さぁ、開幕!

 宿泊は球団の宿泊所。借り上げビジネスホテルのシングルルームを想像してくれればいい。とりあえずWi-Fiは使えるので不満は言うまい。


 食事は試合前と試合後にクラブハウスでビュッフェ方式で出される。一応足りなければカップラーメンもある。ビュッフェと言っても「サンドイッチバイキング」と表現でもすればいいのか。パンとパンに挟むものが並べられているという。


 カッチカチのチーズとか毒々しい色のハムとか。薄っぺらいキュウリとか。葉っぱもゴワゴワしたロメインレタス。シーザーサラダに使うアレね。調味料としてサワークリームが常備されていて日本のマヨネーズ的なポジションである。とりあえずこれさえあれば誰も文句は言わない。


 野菜?「ミックスベジタブル」の炒め物。にんじんとコーンとグリーンピースだよね。こってりとバター炒め。もちろんマッシュポテトもある。ポテトも野菜のうちなのだ。ちなみに「フライドポテト」も野菜に含まれる。こんなんうちのオカンに「偏ってる」って怒られるヤツや。


 案の定おでこに久しぶりに「ニキビ」ができる。まだ「吹き出物」ちゃうで。これはもう自炊すべきだろうか。だが、それはそれでめんどくさい。


 AAまで来ると割とベテランもいるので結婚している選手もそれなりにいるのだ。そういう連中もタッパにサンドイッチを詰めてお持ち帰りする人もいるので一様に生活は豊かではないと言える。


 俺もさすがに亜美をこんな生活状態には呼べないよな。亜美も無事に大学の女子寮に入り、入学式を待っているそうだ。


 開幕を明日に控え、準備をしているとケントから電話がかかってくる。

「健、君のステイ先が準備ができたそうだ。明日の開幕戦の後、迎えに来てもらうから。」


「ステイって?」

「あー実はね、キミのお母様から相談されていてね。マイナーの食事は栄養的に酷いと言うからきちんとした食事を摂れるホテルはないかとね。」


 俺は敢えて食生活については母親に伏せていたのだけど。さてはケントのヤツ、チクったな。


 ただ、ホテルも所詮は「外食」。「非日常」を楽しむところであって選手をケアする場所ではない。それで「ホームステイ」ということらしい。市内にあるアラバマ大学の留学生を受け入れている家族が新学期が始まる直前の8月までなら受け入れてくれるということらしい。


 遠征が多いから半分はこの街にいないんだからあまり意味がないと思うが。


 そして4月1日。ついに開幕を迎える。相手はハンツビル・スターズ。同じアラバマ州のチームで片道3時間かけてこちらに遠征に。つまりいずれは俺たちも3時間バスに揺られて向かわねばならんということ。ちなみにミルウォーキー・ブルーウインズ傘下。


 ウイークデーのデーゲームなので観客は割とまばら。

国歌はローカルで活動しているカントリーのミュージシャンが歌う。やっぱり南部のくにだけあって良く似合う。


 まだ春休み中なのか、わざわざ日本からお越しくださった方も。練習の時に声をかけてもらったのでサインしてきた。正直言って観光地ではないのでまさに「わざわざ」なのだ。 でも、この野球を「嗜む」というか「愉しむ」文化はぜひ味わっていって欲しいかも。


 相手の先発はジェレミー・ジェファーソン氏。俺より4歳上。ブルーウインズに5年前のドラフト1位(全体16位)に高卒でかかった逸材である。開幕戦を任されたということはエースということだろう。


ただ破天荒というか2年目でマリファナで50試合の出場停止。昨年再犯がバレて100試合の出場停止をくらい、今度やったら球界から永久追放の札付きらしい。


 これがなければ昨シーズンでメジャーで投げてるはず。ボールは速いしキレもある。打てるもんなら打ってみろと言わんばかりの直球4シーム


 ちょっと、AAデビューには相応しい場面シチュエーション。俺の心も燃える。

「ケン・サワムーラ。指名打者。背番号No.無限大インフィナイト!」


 拍手と歓声。

さぁ、挨拶代わりに一発行くか!


 右投手なので左打席に入る。

記念すべき第一打席。ジェレミー氏の投球は真っ直ぐに俺の頭目掛けて向かってくる。


 やばい。「体表硬化」魔法スキル発動。

ボールは耳当てとツバの側面に衝突。俺は倒れる。


 ざわつく観客席スタンド。俺は立ち上がる。キャッチャーが俺の安否を確認し大丈夫だ、と返し一塁へ。ジェレミー氏は一度帽子を取って謝意を示すがニヤっと笑った。まぁ良いけど、俺も投手だってことは忘れんなよ。


 記念すべき初打席は「死球」だった。


 





 

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