第6話 彼女の報復

 出しっぱなしの高温シャワー。

 ミストサウナ状態となっている狭い浴室内。

 もうもうと立ち込める湯気のなかでは──。


「あっ……ん…………あああッ!」

「ヒッヒッヒッヒ♡ そ~れ、揉みタイムぅぅぅ♡♡♡」


 全裸のダークエルフに背後から抱きつき、メロン並みに実った生爆乳をいびつに変えるほど両手で揉みしだく人影。

 そいつの正体は、脂ぎったハゲ頭の変態モブオヤジ──じゃなくって、このあたしだ。


 カレーなる・・・・・ペロペロ事件以降、あたしはこの豊満な肉体の虜となり、こうして下等スケベ人間に成り下がってしまっていた。

 ただし、ペロペロはもうしていない。それは、理性が壊れると自己判断して自重しているから。もっとも、とっくにブッ壊れているような気もするけれど。


「……くッ! も、もう満足しただろう? 調子に乗りすぎるなよ、人間……!」


 口調と言葉遣いが乱暴になってきた。そろそろやめないと、本気で怒りだしそうだ。


「う、うん! ごちそうさま(?)でしたっ!」


 サッと背中から離れても、しばらくのあいだ彼女は肩で息をしたままで、それ以上動こうとしなかった。



     *



 調子に乗りすぎたせいか、お風呂でのぼせて倦怠感と吐き気が半端なく辛い。髪にバスタオルを巻いたままの下着姿で横になっていると、遅れて出てきた裸の彼女が冷淡なまなざしでいった。


「おや? めずらしい……風邪をひかないでください。看病するのは誰だと思っていやがるのです? そういうプレイをしたいのなら、そういう店に行ってくださりやがれ」

「(プレイってなによ?)……違うの。本当になんだか具合が悪くって。お風呂でハッスルしすぎちゃったのかなぁ……ううっ……今度は悪寒までするぅ……」


 不安がるあたしを完全無視した彼女が、自分の敷き布団の上でタオルドライに勤しむ。火照りがまだ引かない褐色のなめらかで美しい肌には、水滴と玉の汗がいくつも浮かんでいた。


「うーん……うーん……」


 ああっ、本当にヤバいよ。体温計どこにしまったかなぁ……頭がクラクラしてて全然思い出せないや。


「ね……ねえ。ちょっと……」


 無視はつづく。


「あの……ねえってば……」


 タオルドライも後半戦に突入したようで、毛先にかけて優しくポンポンしてる。


「おーい……もしもーし……」


 名前を知らないから、こんなふうにしか呼びかけができない。それを知っててなのだろう、彼女も我関せずを貫きとおしていて無反応だった。

 あたしがこんなに苦しんでいるのに、ひどいよ。

 おにょれ、こうなったら……!


「ね、ねえ! そこの耳長オッパイお化け!」

「…………は?」


 よし、勝った!

 エルフってたしか〝耳長〟って呼ばれると怒るんだよね。なんかのラノベで読んだ記憶があった。


「おまえ……もう一度いってみろ」

「へ?」


 シーリングライトの暖かみのある光が、突然あらわれた人影で遮られる。その正体は、瀕死で横たわるあたしを冷徹な表情で──されど、映るものすべてを燃え尽くさんばかりに、怒りの炎を宿した双眸で見下ろす彼女だった。


「あ……あのう……」

「もう一度、いえ」

「……パイオツお化け」

「違うだろ」

「……むぅいむぅいぬぅがーおっぺぇーおぶぅあけぇー」

「発音で誤魔化すな」

「…………みみ……なが──」

「くっ!」


 眉間に深い縦皺たてじわをつくって犬歯も剥き出しにした彼女の顔が、一気に鼻先まで迫る。倒れるあたしに覆い被さる。


「あ、あ、あのう……す、す、すみません……もういいませんから……ど、どうか、命だけは……」


 押しつけられた乳房から、湯上がりの熱い体温と心臓の鼓動が否が応でも伝わってくる。それは彼女もおなじはずなのに、あたしを逃げられなくするため、より体重をかけてきた。


「ダメだ。命乞いならもう遅い。貴様はとうとう、わたしを本気で怒らせた」


 ほんの少しだけ身体が離れたかと思えば、舌先の悩ましい動きで湿らせた唇がゆっくりと開かれる。やがて、尖った四本の犬歯がふたたび現れた直後、彼女はあたしの首筋へと顔をうずめた。


(ええっ!? まさか……吸血鬼なの!?)


 ──カプッ。


「ひぃぃぃぃ?!」


 従順だったはずのダークエルフの使用人も、差別用語にはたやすく我慢の限界に達するみたいだ。次からは気をつけなくっちゃって、噛みつかれながらそんな呑気なことを考えていた。

 だけど──。



 はむはむはむはむはむはむ。



(……えっ? そこって…………………耳ですけど?)


 彼女が噛みついたのは耳たぶで、なぜかいまも、熱心に甘噛みをつづけている。弄ばれているのとも違うようだ。


「じゅるる。どうだ人間、思い知ったか……はむっ!」

「あ……えーっと、うん……」


 全然思い知らされてはいないけれど、これだけで済まされるのなら──暴力や魔法、醜悪な生き物に姿を変えられる呪いとかをかけられないで怒りが鎮まるのであれば、ここは穏便に思い知らされた振りをして、早くすべてを終わらせたい。


「許してください、もういいませんから……その……泣いちゃいそうです、いろいろとツラくて」

「フフッ、まだだ。この程度でわたしの怒りが収まると思うなよ……ぺろっ♡」

「きゃあ!?」


 今度は耳を舐められたから、さすがにチョットだけ感じちゃって声も出ちゃった。

 それから彼女は、甘噛みを繰り返しながらペロペロもしたりして、エッチな悪戯いたずらとしか思えない報復をつづけた。

 そういえば、名前を教えてくれないのは部族の風習だったはず。これもひょっとして、部族の風俗習慣のひとつなのかもしれない。でなければ、彼女はただの変態さんだ。


「はむはむはむ、ぺろっ♡ フフッ、参ったか!」


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