犬猿の仲、敬遠の仲。(決勝戦)

 3月23日。午後6時30分。アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス市。ディガースタジアム。


 あの宮崎で一同が会したミーティングから38日目、ついにWBCの決勝を迎える。

「健、今日も頼むぞ。」

「はい。」

 最初は「健ちゃん」だったのが、五輪で一緒だった選手たちの呼び捨てに引っ張られ、だんだんとそう呼ばれるようになった。


 「お客さん」から仲間へ。「学生さんアマチュア」から対等な「戦友プロフェッショナル」へ。そう認めてもらえたようで素直に嬉しい。


 俺がWBCに参加した最大の成果とも言える。プロの背中から学んだのはその戦う「姿勢」だ。若手は自らを磨き下克上を虎視眈々こしたんたんと目指し、ベテランもその座にあぐらをかくことなく己を鍛え続ける。


 その切磋琢磨せっさたくまが今まさに結実の時を迎えようとしている。


 南高麗の先発は「日本キラー」のパンジュウコン氏。

「またパンくんかよ」。

誰かが呟いた。ただ、ここで「パンくん」の由来を解説すると差別的表現につながるので割愛。こちらも大会を通じて好投を続けて来た岩熊さん。


 開始時間は午後6時30分。アジア対決の決勝で観客の不入りが心配されたが満員の観客。この大会で、なんと5回目の対戦である。これまで2勝2敗。まさに因縁の対決。


 俺は4番指名打者。昨日一打席で終わった久里原さんも6番一塁手でスタメン。

決勝戦だけにちょっとしたセレモニーが入って10分ほどプレイボールが遅れる。


 先攻は日本。


 先頭打者のヰチローさんがいきなりセンター前安打。お、初回からチャンスで回って来そうじゃん。仲島さんが送り、蒼木さんがピッチャーゴロ。二死二塁。よし、ここで先制しておこう。しかし、キャッチャー立ち上がる。あっさり敬遠。18歳を敬遠しますかねぇ。5番家川さん倒れて無得点。


 岩熊さん、今日も立ち上がりから絶好調。最初の3回はパーフェクトピッチング。打球を外野にすら飛ばさないほどだ。


 3回に再び日本にチャンス。2番仲島さんの安打。3番蒼木さん、二塁手への強い当たりだが、併殺を焦った遊撃手の悪送球で併殺は免れる。


 そして4番俺。再びキャッチャーが立ち上がり、敬遠。これには観客席からブーイングが巻き起こる。だが、5番家川さんのタイムリーで1点先制。


 5回、さらにチャンスが回ってくる。仲島さん安打、蒼木さんが四球を選んで無死二塁一塁。そこで俺。バントの構えをしてみたものの相手にしてくれず三度の敬遠。すげえな普通そこまでするか?


 ここで南高麗ベンチは「パンくん」氏を諦め、初戦の東京ドームで日本相手に好投したチョンゲンキョク氏を投入。日本は無死満塁を活かせず無得点。


 逆に南高麗唯一のメジャーリーガー、チュシンシュ氏にソロ本塁打を浴びて同点にされる。まさに残塁すること「山の如し」だ。


 そして7回、ラストバッター方岡さんの安打を皮切りに、ヰチローさんの芸術的なセーフティバントでチャンスを広げると仲島さんのレフト前へのタイムリーで再びリード。


 そして二死二塁で俺。当然のようにキャッチャーが立ち上がって敬遠。こんなに敬遠されるのリトル・リーグ以来だ。


 一塁につき、バッティンググローブを外していると一塁を守るキムタイキン氏が

「今日は楽でいいな、坊や。」

と高麗語で言ってくる。もちろん、彼は俺が高麗語を理解しているのを知らないで言っているのだ。俺はイラッとして、というか本来なら相手は先達なのでイラッとすべきでは無いのだろうが、さすがに四球が続いて嫌気が差してた俺は


「まるでリトル・リーグレベルだな。」

と高麗語で言ってやった。もちろん、敬意を表して顔は向けずに言ったけどね。多分見たら口を尖らせてるだろう。それを見てしまうとおそらく顔面にグーパンを入れたくなるので見ないことにする。


 8回表、磐村さんの犠牲フライで1点追加で3対1と突き放したが、その裏、南高麗も犠牲フライで1点を返して3対2。岩熊さんはここでマウンドを退き、やはり絶好調な椙山さんが登板。後続を許さないワンポイントリリーフ。


 しかし、9回表二死、二塁打を放ったヰチローさんを二塁に置いて再び俺は敬遠。もうブーイングなんか気にしない、というところか。後1本が出ず無得点。


 でもここを抑えれば優勝。抑えはダーヴィッシュさん。ところが、優勝を意識してしまったのか連続四球の後、やはり日本戦で強いボンコウ氏に同点タイムリーを打たれてしまった。


 試合は延長戦へ。

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