第8話 オープン・ユア・ハート
浴室ドアを開けると、水飛沫を浴びる彼女と一瞬だけ目が合った。すぐに視線を逸らした彼女は、自らの曲線美を愛でるようにして触れながら洗い浄める。
美しい──純粋にそう思えた。
なんの言葉もかけないまま、背中から抱きしめる。彼女は動きを止め、ただ、なにかを待っていた。
「本当にごめんなさい」
謝罪の言葉に彼女は、
「おまえは、なにがしたい?」
そう答えた。
「あたしは……あなたと仲良くなりたいし、あなたのことをもっと知りたい。あなたの仕事とは関係なく、ひとりの友だちとして繋がりたいよ」
自分でも驚いていた。きかれるまで、なにがしたいかなんて具体的に考えたことがなかったからだ。それでも自然とすらすらと言葉が紡がれていたのは、きっと、それらがあたしの本心だからだろう。だからこそ、言葉になって出てきたんだ。
「そうか……ありがとう。だが、名前は教えられない。その代わり好きに呼んでくれてかまわん。どんな奇妙な呼び名でも、わたしは快く受け入れよう」
「ううん、アダ名をいますぐ決めれるほどあたしは賢くないから、いままでどおりでいいよ。それに、どうせ名前で呼ぶなら、やっぱり本当の名前で呼びたいし。教えてくれないのは残念だけど、なにかの大切な決まり事なんでしょ? 仕方がないよ」
「……すまない」
「謝らないでよ。うふふ、なんであたしたち謝ってるんだろうね。ついこのあいだまで、オッパイを揉んではしゃいでたのにさ」
「はしゃいでいたのは貴様だけだ。わたしは屈辱感に耐えていたのだからな」
「えっ? やっぱ、そうだったんだ……」
「そこはおまえが謝れ」
降りつづけるシャワーの音をBGMに、ふたりの笑い声が木霊する。彼女の笑い声をきいたのはこれが初めてだったけれど、すごく自然で、なにも気にならずに過ごしていた。
「もうそろそろ離れてくれないか? これ以上抱きつかれると、また汗をかいて汚れてしまいそうだ」
「あ、ごめん!」
いわれてすぐに身体を離し、ようやくお互いが向き合ってふたたび笑顔になったそのとき、不意に部屋のインターフォンが鳴る。
こんな遅い時間にいったい誰が来たんだろう?
もしかすると、シャワーや話し声がうるさいって、ご近所さんの苦情かもしれない。
「……わたしが出る」
神妙な面持ちに変わった彼女が、ひとり先に浴室を去る。
あたしも来客なのに裸のままじゃ嫌だから、後を追うかたちで、すぐにつづいた。
*
急な来訪者の正体は、彼女が所属する派遣会社の男性社員さんだった。
なかへ入るようにうながしたけれど、彼は「書類を渡しに寄っただけなので」と申し訳なさそうに答え、早々にすぐ帰っていった。
受け取った書類の中身を確認する彼女を尻目に、まだ眠くもないし、あしたは仕事がお休みだから今夜は夜ふかししようかなって、そう考えながら冷蔵庫を開ける。
よく冷えたペットボトルのミネラルウォーターを二本取り出して振り返ると、すでに彼女は布団に入って眠っていた。
「はやッ!? えっ、はやッ! 五秒もしないうちに、はやッ!! 書類の内容とか教えてくれないんだ!? 異世界に干渉するなとかのセリフもないんだ!?」
「おまえ、うるさいぞ。夜半に近所迷惑ではないか」
この家の
「いやいやいや、ちょっと待ってよ! まだ起きてるなら語ろうよ! さっきのつづきとか、書類のこととかさぁ! こっちは御主人さまなのに、気を利かせて飲み物持ったまま立ってるんですけどぉー!?」
「む? いったいなんの話だ?……さあ、御主人
ごろんとこちらへ横向きになった彼女が、あたしの布団をポンポンと四本の指先で軽く
主従関係はどこへやら──これじゃあまるで、お母さんと子供じゃないの。
「う~~~っ! ハァァ……もう、なんなのよ……ブツブツ」
仕方がないから、二本のペットボトルを冷蔵庫に戻して部屋の
暗闇となった視界でも、狭いわが家で転ぶことはない。
「
足もとのダークエルフを踏んづけることはあるけれど、ね。
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