代表確定。

 二番もジャイロ回転の罠にひっかかってイージーな三塁ゴロで終了。安倍さんもチームメイトを手玉に取れて嬉しそう。

「ああ、きもちいい。直球でこれだけバンバン4隅に決まれば変化球なんかいらんわな。というか同じフォームで事実上の変化球投げ放題とか俺でも打てねーわ。次は左か。クリーンアップだからガシガシ変化球もいれてくよ。」


 次の回はクリーンアップが相手。3番、多仁たにさんから。言わずとしれた右の好打者。俺が右手にグラブをつけていることにお客さんが喜ぶ。


 

 インハイを酒本さんに見せていたので警戒してそう。アウトローの4SBでファールと空振りを取ってからの身体をかすめるように見える2SB。いわゆるフロントドア。三振。


 次が4番レムリスさん。まさに文句なしの仮想メジャーリーガーだよな。もちろん、まだ身体はできてないだろうけどこちらを威圧してくるような目。


 先程通用したフロントドアの2シームをなんなく当ててくる。アウトローへ4SG。見逃して2S。追い込んでからの同じコースへ2SG。2SGはバックスピンと違って「シュート」よりもフォークに近い。なんとかタイミングを合わせて右へ切る。ひっかけて内野ゴロと思ったのに。


 安倍さんの要求したフィニッシュブローはSFFG。俺のいつもの軌道をバットが振り抜く。しかし、さすがWBCの公式球。日本の球に比べて変化球がよく曲がるしよく落ちる。自分の予想よりもさらに鋭く沈む。三振。


 最後は5番のアルフォンスさん。こちらも元メジャーリーガー。落ちる球でカウントを稼いでからのシンカー。結構飛んだが華麗にヰチローさんがキャッチ。俺が三振取るよりずっと大きな拍手。まぁ、当然と言えば当然。お客さんはこれを見に来ているのだから。


 「健ちゃんお疲れ。良かったよ。」

投手コーチに迎えられる。ただ、この数時間後には33人から5人が外される。「ぬか喜び」だったらいやだなぁ。チームは打ちまくり、コールド無しの予定だったが雨足が強まって7回で試合が打ち切り。


 まあ、チームのみんなからもサインももらったことだし、とりあえずここで離脱でも悔いはない。

 

……そして、


 最終メンバー28名の中に俺の名はあった。ただしホッとしている間もない。明日は二日後に練習試合が組まれている大阪へ移動である。


 自室で見たテレビのスポーツ・ニュースで代表決定のニュースが取り上げられていた。

「おー、健ちゃん、残りましたねぇ。」

女子アナのお姉さんが感嘆の声を上げる。テレビでも俺の「健ちゃん」呼びがすっかりと定着している。


「話題性は十分だけど戦力としてはどうなのかねぇ?まだマイナーリーグでしょ?」

 ご不満そうな元プロ野球選手の解説者。「まだ」といっても、高卒ルーキーがいきなりメジャーデビューなんて契約上あり得ないから。


「でも五輪では結果出してますからね。練習試合でもいい動きでしたよ。」

お姉さんがすかさずフォロー。テレビ局としては若年層に年齢がより近い俺が活躍するに越したことはないのだ。


 俺に関する投げやりなトークのあと、ヰチローさんの活躍へとすぐに話題が移っていく。


 そこに亜美から通信が入った。直接話したのは3日前の練習休み以来だったな。


「代表確定おめでとう。ありゃ、めっちゃ疲れてそうだね。⋯⋯もう寝れば。」

心配そうに俺の顔を見る。

「いや、亜美の顔見たら少し元気出た。」

「少しかい。」

「じゃあ、うんと。」

「だよねぇ。」

 幼馴染から彼女に昇格して半年あまり、お互い忙しいせいもあってなかなかゆっくりと話もできない。彼女は春から大学生活がはじまるのだ。遠距離も覚悟の上だったが、なかなか前途は多難だ。でも二人には特別な絆がある。今はそれを信じてベストを尽くすしかない。


話しているうちに眠気が増していく。

「……て、寝落ちかーい。」

もう亜美の声は遠ざかっていく。

「おやすみ。がんばれ、私の彼氏。」

そこで俺の意識は限りなくシャットダウンに近いスリープに入った。


 

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