託される想い。

 壮行試合というよりは強化試合というセパ両リーグの前年覇者との試合。最初はパの覇者である埼玉ライオンハーツ。あいにくと俺はスタメン落ちである。一流の選手の背中から学べ、という首脳陣の俺に対する思惑も透けて見える。


 試合は終始ライオンハーツのペース。代表チームの投手陣は7点を奪われ、打線は山鹿さんのリードで8回まで5安打1得点に抑えられる。俺の出番は9回二死。なんとか2点目を返して三塁一塁。ここで代打。投手はクローザーも任されていたこともある尾野寺おのでらさん。コントロールには定評がある。


 次に控える打者は磐村さん。山鹿さんとしてはさすがにルーキーを敬遠はできないかな。ここは一発警戒で低めにきそう。初球は外角低めにボール。お互い手の内をよく知った間柄だからやりにくい。ここ1年間の離れた場所で磨いた互いの成長を確かめ合うというところか。


 ただ今日の尾野寺さんは外へのコントロールがいまいちなのか3B1Sに。四球もありか。最後のバッターというのも嫌だし。しかし、5球目はインハイ。しっかりとバットでとらえる。打球は快音を残してライト線へ。ギリギリスタンドに入る。3ラン本塁打。


 ダイヤモンドを回りながらちらりと見ると、完全に逆球だったようで山鹿さんが一度首をかしげた。ただ、これでも7対5。磐村さんがレフトフライに倒れてゲームセット。チームは初めての黒星。


 試合後、山鹿さんに食事に誘われた。お互いまだ未成年のため大人のお店というわけにはいかなかったが、球場に近いレストランだった。青学は中高一貫校だったので付き合いは長いのだがこうやって二人サシで食事というのは初めてかもしれない。しかもお互い激動の一年だったので話題には事欠かなかった。


「健は俺たちの代表でもあるからな。次のWBCはみんなで行こうぜ。」

 真面目な拓さんらしく、十分に門限に間に合う時間にお開きになる。別れ際彼はそう言って俺に握手を求めた。


 「みんな」というのは母校青淵学館せいえんがっかんからプロに入ったOBたちのことだ。俺がもし日本の球団を選んでいれば「オールスターで会おう」になるのかもしれない。久しぶりに握った山鹿さんの手は相変わらず「捕手の手」だった。


 カレンダーが3月に替わった1日は東京ギガンテス、セ・リーグの前年覇者との試合である。最後の強化試合でもあり、満員に近いお客さんである。今日は俺の家族も応援に来ているはず。

 

 今日は先発組として松阪さんと椙内すぎうちさんが投げる。その後を継ぐ三番手か四番手投手として起用される予定だ。


 そのため7番指名打者として先発スタメン出場。俺の本来のプレースタイルに近い形と言える。


 ギガンテスの先発は高梁たかはしさん。左腕の名投手だ。コーナーのくさいところを丹念についてくるピッチング。やるのは大好きだけどやられるのはちょい苦手。最初の打席は四球を選択。


 先発の椙内さんが初回にアルフォンス氏に1発浴びて1点先制されたものの、それ以降は締まりにしまった投手戦。俺の第二打席は1対0のまま迎えた5回、一死一塁。投手は二番手のバーンスタイン氏に代わっている。やはり左投手。次の打者が錠島さんなのでバントのサインが出るかどうか確認。右方向へ打て、というだけ。


 では遠慮なく。


 外国人投手らしく変則的なフォームとクロスファイア気味の球筋。ありゃ、これならかえって左打席の方が打ちやすかったか。併殺を取りたいバッテリーとの駆け引きはスローカーブの次の直球を狙い打ち。ラインドライブ気味の打球は一塁線を深々と破る。切れるかとおもったがフェア。先行走者の家川うちかわさんは本塁を狙ったが、右翼手の梶前さんが素晴らしい本塁送球したため三塁でストップ。

 錠島さんの犠牲フライと河崎さんのセンター前安打で逆転に成功。


 6回裏はギガンテスの木讃岐きさぬきさんが大荒れ。四球と死球、そして家川さんの内野安打でなんと二死満塁。去年の夏に頭部死球で危険球退場になってからほとんどマウンドに上がってなかったみたいだけど、引きずっているのだろうか。


 ここはきっちりと魔法をかけて臨む。右投手だから左打席へ。さて、どうくるか。すごい歓声。代表チームもそうだが、ギガンテスも日本一の人気球団。


 声にも手拍子にもファンの方々の思いが託されている。


 

 

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