日の丸を仰ぎ見て

 そして1点ビハインドのまま4回裏。俺に2回目の打席が回る。今回も先頭打者。この打席で求められるのは4番ではなく1番打者の仕事だ。這ってでも塁に出る。いや、出るだけでいい。そ思ったら肩の力がスッとぬけた。


 投手は先発のロイ・オズボーン氏。2B1Sからの内角低めの絶好球。ボールを乗せてスッと振り抜く感じ。ライトスタンドへの同点ソロ本塁打アーチ(8号)。


 パワーではなく技術で打った本塁打。何しろ一撃魔法クリティカルの発動無しの本塁打はプロに入ってからは初めてだった。魔法だけでなく俺もきちんと成長しているのだ。4番としての初の本塁打に俺はかなり安堵していた。


 もっとも、それはベンチも同じこと。最年少の俺を4番に据えても据えなくても勝てなければ国民からの批判は免れないからだ。信塚コーチの喜びようが凄い。


 いや、俺の本塁打はむしろ口火に過ぎなかった。


 5番小嵩原さんが安打、6番富久留さんが敵失エラーで二塁一塁。7番錠島さんはライトフライに倒れたが、磐村さんの三塁打、9番河崎さんの安打で3点。


 ヰチローさんはサードゴロに倒れるも、仲島さんの二塁打でさらに1点追加。なんとこの回は打者一巡で5点獲得のビッグイニングに。先発オズボーン氏、二番手グランボー氏をKO。一気に6対2と試合をひっくり返した


 松阪さんは5回の表、一死二塁一塁になったところで椙内すぎうちさんにバトンタッチ。椙内さんはキューバ打線を一巡抑えてみせたあの凄い投球が再び。アメリカの4番、5番を三振に斬って取る。渾身のガッツポーズ。めっちゃ気持ち良いよね。


 6回、7回。日米双方チャンスを作るも互いの守備でピンチをしのぎ切る。俺も第3打席は四球で歩かされる。やれやれ、こいつはベースボールだぜ。まさかルーキーリーグ程度クラスの俺を敬遠気味に歩かせるとか。


 「アメリカに幻想を抱くなよ。審判だって大打者には甘くなる。年俸の額こそが正義だ。」

 メジャーを経験した日本人選手はみなそう言う。メジャーリーグでは実績と年俸で差別される、これが実力主義というアメリカの正義、いや現実なのだ。


 とはいえ、俺もやっぱり「ルーキー」なのだろう。7回先頭打者のところで代打を出される。

「健ちゃん、お疲れさん。もう4点差があるから大丈夫だろ。」

出されたのは武良多さんに替わり、急遽きゅうきょ追加招集された九里原さん。わざわざ渡米してまで出番なしではあまりにひどいよな。


 ただ九里原さんは三振に終わる。

「健ちゃん、ごめんな。」

まぁ謝ってもらう筋合いでもない。選手をどこで起用するかは監督の専権事項だ。ましてやプロでの実績はこちらがはるかに及ばない。

「いや、僕の方も4番のプレッシャーから解放してもらってリラックスしてますんで。……もう一打席回ってほしいですよね?」

「せやな。」


 ところが8回表、真原さんがつかまる。一死取って二塁打。さらに四球を挟んで二塁打を浴びて2失点。6対4と2点差に迫られる。ちょっと雲行きが怪しくなってきた?


 しかしその裏、富久留さんが四球で出ると錠島さんが送って一死二塁。二死に変わってラストバッターの河崎さんの当たりは遊撃手ジーカー氏のところへ。ところが送球がわずかに逸れ、セーフに。


 ここでヰチローさん。難しい低めの球をすくいあげるかのように放った打球はライト前安打。富久留さんが生還。さらに仲島さんの二塁打で二人生還してこの回3点。

9対4とさらに点差を広げることに成功。


 ただ9回表のアメリカの攻撃は2番ジーカー氏からの好打順。抑えはダルさん。基本的に「無欲キャラ」な俺もさすがにここからのアメリカ打線には投げてみたかった。抑えても打たれても得るものが大きそう。しかも勝利に向かって、本気の牙を剥いてくるメジャーのスーパースターたちを相手とか胸アツすぎる。


 「譲らねぇぞ。ここはな。」

ダルさんが俺の視線の意味に気づいたのか、にやっと笑って俺の頭をグラブでポンとたたいた。


 




 

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