そして、歴史になる。

 「アメリカはWBCには本気じゃない」という人もいる。この見方は半分は合っていて、もう半分は間違っている。


 メジャーリーグこそが野球における「世界」であるという見方があるのは事実だし、だからシーズン前の微妙な時期に行われる大会よりも調整に重きを置く選手やオーナーたちもいる。


 だが、一方でチームの、いやリーグそのものの「至宝」ともいえるジーカー氏を送り込んでくるアメリカが本気でないといえる理由はない。だいたい4番打者をずらりと並べれば優勝できるチームになるとは限らないことくらい、日本にも悪い前例があるものだ。どこがとは言わないが。


 2番ジーカー氏をショートゴロに抑えると歓声の中ダルさんが吠える。今日3安打1四球と乗りに乗ったロラン氏には今日4本目のライト前安打を献上するも4番ブライト氏、5番ダウニー氏を連続三振でゲームセット。まさにマウンドで「仁王立ち」状態だった。めちゃくちゃ羨ましい。投手稼業は「おまけ」程度だと思っていた俺だが、実はどんどん投手の魅力に抗えなくなっている。


 9対4。3年前は第2ラウンドで敗戦を喫していただけに会心の勝利と言える。勝ちは松阪さんに付き、今大会3勝目。


 前日のもう一つの準決勝で南高麗がベネズエラを下し、先に決勝進出を決めていたのでこれで5回目の対戦が決まった。個人的には今日が「事実上の」決勝戦だった。野球に対する向き合い方に素直にリスペクトが持てる相手との試合は本当に勉強になる。


 記者会見は松阪さんと仲島さん。俺はシャワーと身支度を整えバスへと向かう。……と、いきなり記者さんたちに囲まれる。そうか、俺が4番打者だからか。


「健ちゃん、アメリカ戦はやってみてどうだった?」

「最高でした。最高の投手、最強の打者と戦いながらスリルとワクワクが止まりませんね。これが世界だって思わされました。僕はまだ今はマイナーですけど、早くあのステージでプレーしたいです。」

これは偽らざる気持ち。


「健ちゃん、初めての4番起用はどうでした?」

「緊張しました。昔ほど4番という打順に意義はないとは思いますけど、監督がギガンテスの方ですから4番という形での期待の大きさは理解しているつもりです。ただどこからでも点が取れる打線ですので、イニングによって先頭打者あたまならその仕事を、ランナーがいれば塁を進める仕事をこなしていくだけですね。」

 うん、答えが普通だ。


「明日の決勝戦(南高麗戦)への意気込みは?」

うーん。なにを言っても怒られるからなぁ。

四球フォアボールで逃げないで真っ向勝負してくれたらうれしいです。まさかマイナーリーガー相手に逃げることもないでしょうが。

 勝ってもシャンパン・ファイト(ビールかけ)には入れないんですよ。未成年なんで。なので一人寂しく会場の外から見守れるように頑張ります。」

ふむ。ややウケ。


 ケータイに亜美からメールが入っていた。日本では翌日の昼過ぎに当たる時間に試合が終わった計算になるのできっとテレビで観たんだろう。ただ話しは後にしてもらう。


 今晩はヰチローさんや因幡さんに食事に連れて行ってもらったのだ。決勝直前でもあり、選手同士でゆっくり言葉を交わすのはこれが最後だからだ。


 日本人が経営する和食系のレストランで美味しかった。中国系や南高麗系の和食レストランは不味いことが多い。前菜でキムチが出たり、味噌汁に出汁が使われてなかったり衛生的にアレだったり。ロスに来たらまた来よう。


 「あと一つだね。」

ホテルに帰って亜美と通話する。

「引っ越しの準備は順調?」

「明日の決勝戦観たら本気出す。」

「まぁ、自分一人分なんだからって引っ越し舐めてると痛い目見るから気をつけなよ。」

亜美は茨城の大学に4月から通うため学生寮に入るのだ。そして、自分が思うより荷物は多い。


「彼氏なのに手伝えなくてごめんな。」

「うん。入学祝いの方を楽しみにしてるよ。」

「⋯⋯うん。」

「何が欲しいか聞かんのかーい。」

あれ、彼女に入学祝いってやるもんだっけ?なんか親戚のおじさんかなんかと勘違いしてないか?


「え、なにが欲しいの?」

とりあえず聞いておこう。





 


 

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