「天賦」の才と「添付」の才。

 配球は外角そと外角そと。先ほど死球を出してからは外一辺倒。俺も前世では頭部死球が原因で内角球に踏み込めなかったこともあり、死球の後遺症の重さはわかる。でも、同情している場合ではない。


 1B1Sからの3球目はやはり外角高めアウトハイ。間違いなく逆球。思い切り振りぬくと打球はそのままライトスタンドへ。満塁本塁打グランドスラム


 ベンチでは手荒い祝福が。痛い痛い。

 「あのコースアレをあそこまで飛ばすかね?」

「たまたまですよ。」

「このぉ、天才君め。」


 前世の異世界では「はずれ」スキル、もしくは「ザコ」スキルだった俺の能力。それを幼いころから野球用に特化、昇華させてきたにすぎない。「天賦てんぷの才」、つまり天才と呼ばれるのはおこがましい限りではある。どちらかといえば転生特典の「添付てんぷ」の才といったところか。


 ただ、完敗だった昨日の試合から引きずってきた暗い雰囲気が一気に霧散したようだ。相手投手が交代し、続く錠島さんが三振でチェンジ。


「出番が近いから準備しておけよ。」

投手コーチに言われてブルペンへ。指名打者だと投手の準備がしやすくていい。


 8回表、マウンドに送り出される。俺の指名打者には因幡さんが入った。打順はいきなり4番レムリスさんから。先回は左で対戦したけど今回は右で。前回の試合では三振だったからなぁ。錠島さんの「指示通り」に投げる。


 捕手の指示通りに投げるというのが投手にとっていちばん難しい作業なのだが、「命中率アップ魔法スキル」で自動的にそこに投げられるように魔法が身体の動きを細部にわたって調整してくれるのだ。湿度や風の影響まで計算してくれるのだが、あいにく空調の効いたドーム球場ではそこまでの必要はない。


 4番レムリスさん、5番の李さんを連続三振。6番の多仁さんを三塁ゴロ。なんとか抑えたものの、代表選手をひっこぬいてなおこの打線の圧。これが球界の盟主として長年君臨してきたギガンテスの風格だ。


 「日本だったら開幕一軍でいけたのになぁ。」

投手コーチの賛辞はアメリカのプロ野球への道を選んだ俺へのとげが隠れていないとは言えない。

「ギガンテスは昔から『初物』には弱いって言われてますから、次はわかりませんよ。」

「健ちゃん、若いくせにそんなんよう知っとるなぁ。」


9回は抑えクローザーの富士川さんにバトンタッチ、そのまま代表が6対1で勝った。勝ち星は5回を投げていた松阪さんについた。


 なので俺と松阪さんと一緒にヒーローインタビューにひっぱりだされる。これで本番にはずみがつきましたね、という質問に

「はい、本戦でも最高のパフォーマンスをお見せできればと思ってます。」

と無難な受け答えをしていると、それにご不満だったようで隣の松阪さんが「ぼけて」というサインを送ってくる。自分ではようぼけんくせに。仕方なく


「みなさま応援、よろしくお願いしますやっしゃシャース!」

……微妙なウケ。


「なにあれ?」

後でやらした本人につっこまれる。実は母校の野球部監督のモノマネなのだ。監督は大声でのどがつぶれたハスキーボイスの上に滑舌が悪い。甲子園を何度も優勝に導いているのだが、勝利監督インタビューのたびに「字幕テロップをつけろ」とテレビ局に苦情がくる程度には悪い。そして、たまに野球好きなお笑い芸人さんがモノマネをする程度には有名なんだけど。

「ビミョーだな。」

「いや、やりつづければ多分、いけますよ。……もうゴメンですけど。」


 試合後、監督の許可をもらって宿舎ホテルのレストランで家族と食事をした。家族からリクエストされていた選手のサインをプレゼント。第二ラウンドで渡米したらそれっきりシーズンオフまでは帰れないので、「家族サービス」といったところか。


 ちなみに父が監督の波羅さん、母がヰチローさん、妹がダーヴイッシュさんのサインだった。ヰチローさんといえばここ2試合ヒットがない。調子が上がってこないのだろうか。


 翌日から2日間は神宮球場で全体練習。寒さの残る中、ヰチローさんは早出で特打ちをしていた。


 そして明日開幕を迎える3月4日。東京ドームで公開練習。俺は打撃コーチの信塚しのづかさんから第一ラウンドは「7番指名打者」で使うと告げられる。


 これは燃えてくるな。






 


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