【3滴】ドラクラ・バンピラの花が咲く3

 飢えた猛獣のように肩で息をする晴翔の口からは血液混じりの涎が流れていた。そんな晴翔の背後に音を立てて着地した二つの人影。音に反応した晴翔は少し時間を掛けて後ろを振り返った。

 そこに立っていたのはあまり長くない髪を後ろで簡単に束ね革ジャンを着たカッコいい雰囲気の女性とキャップ帽を深く被り顎髭を生やした男性の二人。女性の血のように赤い目と男性の茶色の目は目の前の晴翔を疑うような目つきで見ていた。


「何だコイツ?吸血鬼か?」

「は?だとしたら共食いだろ」

「それ。お前が言うか?」

「うっせーな。つーかアタシは吸血鬼を食ったことねーよ」


 余裕な様子でやりとりをする二人。だが晴翔はそんなこと気にしないというように一歩一歩と足を進め始める。


「コイツの目。飛んでないか?」

「そーだな。正気とは程遠そうだ」

「こんな奴初めてだ」

「とりあえずアタシ達に対して敵意丸出しだからこの場は収めないといけねーな」

「どうする?」

「まぁ、ここはアタシに任せろって。丁度、さっきのじゃ物足りないと思ってたとこだしな」

「へいへい。そうだろうと思ってたよ」


 若干呆れ投げやりに言いながら男性は後ろへ下がった。


「さぁーて。血ぃー飲んでるとこ見ると吸血鬼みたいだが...」


 女性は傍に転がる悲惨な生首へ目を向ける。流れた血の所為ではないだろう赤目を確認するように一瞥するとすぐに晴翔へ戻した。


「吸血鬼が吸血鬼を食うのか?それともただ殺しただけか?」


 独り言のように呟く女性。

 すると言葉の直後、晴翔は返事の代わりと言うように地を蹴り女性に襲い掛かった。

 だが女性はそれをまるで知っていたかのように冷静にかつ軽やかに躱した。


「まぁ、とりあえずやるか」

「殺すなよ」

「わーってるよ」


 後ろからの声に女性は言われなくても分かってると眉を顰めながら振り向いた。

 その隙を突いたのかそこに戦術的な思考はなかったのかは分からないが晴翔は後方を向く女性に再度攻撃を仕掛ける。だが女性はまるで見ているかのように自身を狙う拳を受け止めた。押し込む力と止める力が競り合いながらも釣り合い均衡を保つ。

 そして余裕を持って女性は前方へ顔を戻した。


「力は悪くねーな。だが...」


 言葉の後、女性は滑らせるように拳を流すと手首を掴みそこから腕を捻りつつ足を払う。全ての行動は瞬時にかつ滑らかに行われ晴翔はあっという間に仰向けで地面に倒された。


「バカ正直だな。まぁ、そういうのは嫌いじゃねーがな」


 心に現れた余裕がそうさせたのか女性は笑みを浮かばせながら足を上げる。

 そしてそのまま下ろされた足を晴翔は顔を傾げるようにずらし躱すと両手で女性の手を掴んだ。その後、力一杯手を引き足側へ投げ飛ばした。女性の体が軽いのか晴翔の力が強いのか、彼女の体は軽々と放物線を描くように宙を飛ぶ。

 空中へと放り出された女性だったが冷静だと言わんばかりに体勢を変えると晴翔の方を向いた状態で着地。一方、女性が着地するまでの間に立ち上がっていた晴翔はすでに走り出し着地直後を狙う。

 すぐそこまで距離を縮めていた晴翔は上げた足を加減など一切なく振った。だが女性は特に慌てることもなく顔の横まで上げた腕で蹴りを防ぐ。

 それとほぼ同時に晴翔の体を支える唯一の片足を掬った。易々と体勢を崩された晴翔は後ろへ倒れ背中で地面に着地。一瞬、顔を歪めるがすぐに体を起こした。しかし横から女性の蹴りが起き上がった顔を容赦なく蹴り飛ばす。晴翔は再び地面を舐めるように倒された。

 地面にぶつけ額から血を流しながらも再度、体を起こすが今度は膝蹴りの強烈な一撃が顔を捉える。折れた鼻から血を零しながら上半身は引っ張られるように後ろへ倒れ後頭部を強打。響いた鈍い音と共に衝撃に顔を歪めた。

 そんな晴翔が更に起き上がるより先に女性は胸を跨ぎ立ち顔を見下ろす。


「吸血鬼ってーのは頑丈なんだよ。だからわりーな」


 女性は余裕の笑みを浮かべながら一言謝ると拳を握る。

 そして脳まで揺らす程の力強い一撃が晴翔の意識ごと持っていった。


 ###


 顔に若干の痛みを感じ、眉間に皺を寄せながらもゆっくり瞼を上げる晴翔。光を浴びた黒目は右に左に、と動き辺りを見回す。座っていた彼の目に映ったのは何もない部屋分けすらされていないコンクリだけのフロア。そんな見覚えのない場所には同じく見覚えのない2人組が立っていた。それはあの革ジャンの女性とキャップ帽の男性。


「だ、誰ですか?」


 少し震えた声を出しながら動こうとした晴翔だったが身動きが取れず視線を下げた。彼の体は人の手と類似しているが朱殷しゅあん色で鬼のように狂暴な手によって掴まれ拘束されていた。

 そんな今の自分の状況に焦燥感が増す。


「な、なに、なんだこれ!?」

「おっ!起きたみてーだな」


 晴翔の声に顔を向けた2人の内、女性の方が口を動かしながら歩き近づいて来た。目の前まで来た女性はしゃがみ目線を合わせると顎を掴み顔を右へ左へと動かす。

 晴翔の顔には痛みの原因である傷が3つ付いていた。鼻と口と額に1つずつ。


「まだ残ってんのか」

「お前があんな容赦なくやるからだろ」


 女性は晴翔の顔を掴みながらもその声に男性の方を振り向く。


「仕方ないだろ。あれぐらいしねーと気絶させられないんだからよ」

「最後の1発だけで十分だったんじゃないのか?お前ちょっと楽しくなっただけだろ」

「うっせーな」


 図星なのか反論ではなく不満そうな声を出した女性は顔を晴翔へ戻した。


「つーかお前もこんぐらいの傷大したことないだろ?」

「へ?」


 顔の痛みなど忘れてしまう程に訳の分からない状況に思わず気の抜けた声を出した。


「まぁ今はそんなことはどうでもいいだろ」


 晴翔から返事はまだだったが女性の隣まで足を進めた男性が割り込むようにそう言った。男性が横に並ぶと女性は顔から手を離し立ち上がる。そして2人は晴翔を見下ろした。


「今はこいつだな。――本当にさっきと同じ奴なのか?大分雰囲気が違うが」

「さっき?」


 だが男性の言うさっきを全く覚えていない晴翔は首を傾げる。


「でもまさか吸血鬼が吸血鬼を食うなんてな。何者だ?」

「何者って言われましても...」


 依然、話の流れについて行けず困惑しているとシンプルな着信音が鳴り響き男性がポケットからスマホを取り出した。そして少し離れると電話の相手とやり取りをし始める。


「あの。吸血鬼って何ですか?」

「は?何言ってんだお前?」

「ノア。先にやるぞ」

「あいよ」


 男性にノアと呼ばれた女性は返事をすると男性の方へ歩き出し横に並んだ。


「場所は?」

「―――まさにここだ」


 ノアの質問に男性が答えると突然、辺りの光景が一変。果てしない草原と青空の広がる場所へと変わった。


「おっ!始まったな」

「さっさと片付けるぞ」

「あいよ」


 2人のやり取りを右から左に流しながら晴翔は1人、眼前の景色に唖然としていた。瞬間移動をしたとしか説明できないほどに瞬時に一変した光景はホログラフより鮮明で現実的。そんな光景を口を半開きにしたまま見回す。

 するとそよ風が頬を撫でた。それは普段、外で感じる優しい風。その風を感じると共に手から草のふんわりとした感触が伝わった。


「やっぱり..現実?」


 瞬間移動など非科学的なことを信じるより何か最新のテクノロジーである可能性を信じる方が容易で晴翔もそれを疑っていた。だが頬に感じた風と手に触れた草がこれは現実だと訴えかけてくる。

 晴翔がまだ眼前の光景についてい行けず未だ動揺していると、甲高く奇怪な鳴き声が耳に入り込んできた。それは今自分が現実に包まれているのかはたまた最新テクノロジーの作り出したヴァーチャル世界に包まれているのかなどという疑問を吹き飛ばすような力があった。その力に引っ張られるように晴翔の顔は声の発生源へと向けられる。


「なっ、なんだあれ...」


 目が覚めてから驚きっぱなしだったがそれらを帳消しにするほどの存在がそこにはいた。

 頭に生えた角、背から生えた大きな飛膜、形は人のそれだが肌の色は灰色で人とは程遠い。一言で表すなら化物なそれは数えるのが億劫になる程におり四足歩行か二足歩行で立ちながら2人を取り囲んでいた。

 するとそのうちの1匹が晴翔の方を振り返った。目が合うと先程と同じ声で威嚇をするように叫び鳴く。そして四足歩行のまま走り出しあっという間に距離を縮めると晴翔目掛け大きく飛び掛かった。

 拘束された体で身動きは取れずどうしようもない。晴翔は死を確信した。

 人の肉など容易く食い千切ってしまいそうな牙の並ぶ口は大きく開かれ、牙同様に尖鋭な爪は今にも自分を切り裂いてしまいそうだった。

 これから来るであろう痛みと死への恐怖。晴翔の精神は限界を超え意識はその死を待つ前に途切れてしまった。

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