手荒な歓迎。

 ちょっとじーんときたわ。

「セレモニー」からいきなり「パーティー」に切り替わって由香さんは目を白黒させている。アメリカ人のこういう「切り替えの速さ」は良いよね。


 先ほどの受付のおばさんも陽気に踊っている。先ほどの無愛想さ、あれは演技だったのか。


 なんでも俺の加入が決まってアラバマ州に進出する数社の日本企業のから観戦チケットの大口予約に関する問い合わせや、日本の旅行会社からの観戦ツアーの企画などいくつか景気の良い話が舞い込んで球団スタッフの間でちょっとしたお祭りになっているらしい。


 もちろん、自分たち選手の給料はレイザースから出ているのだが、試合の前後でクラブハウスに置いてあるカップラーメンなどの食品は球団持ちなので、儲かった方が自分たちのためにもなるのだ。


 ちなみにカップラーメンについても日本の食品会社が俺の参入を祝って、いきなり1000食ほど寄付してくれるらしく、まさしく俺は「金の卵を生むガチョウ」扱いなのだ。


 もちろん、これは日本でWBCがいかに国民の関心をいていたかがわかる。決勝戦のテレビ放映は平日の昼時であるにもかかわらず平均視聴率が36.4%だったそうだ。


 お次はファン向けの俺のあいさつ動画の撮影らしい。選手がちょっと良いビデオカメラを俺にむける。

 

 「では健、カメラに向かってあいさつをお願いします。」

司会をしているのは球場での試合のDJを務めるマーク・ネルソン氏だ。

「健、ようこそクッキーズへ。」


 しかし、俺が立ち上がろうとした瞬間、後ろから俺の顔面に「クリーム・パイ」がたたきつけられたのだ。一瞬目の前が真っ暗になって息苦しくなる。


「ウエルカム!」

選手たちも大喜びだ。俺は状況が飲みこめなかったがとりあえず顔からパイの乗った紙皿を外す。


 これはどうリアクションを取ればいいのか?


「健、大丈夫か?」

 球団スタッフは青ざめる。そりゃこんなの「人種差別」と騒がれたら誰かの首が飛ぶのは確実だ。タオルを渡されたので顔を拭いた。ただマークにはまったく悪気はなさそうだ。

「日本のコメディ番組ではコイツが定番だろ?」


 いやいや、日本のテレビ番組における「サプライズ」というのは全て事前に打ち合わせが済ませている「やらせ」に近いものだ。プレゼントとか花束とかポジティブな「サプライズ」に打ち合わせは不要だが、こう言うのには絶対に必要だろ。


「すまんな。みんな知らなかったかもしれないが、実は俺、コメディアンではなく野球選手なんだ。」

俺の答えにとどっと笑いが起こる。

「ホイップクリームは好物だが、できれば次はクッキーに乗せて食べさせてくれ。」

クッキーズだけに。


 ああ、エライ目に遭った。

 翌日の練習に行くのはやや気が重かった。昨日の「サプライズ」の意味をいささか深読みせざるを得なかったからだ。選手たちが本気で俺を嫌がっていたら困るな、そう思ったからだ。


 俺がロッカールームで着替えていると大柄な、と言っても背丈は俺と同じくらいの白人選手が俺に話しかけていた。

「健、昨日はみんながすまなかった。⋯⋯いや、俺も笑ってたから同罪だがな。」

ジョシュ・ミルトン氏か。俺と同じくドラフト全体1位でレイザース入りしたかつての有望株。


「気にしないでください。Mr.ミルトン。あれがだと言うなら次は俺も参加しますよ。」

「おいおい、ジョシュと呼んでくれ。実はあれは伝統なんかじゃない。スタッフが慌てていただろ。実はただの悪ふざけだったんだ。キミを怒らせるつもりも試すつもりもなかったんだ。」


「OKジョシュ。ようはノリだけでやってしまったと。」

うーん。それだけでここまでやるか?普通。


「もちろん、アメリカが日本に負けた驚きもあったし、日本のスーパースターが俺たちのチームに来ると決まった時には盛り上がったさ。昨日はあの後、連中はこってりしぼられていたから、健に何か嫌がらせや差別をするつもりはないんだ。」

 恐らくここか。アメリカが日本に負けた腹いせもあり、鳴り物入りで入る俺に対するやっかみもあり、その上で俺を受け入れるための一つの儀式と言うことか。


「OK。昨日のことは水に流そう。これで俺もチームの一員と認められた、ということで良いのかな?」

俺が手を差し出すとジョシュもがっちりと握手した。


「ありがとう。それと監督からキミの相談相手になってくれと頼まれている。何か困ったら遠慮なく相談してくれ。ただし借金の申し出以外でな。」


グラウンドに出るとみんなが素直に謝ってくれた。うーん。なんか前途多難な気もする。

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