明るい地獄へようこそ。


 2日目は紅白に分かれてのシート打撃。シート打撃というのは実戦形式の打撃練習で、守備もつくし、ランナーも置いてみたりと色々な状況を想定した練習である。


 俺は白組。ヰチローさんにセンターフライあげたろ。みんな見たいに違いないし。俺が岩熊さんのスライダーにうまく合わせて振り抜くと、おー、いい具合にと思ったらスタンドインしてしまった。

「こら、健ちゃん。練習にならんぞ。」

守備走塁コーチに怒られる。プロにもなると狙う打球の方向も指示されることも多い。アウトになっても「進塁打」であることが望ましいのだ。

「すみません。」

本塁打を打って謝罪するのは初めてですが。


 次の打席はしっかりセンターフライを打つ。ヰチローさんのフェンス際の美技にお客さん大喜び。いつしか俺にもああやって一挙手一投足だけでお客さんを喜ばせるような選手になりたいわ。


 「良い雰囲気ですね。」

試合後、記者の一人が合宿についてヰチローさんに尋ねる。

「そう見えますか?」

ヰチローさんは意地悪そうに笑む。

「これだけ素晴らしい選手が集まってなお、5人が落とされる。まさに明るい地獄ですよ。メジャー組ですらウカウカしていられない。だからこそ、少しも気が抜けませんね。」

 これは俺を含めた他の選手に対する檄だろう。つい「憧れ」の方が出てしまいがちだが、それは戦う姿勢ではない。


 でも、それはみんなわかってるんだ。でも、実際に目の前にするとダメだよなぁ。仕方ない。俺の中の人は「凡人」ですから。


 俺のユニフォームにも記者さんからツッコミが入る。

「健ちゃん、数字をつなげてあるけどわざと?」

俺は五輪の時は運よく空き番だった「1」を背番号にしていた。ただ今回は初期登録の選手だけで45人もいてしかも先輩ばかり。目ぼしい空き番号がなかったので「00」を選んだのだ。


  そして監督にお願いしてユニフォームの「00」の表記は数字をつなげて「∞」にしてもらい、しかもアナウンスでは「無限大」、英語では「アンリミテッド」にしてもらったのだ。


「そうです、わざとです。監督にはいいアイデアだとほめられましたよ。悪目立ちして自分を追い込む危険リスクについては、しっかりと釘をさされましたけど。」


 合宿は木曜日の休養日を挟んで続き、最後の土日は練習試合だ。対戦する相手は昨年のセリーグ覇者、東京ギガンテス。これは代表監督の波羅さんのチームだから。2試合あるので最初の試合は当落線上にある国内組の若手から。当然俺もスタメン。


「三番、指名打者沢村。背番号∞(無限大)。」

 俺の名が呼ばれる。俺は左のバッターボックスに入る。一死一塁。最低でも進塁打。最悪は併殺ゲッツ―


 相手投手は最近売り出し中の若手右腕の塔野とうのさん。なかなかの速球スピードボールに多彩な変化球の人……、まさに典型的な「セリーグの投手」だ。苦手なタイプなんだよなぁ。


 俺は魔法を発動する。選球眼魔法。俺がそう呼んでいるが支援魔法の一つ「加速」の応用だ。視覚と脳の情報処理能力を加速するいわゆる「思考加速」と、蓄積した情報と瞬時に比較し正解を引き出す「鑑定眼」の複合魔法スキルだ。簡単に言うとゆっくりと投球ボールのコースと回転が見えるということ。


 一球目は外角低めに向かう直球4シーム。見逃してボール。


 次はスライダーだろうなぁ。右投手のスライダーは左打者からすると身体に向かって来るように見えるから苦手な人は多い。でも大丈夫。


 俺にとってはまるでスローモーションのようにしか見えない。内角への鋭いスライダーに「カウンター魔法スキル」が発動。腕をコンパクトにたたみ振り抜くとバットの真っ芯で捉えたボールはそのまま左中間方向へ。「一撃魔法クリティカル」もランダムだったが発動したため間違いなく長打コース。


 打球は前日の雨がウソのような青い空へと吸い込まれていく。先制2ラン。


「健ちゃん、やるなぁ。」

ベンチに返ってヘルメットを取ると次々にみなに頭をくしゃくしゃになでられる。相変わらず高校生だと思って子ども扱い。もちろん「悪意」も込んでますが。


「もう、俺だってライバルなんですからね。せめてハイタッチにしてくださいよ。」

俺が抗議すると「内野手」の磐村いわむらさんが笑った。

「だって、おまえ投手枠だから俺の脅威ライバルじゃないし。」

そうきましたか。それを聞いて周りの選手たちもつられて笑った。


  とは言え合宿に参加した33名から5名が脱落する。まだプロで実績の低い俺が生き残るのは容易ではない。ここで目立っても実績で落とされる可能性もある。だから目立つしかないのだ。




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