あの。言っていることがよく...」
「君が吸血鬼であることはすでに検査結果として出ている。もう隠すことはできん。だがそれよりも興味深い点は、吸血鬼である君がなぜ吸血鬼を襲ったのか。単なる個人間のいざこざなのか別の理由があるのか。どうだ?」
吸血鬼。晴翔にとってこの単語が一番の難解点であり、同時にそのせいで冗談でも言っているのかとさえ疑わせた。
「さっきから何を言ってるのかさっぱり分からないのですが」
晴翔の反応に顔色は変えず隣の翔太の方を見る支部長。
「やはり先程話した通りかと」
そのまま顔をノアへ向けた。
「どう思う?」
その問いかけにノアは晴翔を一瞥し支部長へ視線を戻した。
「もし猫被ってるんなら大した奴だな」
2人の言葉を聞いた支部長は再び晴翔を見た。無言のまま両手をポケットに入れると少し眉を顰める。そのまま足を進めノアの方へ。ノアは気を利かせ椅子から立ち上がろうとしたがそれを支部長の手が止めた。
そしてノアの隣に立つと静かに晴翔を見下ろす。
「―――だが君が吸血鬼であることは紛れもない事実。そこは十分考慮して決断しなければならない」
「さっきから吸血鬼、吸血鬼って意味が分かりません。何なんですか一体?」
だが支部長は口は開かず晴翔を観察するように注意深く見つめる。
何もかもが分からない。そんな状況が晴翔の恐怖心を煽った。同時に早くこんな状況から抜け出したいという思いが強まる。
「もう帰らせてください。こちらの方に助けていただいたのは感謝していますが、こんな訳の分からないことにはもう付き合えません。この手錠も外してください。じゃないと警察を呼びますよ?」
晴翔は両手の拘束具をアピールするように鳴らした。
「こんなの誘拐に監禁じゃないですか」
そんな晴翔をほんの数秒だけ表情は変えぬまま直視し続け口を開いた。
「いいだろう」
「支部長!それは」
だが支部長は翔太へ向けた顔を晴翔の方へ軽く動かし無言で指示を出した。翔太はまだ納得してはいないといった表情だったが晴翔の傍まで足を進める。そしてポケットから鍵を取り出し両手足を自由にした。
「自宅まではこの2人が送る。
それだけを言い残すと支部長は翔太と共に部屋を出た。残された晴翔は自由になったがまだ拘束の感覚が残る手首を摩っていた。
すると横から飛んできた長袖シャツが1枚、脚の上に乗る。晴翔の顔は自然とその方向へ向いた。
「そんなんじゃ外に出られねーだろ?」
ノアの指した指を目で追い自分のシャツに視線を落とす。真っ白だったシャツは乾いた血で赤黒く汚れていた。
「えーっと...。ありがとうございます」
どうして血塗れなのか全く分からなかったが替えをくれたことに対してお礼を言った。こういう状況なのにも関わらず冷静にお礼を口にしたのは彼女があまり悪い人に感じなかったのが大きいのかもしれない。
感謝を伝えた晴翔は服を脱ぎ長袖シャツを着た。そのタイミングで外から翔太が戻る。
「それじゃあ行くぞ」
翔太の声にノアは立ち上がり晴翔はベッドから降りた。そして翔太の元へ行くとフルフェイスヘルメットを差し出され受け取る前に思わず首を傾げる。
「この場所の事を知られるわけにはいかないからな。これを被ってもらう」
ここがどこか知ったところで誰にも言わなのに。そんなことを思いはしたがとりあえず彼の言葉に従いヘルメットを被った。すっぽりと収まり顔が覆われる。だがシールド部分は黒一色で外の光景は全く見えない。そのことを翔太に言おうとしたが、何かの起動音と共にシールド部分に映像が映し出されその言葉は呑み込んだ。
それはどこまでも続く大草原。先程まで病室のような一室に居たのにも関わらず今は目の前に大草原が広がっていた。上を向けば青空と太陽。
「おぉー」
思わず感動の声が口から零れ出る。
「足元の線に沿って進め」
その声に再び前を向けばそこにはちゃんと翔太とノアの姿もあり更に視線を下へ。青々しい草の上には濃くハッキリとした赤い矢印がナビとして伸びていた。
「はい」
晴翔の返事を受け取ると翔太は前を向きドアを開ける動作をして歩き出した。その後に続き晴翔も2人の1歩後ろを歩き本当はどうなっているか分からない道を歩き進んでいく。歩きながら晴翔はこのヘルメットを被っていると2人の声以外の音も聞こえないことに気が付いた。だがそれは正直に言ってこの場所がどこにあるのか、どんな場所なのかということに興味が無かった晴翔にとってはどうでもいいこと。
そしていくつか角を曲がり恐らくだがエレベーターに乗ると上へ。エレベーターから降りると車に乗せられそこからはそのまま家までただ揺られた。
しばらく走り続けた車が停まると監視するように隣に座っていたノアがヘルメットを外す。いつぶりかに草原以外の現実世界を目にした。
「お前がもし本当にあっち側でもなくて、吸血鬼のことも知らねーんだとしたら。今まで通りに生きるってのは無理な話ってやつだ。残念ながらな」
彼女の言葉に対して何か言おうと思ったが何を言っていいか分からなかった晴翔は結局黙ったまま降車。そして途中1度だけ車を振り返りつつ自分の家に帰った。
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