ウエルカム!ノット ウエルカム?


 3月25日。アリゾナとフロリダに別れ、メジャーからマイナーまでが参加する春季キャンプはすでに終わり、それぞれの所属先も決まって開幕への準備も着々と進んでいる。


 ケントによればAAAからAまでのレイザース傘下チームの監督さんたちから俺を是非ウチに、とレイザースに対して要求の嵐だったそうだ。


 ⋯⋯その割に球団に顔を出すと受付のおばさんに素っ気ない顔で監督室の方を指差される。「モテ期」到来かと思ったけどそうでもないか。俺は気分を切り替えてドアをノックする。


 「入れ。」

 ドアを開けるとロマンス・グレーの髪をし、口髭を蓄えた白人男性。日に焼けたのか赤ら顔だ。日本人なら酔っぱらってるようにしか見えんな。


監督はめんどくさそうに立ち上がり手を出した。

「ジェフリーだ。ドノバン・ジェフリー。よく来てくれた。」

しっかりとした握手を交わす。日本人にはいやに弱く握るやつも多いがしっかりと握ってくる。

「沢村です。沢村健です。よろしく。」


 ジェフリー監督はメジャー経験はないが、引退後はコーチの勉強をして長年の間若手を育てて来た方だそうだ。あまり愛想は良くない方かな。


 彼は俺を3番指名打者。そして抑え投手クローザーで起用するつもりであることを告げた。マイナーなので連日投球することも無いそうだ。勝利よりも育成を重視するマイナー球団ならではなのだろうか。うん。希望通りで良かった。


「ロッカールームには行ったかね?」

「いいえ、まず監督ボスにあいさつするべきかと。」

「良い心がけだ。メダリストだろうとWBCで活躍しようとここはマイナーリーグだ。キミの命運は私が握っている。」

さいですか。俺は監督さんと喧嘩するほどイキってないです。


ロッカールームに荷物を置き、ユニフォームに着替えて会議室カンファレンスルームに来るように伝えられる。簡単な入団会見をするそうだ。

「なぁに、地元ローカルの新聞とテレビしかおらんよ。」

でしょうね。


 ロッカールームの真ん中に割と広めの空きスペースに新しいユニフォームがハンガーでつるされていた。

 レイザースとよく似た配色のユニフォーム。背番号は「00」。俺の希望通りの「無限大(∞)仕様」になっていた。背中には番号だけでネームはつけられていない。


 練習中で俺以外は無人のロッカールーム。お世辞にもきれいとは言えない散らかり方である。日本(野球部)でこんな使い方をしたら間違いなく全員正座レベル。自分で掃除したくなるレベルだ。


 俺はユニフォームに着替え、スパイクを履いて会議室へと向かう。扉を開くと待ち構えるテレビカメラは1台だけ。新聞記者も2、3人。


「あ、健ちゃん。」

由香さんがこちらを見て手を振った。


 とりあえずその場の大人たちとあいさつ。名刺コンタクトカードももらう。由香さんはネットニュース社なので、しばらくは俺の記事を書いて日本の各スポーツ紙に配信する「通信社」的な役割を任されているそう。

「まぁ、マイナーのうちはそんなものね。あなたがメジャーに上がれば各社から記者を送り込んでくると思う。あなたの活躍次第よ。」

発破をかけるのも忘れない。


 球団社長のジム・スタンリッジ氏もいかにも南部の白人オヤジという風貌。社長と監督に挟まれた形で長机の真ん中の席に座ると入団会見が始まる。俺が簡単に挨拶と自己紹介をすます。すると記者さんからも質問が飛ぶ。質問といっても街の感想とか、リーグの印象とか、英語はいつ身に着けたかとかである。


 無難に答えていると監督からも質問がくる。

「健、このチームの感想は?」

え?そんなこと聞かれても。

「いや、まだ誰ともお会いしていませんのでなんとも。これからよくコミュニケーションをとってチームになじんでいきたいと思います。」


 無難に答えると。

「よろしい。」

というと監督は指をパチンとならす。


 するとドアが開き、ユニフォーム姿のいかつい男たちが奇声をあげながら乱入してきた。何事!?

「ウエルカム!」

と口々に叫びクラッカーをならす。


 その後からスタッフさんたちがワゴンを押しながら入ってくる。日本の学校の教室より少し広い程度の会議室が人でいっぱいになる。


 社長が立ち上がって言う。

「ようこそケン・サワムラ。我々クッキーズとモンゴメリー市民はキミの参加を心から歓迎する。」


……ツンデレじゃなかった、サプライズかよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る