当落線上の「健ちゃん」


 3回の第二打席に二塁打。5回の第三打席。ギガンテスの投手は左の都賀野つがのさんにスイッチ。


 それじゃあ俺も右打席にスイッチしますか。両打ちの俺は右打者としての技倆ぎりょうもアピールしたいところ。確かこの人もスライダーが良い人だ。ただまだ2月。本来ならキャンプが始まってやっと3週間。例年ならオープン戦もまだやらない。そんな時期の投手。

 1B1Sからの直球はまだ本来のキレじゃない。


 バットとボールの乾いた衝突音。ボールは再び左中間方向へ。スタンド上段への2ラン本塁打。


「健ちゃん、お疲れ。」

代表の打撃コーチの信塚しのづかさんに交代を通達される。バッティングは合格ということか。


 「健ちゃん、予定どおり明日は二番手で2イニング投げてもらうから準備しておいて。」

投手コーチの矢間田さんに投手のテストも告げられる。あくまでも俺は「投手枠」だからね。


 「健ちゃん、ボールは慣れた?」

 国内組の投手陣はWBCの公式ボールの扱いに苦慮しているみたいだ。アメリカのボールは日本のものに比べると「のっぺり」しているのだ。大きいし縫い目も浅いし、表面の皮も日本のものに比べると乾燥しかわいているというかツルツルしていて指の「かかり」が悪い。


 「俺はアメリカにそこそこいるんでこれといった違和感はないです。こんなもんかと。」 

 俺は身長が190cmを超えているため、それなりに手の大きさもある。それに日本の公式球に比べて変化は面白いくらいかかる。だから落ちる球だってフォークはいらない。やや握りの浅いSFFでも十分に落ちるのだ。


 さらに言うと、メジャーにはこの変化のしやすさを逆手に取って「ド変態な」変化球を投げる投手も多い。


 俺が「国際試合」に強いと言われるのはこう言う適応力アジャストメントが高いことにもあるのだ。


 翌日の練習試合は昨日から一転して小雨。昨日が暖かだっただけに余計に寒く感じる。


 日曜のせいもあるが大勢のお客さんが来ている。小雨であるにもかかわらずだ。スタンドが公式戦並みに埋まっているのだ。というのも、普段日本で生のプレーを滅多に観る機会がないメジャーリーグで野球をしている選手たちが参加していることもある。


 昨日と今日投げるのはメンバー入り当落線上の投手。なので俺も当然、今日は登板がある。昨日の2本塁打で打撃はアピールできたのはいいが。


 埼玉ライオンハーツの和久井さんの後を受け、3回から。ギガンテスの安倍さんとはヲリンピック以来のバッテリーを組むことになる。


「安倍さん、2回は右一本で行きたいんですけど。」

俺は両投げなのだ。打者ごとに左右を変えてもいいのだが、ここは右の俺と左の俺をしっかりとアピールするには1回ずつ投げることにしたのだ。


「直球が走る方やったな。なら健ちゃん、直球4シームBSバックスピンGSジャイロスピンだけで勝負するぞ。」

「おまかせします。」 


  ギガンテスの9番打者から。勝手知ったるチームメイト相手に安倍さんはなんともエグい攻め方。外角低めいっぱいに4SB。同じコースにブレーキの利いた4SG。同じフォームで同じ球筋に来たら、初見で打てるのは名選手クラス。面白いように空振りが取れる。まずは三振。


 日本代表に何人か抜いたとはいえセリーグ覇者。一番打者は酒本さかもとさん。アウトローギリギリいっぱいに4SGを投げ込んだら空振り。打者がリリースから一回ボールから視線を切ってから再び視点を合わせるいわゆる「ピッチトンネル」の出口から落ちるように見えるからだ。


 次の要求はインハイぎりぎりに4SB。ホップ気味にひと伸びして見えるのでのけぞってしまった。思いっきり睨みつけられる。そりゃこの時期に怪我したくはないでしょうが、安心してください。コントロールは魔法制御ですから。それにコースに決まっているのでストライク。


 支援魔法「命中率アップ」。もとは魔法の矢マジック・ミサイル に使う補助魔法だ。投球に使えば投球フォームからリリースポイントまで最適なものを魔法で制御してくれる。捕手が構えたところにまさに「寸分たがわぬ」投球が可能だ。


 そして外角低めの4SG。自信満々に見送ったものの、コース目一杯に決まってストライク。見送り三振。むちゃくちゃ悔しそう。サインを出してる方を恨んでくださいね。ギガンテスの若手ナンバー1打者からの三振奪取は小気味よい。


 





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