第5話 エンドレス・カリー
翌朝、久しぶりにスマホのアラーム機能で目が覚める。
昔からあたしは、起床時刻よりも早く自然と眠りから覚めることができた。もしかするとそれは、気が小さい性格も影響しているんだろうけど、今朝のあたしは昨夜の泣き疲れもあってか、ぐっすりと深い眠りについていたようだ。
隣に敷いてあった彼女の布団は綺麗にかたされ、
「おはようございます、御主人サマ」
起きあがって目をこするあたしに、いつのまにかそばに立っていた無愛想な麗人が、きょうも一日の始まりの挨拶を直立不動でしてくれた。昨夜のこともあり、いつにも増して気不味く感じてしまう。
「うん、おはよう(ああ、もう……全体的に色々と恥ずかしくて辛いよ……)」
顔を伏せて力なく答える。と、
「シャワーを浴びやがりますか? それとも、お食事を喰らいやがりますか?」
彼女が意図的としか思えないくらいに間違った日本語で
「うん……時間もそんな余裕がないし、ご飯だけにしようかな」
「かしこまり」
黒いミニスカートをふわりと揺らし、背中を向けた彼女が数歩先のキッチンへ向かう。部屋中に漂っているこのにおい、間違いなくカレーだ。
「インド人もびっくりだよ」
連日更新されているカレー汁の出現頻度に、思わず愚痴がこぼれてしまった。
だけど、運ばれてきた食事はカレー汁じゃなかった。
「えっ?! これって……ええっ!?」
「どうぞ、お召し上がりくださりやがれ」
ミニテーブルにそっと置かれた白磁のお皿に盛られていたのは、いたって普通のカレーだった。
「ねっ、ねえ! これってカレー!? カレーライスだよね!?」
「……はい。ライスカレーと呼ばれる場合も、ごく
「うっひょー♪」
感激のあまり、思わず〝うっひょー♪〟ってマンガみたくいっちゃったけど、まさか、シャバ汁カレー以外のまともな食事にありつける日がわが家に来るなんて! もしかしてこれって、きのうのアレと関係があるのかな?
「それでは、いただきます……」
普通の食事ができることに深く感謝。
しっかりと両手を合わせてから、スプーンを掴む。そして、待望の一匙を口に運ぶ。
「はむっ! もぐもぐもぐ……」
この味…………市販のルーで作られた普通のカレーなんだけど、もう二度とわが家では食べれないと思っていた懐かしい味で、大きくカテゴライズすると手抜き料理に振り分けられるとしても、これまでのシャバ汁カレー・ヒストリーを思えば不平不満じゃなくて、
ああ美味しい、ああ芳しい、ああ素晴らしい──あたりまえのしあわせが、こんなにも尊いなんて!
「美味しい! 美味しいよぉぉぉぉぉッ!」
言葉よりも先に笑顔で感謝を伝えたあたしは、すぐに言葉を詰まらせる。
それは、彼女の名前を呼びたくても、呼べなかったから。彼女の名前を知らないから、呼べなかった。
賃貸契約書に記されていた注意事項のひとつに、〝部族の風習で本名を他人には決して教えない為、無理に問い質してはならない〟とあった。
最初の頃はアダ名を勝手に付けようかと悩んだりもしたけれど、ただでさえ彼女には不本意な主従関係なのに(あたしもなんだけどね)そんなことまでしたら、絶対に心を開いてはくれないだろう。そう考えて、しなかった。
「お口に合いまして、なによりです。今晩もおなじ物になりますが、おかわりはどうされやがりますか?」
「うっ、そこはやっぱりカレーに変わりはないんだね……うーん、それじゃあ半分だけ」
「かしこまり」
お皿を持ち上げようとする彼女が前屈みになると、こぼれ落ちそうな胸の谷間が目前に迫った。
羨望のまなざしに気づいた彼女は、スプーンを握るあたしの手を掴み、そのまま褐色の谷間へと強引に導く。
「えっ?! あっ、汚いって!」
「寝汗なら、そんなにかいていません」
「そっちの汚いじゃなくって、カレーがオッパイについちゃうってば!」
「フフッ……それならば、御主人サマが舌で
「し、舌で!?」
赤面するあたしを楽しむように、彼女は掴んだ手に身を預けてさらにめり込ませる。金属ごしでも伝わってくる生あたたかい肉の挿入感。そして、その余韻に浸るまもなく、今度はスプーンが抜かれた。
クチュ……♡
引き抜かれた谷間から、小さくてエッチな音がきこえた気がした。卑猥な幻聴から逃れようと、目を
「さあ、御主人サマ……きれいにしてください」
絶景の谷間をさらに強調させる、両腕で胸を抱き上げた扇情的な姿で彼女は迫った。
「さあって……あたしにいったいどうしろと……」
恥ずかしさと妙な緊張感で頭がクラクラする。
「御主人サマの舌をねじ込んでください」
「う……うん……こう?」
めいっぱいに舌を尖らせ、彼女の背中に手をまわして胸の谷間に顔を
「ん……♡ お掃除がお上手です、御主人サマ……あっ♡」
「エヘヘ、ありはほ♪
結局この日は遅刻をしてしまい、夕飯のカレーもほとんど彼女の身体にかけてペロペロしまくったあたしは、舌の筋肉痛が半端なくって翌日はうまくしゃべれずに難儀しました──というのが、この話のオチです。
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