第7話 あたしの逆襲
今朝の彼女は、いつもと違っていた。
態度や雰囲気ではなく、それは瞳の奥にある光。抽象的すぎるかもしれないけれど、たしかに変わったようにあたしには思えた。もしかすると、彼女の自我になんらかの変化があったのかもしれない。
その証拠に、しばらく御無沙汰していたお湯カレーが復活したし。帰ってきたのかよ、シャバカレー!
「ジュルルルル……ねえ、あのさ」
「御食事中はどうかお静かに。
そう注意しつつ、百均で買ったスプーンにお湯カレーを掬ったメイドさまが、自らの唇へ優雅に運ぶ。美人はなにをしても様になるなって、あらためて思った。
「あっ、はい……すみません」
彼女の変化は、昨晩の出来事が関係しているのかな?
あたしのなかで〝耳ペロの変〟と名付けたあの事件──特殊な意味があるに違いないソレを、本人に直接きくべきか迷うところではある。
けれども耳ペロ問題を解決しなきゃ、またシャバカレー地獄が繰り返されちゃう。
ここはおもいきって、きいてみることにした。
「スーッ……単刀直入にきくけど、耳たぶを舐めしゃぶるのって、あなたの部族の風習に関係あるんでしょ? どんな意味があるのか教えてくれないかな? あたしはあなたの主人なんだし、当然知る権利があると思うの」
「違反だ」
「へ?」
「規約違反だぞ、人間。おまえは異世界の倫理に介入するつもりなのか?」
「ええっ……そ、そんなつもりは……あたしは別にただ、耳ペロが気になっただけで……その……」
脳裏によぎるのは、賃貸契約書に記された禁止事項の文言。でも正直な話、契約書自体が細かな文字の羅列だったから、ほとんど飛ばし読みをして
「フン、どうせ契約書をろくすっぽ読んではいなかったのだろう。御主人サマ、とにかくこれ以上の干渉は、やめてくださりやがれ」
「は……はい」
結局なにもわからないまま、これを境にシャバカレーは復活した。
入浴中もオッパイを揉みタイムしづらくなったし、させてくれる空気じゃなかった。そのストレスから、駅ビル内にあるファンシーショップで何度ビーズクッションを両手で鷲掴みしたことだろう。お気に入りのお店だったのに、店員さんにガチ気味で注意されてから行けなくなってしまった。
そして一週間後、あたしは考えて考え抜いた結果、ひとつの答えにたどり着く。
その答えとは──。
彼女はタオルドライの最中、目をよく閉じていて隙だらけになる。その瞬間を狙っての、逆耳ペロ作戦だっ!
「でりゃああああああああああッ!!」
入浴後、隣で横ずわりになって髪を乾かしていた無防備状態のダークエルフに襲いかかったあたしは、そのまま背後にのし掛かり、長く尖った耳先に照準を合わせる。
「なっ…………き、貴様なにをする!? ひゃあ?!」
「動かないほうがひひわよ。
「わたしの耳を……おまえ、知っていたのか? クソッ……もういいだろう、早く離れろ人間!」
「はむはむはむはむはむはむ」
「んんっ! や、やめろ! 甘噛みまでするなぁ!(クソッたれめ……身体に力が入らない……やはりコイツ、耳が急所なのを知っているな!?)」
「れろれるれろ♡ チュパ! ちゅーちゅー♡」
「アッ、んんんッ!! いやぁ……だ……こんなの……やめろ……嫌ぁぁぁ……」
獲物の首筋に喰らいついた
「ゆ……ゆるして……ハァハァ……ゆるしてください、御主人サマ……」
なぜかわからないけれど、彼女はあたしをはね除けようとはしなかった。あたしよりもいろいろと恵まれた体格の彼女なら、本気を出せばたやすく形勢を逆転できるはずなのに、だ。
もしかすると、ダークエルフは耳が弱点なのかもしれない。
それならば説明がつく。彼女たちの部族では、その急所である耳を制することが相手を屈服させることに通じていて、あたしの耳たぶをペロペロしたから、彼女のなかで主従関係が逆転したに違いない。
もしこの仮説が正しければ、いまのあたしは最強だ。
「はむっ!〝参りました〟ってひえ」
「ま……参りました……」
「よひ。あたひのことをどう思ってひる?
「…………」
「はむはむはむはむ」
「アアッ、んん! す、好きでも嫌いでもない! 普通だ!」
「それなら、ひまから
「なっ!? 貴様、調子に──」
「チュポッ♡ ズボボボボボ♡♡」
「耳の穴はらめぇぇぇぇぇ!! 大好きです御主人
「ふふふ、よーひ。お
「まだあるのか!?」
「あるひょー。はなはの
「……それだけは勘弁してくれ」
「ほほひへ?」
それから彼女は、いくら耳責めをしても返答を拒んだ。どんなに身悶えしても、みだらに矯声を上げても、名前を頑なに教えてはくれなかった。
さすがにあたしも舌や唇が疲れてきたから、彼女を解放することにした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えな彼女は、全身に汗玉がいくつも浮かんでは流れ落ち、片手に握り絞められたフェイスタオルも汗が染み込んで濡れていた。
うつ伏せのまま身動きしない姿はとても哀れで、だけどベビードールを着てるからドスケベで。あたしは、自分が犯した取り返しのつかない所業に、後悔と罪悪感で押し潰されそうになっていた。
「ご、ごめんなさい! あたし、なんてひどいことを……」
「もういい、謝るな」
そういってゆっくりと起きあがった彼女は、そのままベビードールを脱ぎ捨ててふたたび浴室へと向かう。
正座するあたしは、シャワー音をききながら考えていた。そして立ちあがり、自分のパジャマを脱いだ。
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