【2滴】ドラクラ・バンピラの花が咲く2

 目を覚ました晴翔は自販機にもたれながら座り込んでいた。


「―――あれ?」


 ローブを身に纏った女性に赤い発光物。記憶にはあるがそれが実際身に起こったことだという自信はなく少し戸惑う。胸に目を落としてみてもなんてことない。辺りを見回してみてもただ夜が広がってるだけ。


「何が...」


 今となっては夢か現実か分からなない出来事に頭がこんがらがりながらも晴翔はとりあえず立ち上がった。

 そしてポケットからススマホを取り出し時間を確認する。時刻は30分程経過しており深夜一時を回っていた。


「もうこんな時間か。とりあえず帰らないと」


 そう呟くと歩き出し家へと帰った。帰宅するとお風呂や何やらを簡単に済ませ明日の仕事に備えてベッドへ寝転んだ。疲れという餌に釣られた睡魔はあっという間に晴翔を連れ去り眠りへと誘う。

あまり十分な睡眠はとれなかったが次の日も遅刻せず出勤し仕事に励んだ。

 そして仕事にひと区切りがついたところで少し休憩する為に給湯室へ向かいコーヒーを淹れる。誘惑するように香りと湯気を立ち昇らせるコーヒーを一口。その後に黒い表面へ視線を落とすとカップを台に置いた。


「今日は少し甘くしようかな」


 残りの仕事も頑張れるように少し甘いカフェオレを飲もうと思った晴翔はミルクと砂糖を探した。砂糖で頑張りを労うようにほんのり甘くし、ミルクで優しい色に彩る。渇を入れるようなブラックコーヒーから甘く優しいカフェオレへと変身したカップを覗き込むと笑みを浮かべ一度頷いた。

 そしてカップに手を伸ばしたその時。突然胸の痛みに襲われ立ち眩みのようにバランスを崩しながら台へもたれかかる。痛みはすぐに治まったがその名残のように心臓は強くそして速く脈打っていた。


「なに?今の?」


 病気などの文字が頭に過ると不安が一瞬にして胸を満たす。

 だが痛みはほんの一瞬ですぐに治まったことを考えれば心配する事でもないのかもしれないという考えがその不安を和らげた。


「ちょっと働きすぎかな?」


 休暇でも取ろうかと考えながらカップを手に取った晴翔は仕事へと戻った。

 だが結局この日も残業をしてしまい夜遅くに退社。体は疲れ切っていたが明日は休みという事実のおかげで心はご機嫌だった。そのせいか時間帯も相俟って全く人通りのない月夜の夜道を鼻歌なんかを歌いながら帰宅していた。

 するとコインパーキングの前を通り抜けようとした彼は鼻歌と足を止め一点を見つめ始める。眉間に皺を寄せながら見ていたのはこの場所に唯一停まっている車。ではなく、その車から少し飛び出した人の足。地面と平行に伸びた足のつま先は空を見上げておりその人物が仰向けで寝転がっているのが分かる。

 ただの酔っ払いの可能性は十二分にあるがもし倒れていて救急車が必要なのだとしたら。そう考えると自然と足が動き出す。車の陰に隠れたその人を確認しようと恐る恐るだが一歩一歩足を進めていった。

 そして近くにある街灯のお零れを少しもらった車の向こう側をゆっくり覗き込むと、そこには地面に気を失ったように倒れるスーツ姿の男性とそこに跨り何かをしている人が一人。背中しか見えず性別は分からない。


「あの...」


 晴翔は思わず声を掛けたがほぼ同時にこの跨ってる人が悪い人だったらと思い無暗な行為を後悔した。

 だが時すでに遅し。晴翔の声に反応したその人はその状態で振り向いた。


「ひっ!!!」


 その男の眼光は威嚇するように鋭く鬼の如く恐ろしい形相だったが晴翔が大声を上げ尻餅をついた理由は他にあった。それは口元にべっとりと付いた血。顎先からポタポタとその血を滴らせながらその男は晴翔を睨みつけ、振り返りながらゆっくりと立ち上がった。

その姿に恐怖のあまり呼吸は浅くなり心臓は泣き叫ぶように速くそして強く鼓動する。

 すると男は口をむぐつかせ唾を吐き捨てた。地面にはスポットライトを浴びるように街灯に照らされた血液混じりの唾とそれにまみれた肉のような物が付着する。それを目視した晴翔は目を見張った。


「お前はアイツより美味そうだな」


 男は血まみれの口で不気味な笑みを浮かべながら後ろの男性を立てた親指で指す。それに釣られるように晴翔の視線も男性へ向けられた。先ほどはよく見なかったが男性の首は一部食い千切られ下には大きな血だまりが出来ていた。

 それは映画やドラマならともかくただの一般人である晴翔とは全く縁のない光景。故に晴翔は更に恐れ戦き座ったまま少しでもその場を離れようと足を動かす。

 だが男はそんな晴翔を逃がさんと言わんばかりに数歩で近づくと足で押し倒した。胸に乗せられた足の押す力は強く、慌てて足首を掴みどかそうとするもビクともしない。肋骨が折れてしまいそうな力で踏みつけられ息苦しい上にまだ恐怖が胸を内側から圧迫していた。焦りや恐怖、踏みつけられる胸。息苦しさはどんどん増していきついに抵抗する手に力が入らなくなった。

 すると男は足をどかし両肩へ伸ばした手で体を押さえつける。そしてまだ血の滴る口を大きく開け首元に噛みついた。歯が食い込み肉が食い千切られる。感じた事の無い激痛が全身を駆け巡った。


「あああぁぁぁ!!!」


 痛みが凝縮された叫び声に紛れ血を吸う生々しい音が響く。

 今まで感じたことない痛みにもがきどうにか逃げようとするが男は岩のようにビクとも動かない。その間も重なりに重なった痛みはあっという間に頭を埋め尽くしバグったように訳が分からなくなっていった。

 絶え間なく続く痛みと体外へと出ていく血。段々と晴翔の叫び声は小さくなっていき、意識も遠ざかり始める。薄れゆく意識の中で晴翔は死を感じていた。死は冷たく儚い手で頬をそっと撫でる。不思議とその手は優しく救いのようにも感じた。


「(僕、死ぬんだ...)」


 死がすぐそこまで近づいていることを更に感じさせるように全身に響き渡る激痛はまるで他人事のようで、頭では冷静に死が見えていた。

 そして人生の幕が下りるように意識が薄れ目の光が消えていく。

 晴翔の抵抗が無くなってからも少しの間、男は血を吸い続けた。そして鮮血に塗れた口を離すとビールを飲んだ後のような声を出し子どものように雑に口元を拭いた。


「中々悪くねぇ」


 満足気にそう言うと男は晴翔に背を向け歩き出す。残された晴翔の開きっぱなしの目に生気は無く、口は半開きで首からは垂れ流しの血液。突発かつあっけなく死を迎えた晴翔はまるで子どもに遊び捨てられた玩具のように道に放置された。

 だがただの屍と化したはずの晴翔の胸が突然、強く鼓動するように一度跳ねる。ドクンともう一度。

 男は数歩歩いたところで後方から聞こえた音に足を止めた。そしてゆっくり振り返ると声にならない声を出し目を見張る。

 彼の視線の先では逆再生するように立ち上がる晴翔の姿が。首からはゆっくりだがまだ血が滴り、上半身を力無く前に垂らしながら歩く屍のようにその場でゆらゆらと揺れていた。


「な、何でまだ生きてやがる?」


 信じがたいという気持ちが表情にも声にも表れていた男に対し晴翔は聞こえていないのか全く反応しなかった。

 すると突然、晴翔の揺れる体が止まりゆっくりと上半身が起き上がり始めた。徐々に立ち上がっていく上半身。最後は頭を大きく振り一度、天を仰いだ。そして最後のピースをはめるように正面を向く。

 血には塗れていたが首の傷は消えて無くなり晴翔の両目は血のように赤い色へ変化していた。だがそれだけではなくまるで中身が入れ替わったのかと思う程に感じられる雰囲気は一変。姿形は同一だったがもうそこに晴翔の面影はなかった。


「何がどうなって...なっ!」


 状況が理解できないといった様子の男の言葉を遮り晴翔はその場から姿を消した。しかし次の瞬間、晴翔は男の目の前に再度姿を現す。男は驚きのあまり体を一瞬跳ねさせる。

 そんな男の顔を鷲掴みにすると容赦や情けなどといった言葉とはかけ離れた力で地面へ叩きつけた。頭と地面が衝突すると生々しくも激しい音が鳴り響く。その威力は男の頭を中心にアスファルトの地面に入ったヒビが説明していた。


「くそっ...。この野郎」


 頭から流血していたものの自分を鷲掴みにする手を掴んだ男にはまだ余裕が見られた。

 だがもはや慈悲など知らぬ存ぜぬと言った晴翔はそのまま男の頭を持ち上げると何度もアスファルトに叩きつけた。何度も。何度も。アスファルトを頭で割ろうとするように。

 そしてもう何度目か分からないn回目の叩きつけをすると、今度は自分の目線の高さまで持ち上げる。手首を掴んでいた男の手は力無くずり落ち頭からは悲惨な程に血が流れていた。


「はぁ...はぁ...」


 その虫の息で微かに生きていることは確認できる。そんな男の肩へ余った片手を伸ばした晴翔はそのまま顔を傾けお返しと言わんばかりに首筋へかぶりついた。大きくそして深く噛み千切られた男の首に歪な歯形が刻まれる。

 晴翔は肉片を吐き捨てるとそのまま頭を引き千切り体を放り捨てた。そして天を仰ぐように顔を上に向けると首を口の上へ持っていき流れ出す血を浴びるように飲み始める。口から零れ落ちた血は首を流れYシャツに染み、瞬く間に晴翔を恐怖に仕立て上げた。


「おいおい、なんだアレ?」


 ある程度、血を飲んだ晴翔が首を投げ捨てる光景を傍の建物屋上から眺めていた人影の内の一つが物騒だと言わんばかりに呟いた。

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